第12話 『イザベルと白い花』
「私がイジメる事になる男爵令嬢ですか?」
「はい、お名前が分かるなら、最初から避ける事ができるかと思いまして」
昼下がりのテラス。
爽やかな風は、少し離れた場所にある庭園の、花の香りを運んできた。
珍しい果実がありますので是非、と誘いを受けてやってきたハンプシャー公爵邸。
前世のパイナップルに似た果物を使ったコンポートに舌鼓を打った後、向かい合ったアレクシア嬢に、出来るだけさりげなく、私は話しかけていた。
アレクシア嬢は憂いの表情を浮かべたが、意外に穏やかな様子で、ふーっと息を吐くと口を開いた。
「私もね、調べたのですよ、色々…」
「あ、やっぱり…」
(そりゃ、自分を破滅に導く相手は気になるよね)
「その…『攻略対象者』?の、国内にいる貴族男性はすぐに見つかりました」
言いづらそうにアレクシア嬢はつぶやく。
「以前にも、お話したかと思いますが…」
彼女が美しい指を一つ一つ折りながら、上げられた名は
マクシミリアン王太子殿下
リビングストン公爵子息 ナイジェル
フェアバンクス公爵子息 ローリー
ルーリエ侯爵子息 ライナス
ドノヴァン侯爵子息 エリク
(…錚々たるメンバーだわー)
「彼らは皆、存在していました。だからこそ、絶望が募ったのですが…」
(夢が現実になる可能性が、跳ね上がったってことだもんなー)
「彼らに愛される令嬢、『ヒロイン』のイザベル・バイロン男爵令嬢は…バイロン男爵家に令嬢はいらっしゃいませんでした」
「え?」
アレクシア嬢はこちらを見て頷いた。
「現在バイロン男爵家には、ご子息がお一人のみで、他にお子様はいないのです」
「そうなんですか…」
「はい。男爵には奥様がいらっしゃいますが、これから女児が生まれたとしても、間に合いません」
「ですね」
「よって、可能性と致しましては、貴族学園の始まる4年後までにバイロン男爵が、私共と同い年の養女を取られるということでしょう」
「養女…」
なるほど、それしかないか。
「…ですが、そうなると全く分かりません。念のため、バイロン男爵の周囲に、イザベルという女の子がいないかも調べたのですが」
該当者はいなかったとのことだ。
あの花屋の子。名前聞いとけば良かったな。
(そんな余裕は全くない出会いだったけど…)
あの子は、花屋を目立たせたいと言っていた。
『貴族や王様が買いに来るようにしたいのよ』
王様はともかく、バイロン男爵が珍しい花を探して、あの花屋に現れるようにしたいのだろうか?
あの子は明らかに、自分を『ヒロイン』だと知っていた。
おそらくゲームの内容も頭に入っていて、『花屋を目立たせる』のは、それに必要な行為なのだろう。
「考えても仕方ありませんね…」
こちらの考えていることを読んだように、アレクシア嬢がつぶやいた。
「そうですね」
相槌を打ちながら、そっと彼女を見る。
キラキラした金髪巻き毛、艶々したバラ色の頬。
このところ、アレクシア嬢は落ち着いている。
何でも、彼女のセルフネガティブキャンペーンが功を奏したのかは知らないが、王太子の婚約者候補から外れることが出来たらしい。
代わりに弟王子との話があるとかないとか。
「…私だけでなく、婚約者候補の皆さまが一時保留を言い渡されたのです」
外向きには哀しげな発言だが、抑えきれない微笑みが魅力的だ。
「他国の姫君とのご縁談でも、浮上したのかもしれません」
語尾に『♥』が付きそうな、アレクシア嬢。
「おめでたいことかもしれませんね」
「えぇ!」
食いつき気味の賛同だー。
(この場合、乙女ゲーム的にはどうなるだろう?)
他国の姫?という新たな婚約者が現れ、ヒロインをイジメるのだろうか?
目の前の友人が、『悪役令嬢』にならないで済むなら、その方が無論いいが。
ただ…
(あの花屋の子が、黙ってイジメられるタイプとは思えないのよねー)
うーん。
「このように、異国の物が、頻繁に出回るようになったのも、国が開かれていく前触れかもしれませんね」
しみじみ、つぶやく公爵令嬢。
テーブルの上にさりげなく置かれている、小さな花も南国的だ。
(プルメリアだっけ? 一時期向こう側で流行ってたなー)
珍しい花…というとやはり思い出すのはあの子だが、再び会いに行く気力がわかない。
「次代の王妃様が、他国の方なら…」
まだ決まってません、アレクシア様。
「異国的なドレスが、流行るかもしれませんね…」
少しうっとりした様子の公爵令嬢を横目に見ながら、
(あの子が『ヒロイン』だったとして、私が出来ることがある訳でもないし)
…とあっさり投げた私は、きっかり3年と半年後にあのヒロインとの再会を果たすことになる。
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『イザベルと白い花 ~宝玉の姫君とプルメリアの夢』
…という乙女ゲームは、スマホのみの配信だったが、基本的に無料でクリアできる手軽さが受けて、10代からOLまでの幅広い年齢層に人気があった。
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主人公は、下町の花屋で暮らすイザベル。
容姿の可愛いらしさだけでなく、優しく頭もいいと評判の娘だった。
王妃の侍女である妻からの願いで、献上する珍しい花を求めて来たバイロン男爵と、その子息は彼女と出会う。
財布を盗られた二人を、持ち前の機転と、下町の人脈で助けたイザベルは、感謝され彼らの屋敷に招かれる。
イザベルを迎えたバイロン男爵の妻ケイトは、イザベルが生き別れになった自分の姉に似ていることに驚き、彼女に素性を尋ねる。
孤児だったイザベルが花屋に引き取られる際、孤児院から唯一持ってきたブローチが証拠となり、イザベルは男爵家で引き取られることになった。
その後、イザベルは貴族学園に入学し、王太子マクシミリアンを始め、優秀な教師や才能ある貴族の子弟達と出会い、己の出生の秘密を解き明かしていく…。
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(まぁ、アタシはもう答えを知ってるんだけどね!)
下町の花屋で、少女は笑う。
先日、珍しい花を求めて貴族の従者がやってきた。
目当てがあると言ったら、次は主人を連れて来るという話になった。
もう少しだ――と、彼女は思った。
もう少しで、こんな生活から解放される。
(高貴な生まれの私に、下町なんて似合わないけど、初期設定なんだから仕方ない)
いきなり証拠品を持って、尋ねて行くという手も考えたが、ゲームの手順通り行かないと、ストーリーがどう転がるか分からないので止めた。
それに、男爵の娘として学園に通い、美形揃いの攻略対象者たちと、恋をするという夢があった。
前世で夢中になった、彼らのキャラ絵を思い出し、こみあげる笑いを彼女は抑えきれなかった。
(フフフ、待っててねみんな! 全員攻略してあげるからねー!)
バラ色に輝く未来しか見えない彼女は、知らない。
学園に『王太子マクシミリアン』の婚約者はおらず、彼女を引き立てる『悪役令嬢』がいなくなっていることを。
その代りに、『ミルドレッド』という、超特大のバグがいることを。
そして…選択肢によっては、彼女の出生の秘密すら変わってしまうルートがあるという事を、課金しなかった彼女は全く知らなかった。
…ガンバレー…!




