第11話 ヒロインは面倒くさいタイプ・後
「君は花屋だろう? 花を買おうとしている僕の、何がおかしい」
マックス君の声は、一段と冷たくなった気がする。
しかし、そんなことを言うとまた…
「キィィーーあんたキライ! 何さ、ちょっと顔がいいからって偉そうに!」
自分で『キィィー』って言うヒト初めて見た…
マックス君が、呆然としてる私を振り返った。
「どうやら言葉が通じないようです。また市場に出たら、必ず手に入れますので、今日は戻りませんか?」
申し訳なさそうに頭を傾げるマックス君の後方で、女の子は猛々しく叫んだ。
「ハン!ダメだからね! 市場の珍しい花は、ぜーんぶっ!アタシが買うことになってんだから!あんたなんかに売らないわよ!」
私はおじさんを見上げると、おじさんは苦笑を浮かべて頷いた。
「うーん、そういう話になってるなぁ」
「…それって、採算取れますの?」
「分からんなぁ。目の付け所は面白いと思うんで、話に乗ったが」
確かに、単なる花屋でなく稀少価値を付けるのは商売としていいと思うけど、資本が必要だろう。
このお店、表通りじゃないし、見たところこじんまりしてるけど、大丈夫なのかな。
「ただの花屋じゃ、目立たないじゃない。だから、『変わった花』の花屋にしたのよ!」
彼女は両手を腰に当て、ふんぞり返った。
「なるほど、目立たせたいのですね」
私がつぶやくと、彼女は自慢げに(まだ平らな)胸を大きくそらした。
「そうよ!貴族や王様が買いに来るようにしたいのよ」
「まぁ…」
貴族は来るかもしれないけど(私も一応貴族だし)、王様はなぁ…
「…陛下が来るわけないじゃないか」
とても嫌そうな口調で、マックス君が否定した。
「ま、まぁ夢は大きくと言いますし!」
子供のいう事なんで流そうよー、と私はとりなした。
(泣かれでもしたら、厄介そうだよーこの子?)
しかし彼女は泣かずに、吠えた。つよ。
「夢じゃないわよ! だってアタシは王子様と結婚するのよ!」
(…お、おぉ。デカすぎないか夢…?)
思わず引いた、私とおじさん。
マックス君もドン引いていたが、ぼそっとつぶやいた。
「それこそありえない…」
「ありえなくないのよ! そういう運命なんだから、アタシと王子様は!」
「「うんめー…」」
同時につぶやく私とおじさん。
マックス君は心底気持ちの悪そうな顔で、寒気でもするのか腕をさすってる。
このままでは散策が終らないし、寝覚めの悪い事になってしまう。
私は収拾を図ることにした。
「そうですね、どんなことでも、可能性は0じゃありませんし…」
肯定的な言葉を聞いて、女の子は顔を輝かせた。
ほんとに、顔は美少女なのに残念な…
「アンタいいこと言うじゃない!モブにしては」
…は?
この子、今、『モブ』って言わなかった?
「平凡でつまんない人生送る顔してるけど、アタシと関わっておくと、この先得するわよ!」
いえ、平凡な人生には憧れすら抱いてます…とは言えず、ただ茫然と見ていると、彼女はうっとりとした口調で宣言した。
「だってアタシはこの世界のヒロイン。王子だけでなく、みんっながアタシに夢中になるのよー!」
うわー、この子がヒロイン!?
(アレクシア嬢から聞いた『乙女ゲーム』の!?)
そういえば、いじめていたというどっかの令嬢の外見特徴も合うわ。
(しかも、前世の記憶持ちかー…)
悪役令嬢もヒロインもゲーム知識あるって…物凄いめんどくさい事になるのでは。
(学園行くの止めてもいいかしら…)
お兄様ズは喜びそうだけど、アレクシア嬢と約束しちゃったしなぁ。
「いい加減にしてくれ!」
マックス君が切れた。
意外と怒りっぽいタイプだったんだなぁ。
いや、真面目な子だから、王室を侮辱されたように感じたのかもしれない。
何の記憶もなければ、貴族令嬢の自分だって怒るところかもしれない。
「このような妄言、聞く必要はありません。行きましょう!」
マックス君は素早く息を整えると、私の手を取った。
「う、うん」
そのまま、ずんずん歩いていくマックス君。
私はおじさんに軽く頭を下げると、おじさんは笑って手を振ってくれた。
「いつか後悔するわよーっ!」
少女の甲高い声が路地に響き渡る。
(ヒロインの言うセリフじゃないなー…)
あの場所から大分離れてから、マックス君は私の手を離した。
「いきなりすみませんでした…」
「いいのよ、心配してくれたんでしょ?」
私は笑って、離された手を振った。
マックス君はキレイな翡翠色の眼で、私をじっと見つめて乞うように言った。
「…あの花は、何とかして手に入れますので」
「え、いいよ!」
慌てて首を振る。
花を買えなかったのは、彼のせいではないのに、責任を感じているらしい。
(司祭様から頼まれたんだろうけど、ほんとに真面目だなぁ…)
「珍しいからよく見たかっただけで、今はそれほど欲しいと思いませんし」
「ですが…」
それに…
「こんな事は言いたくないけど、珍しい花にこだわってると、また『あの子』が出て来そうな気がしません?」
『珍しい花専門の花屋にする』と言っていたから、『出て来そう』どころか、必ず絡んでくるだろう。
どちらかといえば赤くなっていたマックス君の顔色が、再び険しくなる。
「…そうですね。僕ももう『あの子』には、関わりたくありません」
(私も正直、『あの子』に関わりたくないが…)
マックス君はともかく、私は学園で会うんだろうなぁ…あの子が『ヒロイン』だというのなら。
そういえば、ゲームのシナリオとはいえ、花屋の看板娘が、どうやって貴族学園に入るんだろう。
ヒロインもどこかの『令嬢』の筈なんだが。
(今度アレクシア嬢に聞いてみよう)
でも、ヒロインのことは…云わない方がいいかなぁ。
「この先に、私の好きなお菓子屋さんがあるの。付き合ってくれる?」
私は、難しい顔をしているマックス君に、ねだってみた。
マックス君は目を瞬いて私を見て、その後、ゆっくりと微笑んだ。
「勿論です。お供させてください、ミルドレッド様」
「少し疲れたね、お茶しよう!」
「はい」
そして、私とマックス君は、その場のノリで再び手に手を取って、イートインできるお菓子屋にに行くのだが、なぜかそこにお兄様ズがいて、一緒にテーブルを囲むことになり、マックス君の圧迫面接みたいになってしまった…。
…ろくに味わえなかったであろう彼の為に、今度教会行く時には、お詫びも兼ねて、お菓子たくさん持って行こうと思います。
本当にごめんよぉー…。
…マックス君も、また会ってしまう(それも一番接近される…)。
…王太子受難回になってしまった。
『正体を隠したりするからさ…』の声が聞こえる…




