第1話 ミルドレッドは普通じゃない
ロータス王国の子供は、7歳でお披露目をする。
王族だろうと、貴族だろうと、平民だろうと同じだ。
平民は昼間、教会に行き、『知恵を授ける』という祝福を受け、夜は皆で祝う。
貴族は色々あるが、家に司祭を呼んで祝福してもらい、その後お披露目パーティが主流だ。
私ミルドレッド・ルーリエは7歳の時、家に来た司祭に祝福を受け、前世の記憶が蘇ってしまった。
それまでも、色々おかしな単語が頭に浮かんでは消えていたが、はっきりしてしまえば皆前世で使った言葉だった。
「七つのお披露目って聞いてね、『七五三』みたいだって思ったのよ」
「シチゴサン?」
「7つ、5つ、3つの歳にお祝いする習慣があったのよ、前の世界」
「それは…豊かな世界ですね」
「いや、全部でなく、7歳か5歳か3歳のどれかでよ」
確か。細かい事は覚えてない。
「なるほど。こちらと似た世界ですね」
「うろ覚えだけど、大した変わりはないわ」
嘘である。
記憶あやふやでも分かるくらい、めっちゃ違います。
コッチとアッチでは。
騒がれて排斥されたり、逆に尊ばれて祭られるのも怖いので、あまり大げさな事は言えない。
それなのに、この司祭に話してしまったのは、やはり誰かに、言いたくて言いたくてたまらなかったからだろう。
「祝福を授かった子供の様子が、それまでと変わる話は聞いたことがありますが、前世を思い出すというのは初めてです」
「そうなの…」
仲間はいない(もしくは隠している)らしい。
「ミルドレッド様は、どうされるおつもりですか?」
「どうとは?」
「教団の上に訴えれば、おそらく、天の記憶を持つ『聖女』にも叙任されるかと…」
「あーそーゆーのダメです! それなら忘れてください」
「はぁ、では王に告げれば、次の王妃に…」
「それもダメです、イヤです。私はごく普通に生活したいです」
「はぁ、普通、ですか…」
何か言いたそうな声だった。
ミルドレッド・ルーリエは普通ではない――かもしれない。
お父様は、バイロン・ルーリエ侯爵。
以前は騎士団に所属していたが、今は引退して領地経営をしながら王様の相談役とか、外国のお客様のお世話もしている。41歳のイケオジだ。
お母様は、エスタンシア・ルーリエ。
お隣のカスケード帝国の皇女様だったが、留学でウチの国に来て、お父様と恋に落ちた。
『外国の12歳年上で再婚の侯爵』というお父様のスペックが、父である皇帝陛下に気に入られず、反対されたため縁を切って国を出て来た。
お父様には、前の奥様との間に二人の男の子がいて、私、ミルドレッドは初めて出来た娘だった。
そのせいか、元々子煩悩だったのか、お父様は私にデッレデレで、大切に大切に育ててくれた。
ライナス21歳とハウル20歳、二人のお兄様も年の離れた妹は可愛いらしく、これでもかこれでもか!で甘やかしてくる。
妹としては、見目も家柄も良く適齢期なのに、婚約者すらいない二人が心配である。
大国の皇女として育ったお母様にすら、『微笑ましいけど、お嫁に出す時が大変ね…』と、生温かい目をされている状況である。
「…とりあえず、ただの侯爵令嬢です。お母様なんて平民としてお父様と結婚したくらいに…」
「はぁ…カスケードの皇太后陛下、今年もいらっしゃるのでは?」
「…一応、ただのおばあ様です」
「あぁ、国として賓客を迎える式典とかを略するために、そういう事になったんですよね」
お母様のお母様、カスケード帝国妃だった、お祖母様は、そもそもお父様との結婚に最初から反対していなかった。
お祖父様がお母様を勘当する際、自分も娘についてこっちに来ようとしたくらいだ(家臣の方々が泣いて縋って止めた)。
私が生まれた時には、『可愛い孫の顔を見られない地位なんていらない』と言って、本当に皇后を降りてしまった。
色々問題があるけど、潔い人なのは確かだと思う。
大変だったのは帝国の人で、お祖父様と、当時まだ皇太子だった伯父様での話し合いの末、急遽皇帝の退位が決まったらしい。
おかげで私は、帝国で『皇帝を退位させた孫』として有名だという。ひどい。
大体、大国の皇帝の地位が、たかが孫娘の問題でゆらぐ訳ないじゃん。
きっと他に、表に出来ない理由があったに決まっている――と思いたい。
皇太后様になってから、お祖母様は毎年ウチに来る。
それもどうかと思うんだけど、それすら禁じたら、今度こそ本当に平民になってこっちの国に越してしまうと、帝国の人も分かっているので(かわいそう)、ウチの国との話し合いの結果、緩ーく穏便に済ますことで同意しているらしい。
「大体、私の誕生日にいらっしゃるから…もうすぐね」
「10歳、おめでとうございます」
恭しく頭を下げてくる司祭様は、サラサラの銀色の髪に青い目の19歳。
優しい微笑みが、後光をさして見えるほどの超美形だ。
幼い時から祈りの力がずば抜けて高く、頭脳も明晰で、聖教団の期待のルーキーだが、3年前私に祝福を授けて以来、私の相談役となっている。
聖教団は帝国に本拠地があるので、そっちの意向も受けてるのかもしれない。
この人を筆頭に、私の周りには美形が多い。
お父様、お兄様たち、お母様は言うに及ばず、お祖母様も、60過ぎた今でもまだまだお美しい(若い頃は『帝国の黒百合』と謳われていたらしい)。
私は…実を言えばそれほどでもない。
間違いなくあの両親の子なのにねー。
これだけ美形に囲まれていれば、子供でも己のレベルが分かる。
美少女とかでなく、かわいいけど、ごく普通の顔だ。
なのに有名人。
色んな逸話付きの。
噂だけ知っている人と会った時に、落胆されるのはつらいものがある。
3年前、お披露目の後、宮殿に上がり、この国の王様に会った。
王様、王妃様はさすがに社交上手で、
『何てかわいらしいお嬢様なの!』
と持ち上げてくれたが、子供の王子ズ(兄8+弟6)は、気の毒なほど落胆してたよ。
兄王子は何かに耐えてるように、端正な顔に浮かぶ微笑みがぎこちなかったし、天使のような弟王子は目も合わせなかった。
ウチのお兄様ズは美形だからね、期待してたんだろうな。
これが前世の記憶取り戻す前だったら、つれない王子ズの態度に泣いちゃってたかもしれない。
何歳で死んだか分からないけど、前の私は結構ずぶとい性格だったらしい。
混ざった末、精神年齢が不詳になった私は『勝手に期待されても困るわ』と、彼らを冷めた目で見ることができた。
それでも、こういう反応がつらいのには変わらないので、もう、お父様やお兄様ズの言う通り、一生この屋敷で暮らしたいが、現実的ではない。
貴族令嬢が結婚しないなんて、よっぽどの事情(超病弱、他人に言えない欠陥がある等)がないと許されない世界だ。
ましてや私には、美貌はないが、超強力なコネがある。
ウチの国も帝国とは上手くやりたいらしく、その後、王子(どちらでもかまわないという椀飯振舞)との婚約を考えてほしいと、お父様へ話があったそうだ。
もちろん断りました。
政略結婚なんて、容姿は二の次だろうけど、顔見るたび落胆されるのは嫌だもんね!
ちなみに、あれから3年たったけど、王子二人ともまだ婚約者がいない。
同年代のご令嬢たちが、優雅に陰湿に争ってるらしいけど、もう自分には関係なーい。
…当然、そう思っているのは本人だけです。