第14話 他国の乙女ゲーム・後
すっかり気が抜けていたところに、お茶を一口飲んだクラウスが、何食わぬ顔で言った。
「そんな訳でコーダ留学は中止。俺はこっちの学校に留学することになった」
表情は保てたが、ティーカップを持つ手が震えてしまった。
こぼさないで良かった。
「…本決まり?」
「今、この国の王太子も通っているだろ? 同じクラスに編入することになるらしい」
マクシミリアン王太子は私の一つ上なので、すでに学園に入学している。
王子同士の交流も含めて、もう決まったことなんだろう。
「僕も、殿下とご一緒します。姫と同じ学校に通えるなんて、大変光栄です」
アロイスくんが、嬉しそうに頬を染めている。
メイドの何人かの頬も染まっている。
美形帝国勢に免疫がある筈のウチですら、この通りである。
(学園生活が恐ろしい…)
いや、それ以前に、これで揃っちゃうのでは。
アレクシア様の悪夢が。
『身分を隠して留学してくる、他国の王族の方もいらっしゃったと…』
いや、身分を隠してくるって言ってたな。違うか…
「それでだ。俺はできるだけ目立ちたくない」
「無理よ」
反射的に、スパッと言ってしまった。
クラウスが、恨めしそうににらんできた。
「分かっている。俺だって自分のことは知っている。だがこっちでは、少し落ち着いた学生生活が送りたいんだ…」
「帝国の皇立学院では、酷かったですからね…」
アロイスの声は、同情に満ちていた。
なんでも、婚約者の決まっていない超イケメン皇子めがけて、令嬢が上から下まで殆どと言っていいほどアプローチを掛けて来たらしい。
「仕方ないんで教師用の研究室を借りて、レポート書きまくって卒業してきた」
「一年で卒業の理由はそれだったの…」
優秀だから出来たことだとはいえ、さすがに哀れだと思った。
「僕は普通に授業を受けていたので、ちょうど2年に入れるのは嬉しいです」
「アロイスは、追いかけられなかったの?」
てっきり、彼も一緒にレポート書くことになったと思ってた。
「僕には、婚約者、いえ、心に決めた御方がいますので…」
照れているが、熱い視線を向けられて、『え?まさか私ですか?!?』と今更の困惑が湧いた。
…さすがに、口には出さなかったが。
「こいつはズルいんだよ。まだ婚約者がいないのは一緒なのに、決まった相手がいるって公言しやがって」
「本当のことですので」
ぼやくクラウスに、しれっとアロイスが返す。
話題を反らしたくて、私は口を挟んだ。
「で、でも、こちらに来たら、また同じような事になるんじゃない?」
「あぁ、だから身分を隠す」
げっ!
「髪の色と目の色も変える。その辺りは両国とも承知させた」
「僕はそのままで、二人とも帝国貴族という設定です」
マジか…
アレクシア様ー、条件が揃ってしまいましたよー
(これは、完全に始まるな、『乙女ゲーム』が)
…ってことは、次期帝国妃がヒロインの可能性も…?
「あの…コーダの話だけど、次の王妃様はその人になるの?」
「「まさか!」」
帝国主従の声が揃う。
「今回の件だけで、大醜聞だぞ。その原因となった女を王妃につける訳はない」
「経歴も身分も怪しい、問題のある女性を国の顔にしたら、諸外国から軽んじられますからね」
「実際、帝国は、交流を控えめにすることが閣議で決定された」
あ、そうか。
皇子が留学ってだけで、両国間の親密度が増すし、それが中止ってことは、それだけじゃ済まないんだ。
それに…
「王立学校が、そんな事態を起こした場所になったら、他の国からの生徒も集まらないよね…」
「当然だな」
他国から留学してくるのは、社交で使えるくらい身分が高いか、よほど優秀な子弟だ。
彼らが自国に帰って、出身校の名を高めてくれれば、学校を含め国としての格も、もちろん上がる。
「コンラート殿下は、反省の度合いによっては、このまま王太子として遇されるかもしれないが、下手すれば廃位されてもおかしくない」
私はひえぇ~と思ったが、アロイスは平然と頷いた。
「国の名を落としましたからね、そのまま王太子にしておくのは厳しいですね」
「だが、あそこの国王には、王子は一人しかいないんだよなぁー」
「問題はそこですよね」
第二王子がいたら、王太子は完全に排斥されている口調だ。
そういうもんか…じゃ、この国の場合は…王子は二人いるから…あれ?でもマクシミリアン王太子には…
「ねぇ、婚約者がいない場合は?」
二人が怪訝そうにこちらを見る。
「王太子殿下に婚約者がいなければ、多少怪しい下位令嬢でも王太子妃になれるの…か…なあと」
クラウスは、眉を寄せて簡潔に答えた。
「無理だろう」
「え、そうなの?」
「姫、わざわざ出自が怪しい令嬢を、王太子妃に据えなければならない理由はありません」
アロイスも理解しがたいように口を開く。
そう言われてみれば、そうだけど…
「でも、王太子とその令嬢がとても愛し合っているとかだったら…」
二人は、何か苦い物でも噛んだような表情になった。
「愛って…お前」
「いえ、それはそれで大事なことだと思いますが…この場合は…」
二人の、途切れ途切れな言葉を繋げば、
『身分のある者は、配偶者を同じ階層から選ぶ義務がある』
と、
『身分の低い女性を望むなら、相応の妻を娶った後に妾として取れ』
だった。
身も蓋もないなー!
不満そうな私に、疲れたようにクラウスが口を開いた。
「ミルドレッド…王族や貴族は、国や国民に責任があるんだ。特に王になる者は、国に益のない、臣下が納得できない婚姻は結んではいけない、と俺は思ってる」
正真正銘の皇子様の言葉は重い…でも、これが正しいんだろうなーと思う。
自分も、この世界で15年も侯爵令嬢やってきたし、コーディアル王国の話を聞いた後では特にだ。
(乙女ゲームのような展開というだけで、この世界はゲームじゃないものね)
ゲームのように王子に近づいて、その心をつかむことが出来ても、その先は…
コーダの王太子の前に現れた『悪い女』の、その後は、聞かなくても想像できる気がした。
(良くて修道院送り、悪ければ×××…)
それでも、この国にもヒロインは現れ、ゲームのように攻略を始めるのだろうか?
(この世界ってなんなんだろ…)
私やアレクシア様が、記憶を持って生まれたのは、何か意味があるんだろうか…?
久しぶりに、考えてしまった。




