第10話 ヒロインは面倒くさいタイプ・前
「いつも有難うございます。お嬢様に聖霊のご加護を」
慈善活動担当の、助祭さん達の定型句を背中に、私は聖教会をあとにした。
隣には、教会見習いの少年――マックスくんがいる。
帰りに街のお店を見て歩く予定だと言ったら、司祭様が『よろしければ…』と、お供に付けてくれたのだ。
「本当に一緒に来ていいの? 忙しくなかった?」
「いいえ、市場の価格を知るのも、勉強になりますので」
控えめに笑う、日焼けした肌がエキゾチックな彼は、一つ年上で…控えめに言っても美少年だ。
(もはや、呪われていると言ってもいいくらい、美形に縁があるよね…今世の私)
いや、キレイなモノは好きですよ。
イケメンも美女も鑑賞する分には問題ないんだけど、見てるだけ…とはいかない状況に陥りがちなのは、どうしたものか。
(正直、今まで出会った美形はすべて鬼門よね…)
「…何か?」
怪訝そうに訊かれて、はっとする。
「ごめんなさい! なんでもないの。まず市場の方へ行っていい?」
「はい」
(キラキラした笑顔がまぶしい…)
まぁこの子は教会の関係者とはいえ、平民だし、大丈夫よね。
一応自分、侯爵令嬢だし。プロポーズされるとかないよね。
…
……うっ
(…う、うああーっ!我ながら、自意識過剰過ぎてもう泣きたーい!!)
私自身はこんな平凡なルックスなのに!
なんでこんな烏滸がましい事、考えねばならんのだーーー
内心の自己嫌悪を他所に、私はマックス君と市場への道をたどった。
まだ午前中だが、朝の一番忙しい時間を過ぎた市場は、人もまばらでゆったり見ることができた。
「あら、珍しい花があるわ」
「本当ですね。外国の物でしょうか」
前世で見た、『ストレリチア』という花に似ている。
あれは、暑い所から来たはず。
オレンジの花に惹かれて近づくと、マックスくんが私を庇うように前に出た。
(護衛の真似してくれてるのかな? いい子だなー)
ニコニコしてると、照れたのか少し赤くなったマックスくんが、花を商っているおじさんに声を掛けた。
「こちらを、もらいたいのだが」
「あー坊ちゃん。残念だが、これはこの町の花屋に納めるもんなんだよ」
「そこを何とかできないか?」
「うーん、前金ももらっちまってるしなぁ」
今にも、お金を倍出すから、とか言い出しそうなマックスくんを制して、私が口を開く。
「分かりました。その花屋さんを教えていただけますか?そちらから売っていただきます」
「そりゃありがてぇな」
おじさんは、にかっと笑った。
ゴツゴツした赤銅色の顔は、とても健康的で粗削りで、美形とは縁遠くてとても好ましい。
今から納めに行くという、おじさんの後について、私達はその花屋に向かった。
大振りな花々をまとめて縛った物を二つ、肩と脇で軽々と持ったおじさんに、私は思わず羨望の目を向ける。
「すごい…」
「コレくらい持てないと、海ではやってけねぇなぁ!」
「やはり、これらは海の向こうの国の花ですか?」
「おう、南の暑い島で生えてる奴だ。あっちは木も花もでけぇのが多くてなぁ」
「ふわぁ~」
いいなー見てみたいなー…と思ったが、うっかり口には出来ない。
(見えないけど、私の周囲には必ず警護の人がいるはずだ)
彼らから報告を受けた兄ズに、『分かった、ちょっと取って来るね』と、足取り軽く南の島に出かけられてはかなわない。
極寒の地よりマシかもしれないけど…
こじんまりとした商店街みたいな感じで、通りにいくつかのお店が並んでいた。
その中の、一軒のお店の前で、おじさんは荷物を下ろした。
「ここだ。店のやつを呼んでこよう」
引き戸をあけ、おじさんは中へ入って行った。
花屋のはずだが、店先にはまだ何も出ていない。
昼過ぎの開店なのかしら?等と思っていると、マックスくんがぼそっと口を開いた。
「ミルドレッド様は…あぁいう感じの方が、お好みなのですか?」
「は?」
「あぁいう、筋肉質な感じの男性が…」
はあ?
確かに、おじさんを熱く見ていたが…いきなりそれはないんじゃない?!
「こ、好みとかではないのですが、海の向こうへ交易に行けるというのには憧れます」
頬に手を当て、すまして答える。
「そうですか…確かに、貴族のご令嬢が、気軽に海外へ行かれることは少ないでしょうね」
「えぇ」
この世界には、まだ趣味の『海外旅行』という概念はない。
国内旅行だって、せいぜい領地や親せきの家へ行くくらいだ。
海外へは、一握りの人が仕事で行き来するのみである。
(私の周囲が、異常なのよね…)
フットワークの軽過ぎる兄ズや、すこぶる思い切りの良い祖母、従兄弟が脳を過ぎってスンっとなる。
「…ミルドレッド様なら、国のお仕事につけば可能かもしれませんね」
少しためらいがちに提案するマックスくん。
「国のお仕事?」
「外交です」
「あぁ、そうね。でもあれはご夫婦で行うものよ」
この国に外交官はいない。
祭典など、国として他国に用事がある際は、その時、その時でふさわしい王侯貴族が担っている。
(お父様も仰せつかることがあるしー)
「お仕事として他国に行く方は、とても有能な方々だし」
この国には『宰相府』という、王様の下で政治・経済を司る機関がある。その中に外交も含まれる。
ここに配属になるには、学校でとても優秀な成績を収めた人物か、『魔術師の塔』から派遣される豊富な魔力の持ち主だけだ。
(ライナス兄様は、その両方だけど)
「特別頭がいい訳でも、魔力が強い訳でもない私には無理だわ」
『帝国』なら、希望すれば遊びに行けるだろうけど…
(帰れるかどうか、分からないからねー…)
ある意味、私にとって、どんな辺境より冒険性が強い場所だ。
「珍しい花を持って来てくれたのよね!?」
おじさんと一緒に中から現れたのは、私と同じくらいの、少し薄桃色がかったフワフワした金髪の女の子だった。
「おう、今朝着いたばかりの花を持ってきたが、これを売って欲しいって客も連れて来た」
おじさんがこちらを顎で指すと、女の子もこちらを見た。
ぱっちりした青色の瞳につんとしたピンクの唇、顔立ちがとても愛らしい。
(わー美少女だー! アレクシア嬢とは、また違うタイプだけど…)
感動する私を他所に、マックス君が交渉を始めた。
「こちらの花を譲ってくれないか?」
少女はマックス君を、じっと見つめている。
「…こちらの仕入れ値の倍でもいいが」
おぉ、やっぱり言った。
おじさんが、ヒューと口笛吹いてる。
躊躇しないでさらっとそんな言葉が出てくるのだから、マックス君の家、お金持ちなんだろうな。
(大きい商会かなんかかしら?)
「…あんた、アタシを見て何も感じないの?」
少女がようやく口を開いたが、内容がどっかおかしい。
「何を?」
マックス君は平然と返す。
どこか冷たい口調である。何だ?
「こんなにカワイイ子を前にして、褒めもせず、値段交渉に入るなんて、あんたどっかおかしいんじゃないの!?」
あぁそういうことか!…って、自分で自分を『カワイイ』言うの!?
すごいな、町の子って!
…勿論『町の子』でなく、『その子』が特別です。
…マックス君(王太子殿下)は、この手の相手には(不幸なことに)慣れています。
…そして、この手の相手が嫌いです(合掌)。




