【主人公を魅力的にするために】
■やられ役に惚れろ!
文字通り、主人公にやられる悪役を好きになること。特にラスボスを好きになることは主人公を魅力的にするための必須条件である。
なぜか?
誰だって、自分の好きなキャラがいい加減な奴にいい加減な理由でいい加減な方法で無様にやられるのは嫌である。しかし、悪役、やられ役である以上、主人公に倒されることは避けられない。
ならば、やられ役を好きになれば、それを倒す主人公は「こいつになら倒されても仕方がない」と思わせるようなキャラになるだろう。そうでなければ書いていて耐えられない。つまり、自然と主人公は好きなキャラを打ち倒すに相応しいキャラになるというわけだ。
ただし例外もある。悪役が「まぬけキャラ」の場合だ。この場合、悪役が負けるのは主人公ではなく悪役自身が輝くためだからだ。
物語のほとんどは主人公と対立側の勝負が軸となる。魅力的なやられ役をどれだけ出せるか。それが作品の魅力に繋がる大きな要素だと思っている。
個人でなくても、北斗の拳のモヒカンたち、悪の組織の下っ端戦闘員みたいに集団としての魅力もOKである。
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■設定/能力は個性じゃない
昔、社会人になりたての頃、会社の指導役からよく言われたのが「名刺(肩書き)で仕事をするな」だ。その人物よりもその人が会社のどの位置にいるかで評価するな、されるなということだ。
誰か他人に「このキャラってどういう人?」と聞かれた時、最初に「●●部の部長」「●●能力の持ち主」なんて設定を答える時、それはあなたはまだそのキャラについてよく知らない証拠だ。なぜなら、それらはそのキャラの内面、人となりとは関係が無いからだ。
他人があなたはどんな人かと説明する時「●●家の次男だよ」とか「●●高校の2年生」「●●部員」「××の社員」などとドヤ顔で説明されたら、「いや、間違ってないけど……」と寂しくならないか。そんなものだ。
主人公について聞かれた時「馬鹿」とか「ひねくれ者」「惚れっぽくていつも真っ直ぐな彼女欲しいよキャラ」「明らかにズレてばかりのナルシスト」とか内面についての説明がまず出てくるようにしなければいけない。らしい。
しかし、設定に凝るのは間違いではない。これらはいわば食いつき、視聴者(読者)が真っ先に目に行くところでもあるからだ。
しかし、設定で引き付けられるのはせいぜい2、3話。場合によっては1話の前半で飽きられる。設定の奇抜さは読者が慣れるのも早い。
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■最強キャラはラスボス
講義の中でこんなことがあった。
「お前の考えられる最強キャラ、めちゃくちゃ強い。どんな奴でもひとひねりという奴の設定、能力を書け」
そして書き終わったら、今度は
「今書いた奴が主人公の敵だ。そいつをどうやって倒すのか考えろ」
そう、ラスボスというのは最終決戦まで読者(視聴者)が「こんなんどうやって倒すんだよ」と頭を抱えるぐらいの強さが必要なのだ。少なくとも主人公達が馬鹿正直に突っ込んでいってもまず勝てないというぐらいでなければ。
実際、少年漫画の中には上記の方法でラスボスを設定したものの、どうしても倒し方が思いつかないと作者が頭を抱えることがあるそうだ。
そういった場合、どうやって倒すのか? よくあるパターンとしては
・唐突に弱点をつくる「弱点を攻めれば勝てる」
・主人公達が各自の最強技で一斉攻撃「みんなの力をひとつにするんだ」
・いきなり主人公がラスボスと同じ技、能力が使えるようになる「これで条件は同じだ」
・とにかく主人公達が自分の持てる力をぶつけてぶつけてぶつけて、ラスボスのHPをジリジリジリジリ削りまくって倒す「1回の攻撃で倒せないなら、100回攻撃する」
などがある。何にしろ、強すぎるラスボスは作者にとって頭の痛い存在である。
だからこそ、それを打ち倒す主人公(と仲間達)が最高に輝くのである。
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■格好良い奴は負けても格好良い
主人公が格好良く見える書き方がある。
まずどんな内容でも良いからまず最後まで書く。ただし「主人公は最後に必ず負けること」が条件。
書き終わったら、誰かに読んで主人公について聞く。格好良くないという答えなら書き直す。ただし、最後に負けることだけは変えてはいけない。
そして「負けたけど、格好良いな」という返事が返ってきたら、その作品の最後だけを書き直し、勝って終わる作品にする。作品によっては負けたままでも良い。
主人公の魅力に「最後に勝つから」があってはならない。勝者、成功者という肩書きに支えられた主人公は格好良くないのだ。
実際、負けたら世界が滅ぶバトルものならともかく、スポーツもの、コンクールものでは最後に主人公が負けて終わる傑作がいくつもある。アニメ化もされた某ライトノベルでも、1巻は主人公達が負けて終わりというのがあった。ネタバレになるから作品名は挙げないが。
負けても格好良い。それが主人公の格好良さだ。
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■成長する主人公は、第1話と最終話とでは別人に見えるぐらい変われ
変形ロボをデザインする上で大事なのは「変形前と変形後で、ガラッとシルエットが変わること」という。トランスフォーマーなんか本当にガラッと変わるし、ゲッターロボだって、3パターンの変形はどれもシルエットが大きく違う。
変わるというのは、それぐらいわかりやすいものでなければならない。
人の場合、一気に数年後と時間を飛ばさない限り、外見が大きく変わることはない。見た目を変えることが難しい以上、中身を変えるしかない。それも別人に思えるぐらいに。
ただ、これが上手くいかないと「キャラがぶれている」などと言われる。しかし、人というものはスイッチを切り替えるようにパッと生き方を変えられるわけではない。変わりそうで変わらない。変わらなさそうで変わっていく。そんなブレを何度も繰り返すものだ。
キャラとの成長を描くというのは、成長前と成長後のぶれる様を描くものなのだ。
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■サブヒロインは、ヒロインよりも魅力的に
視聴者が10人いたら、そのうち7~8人はヒロインよりもサブヒロインの方が好き。自分が主人公だったらサブヒロインを選ぶ。これぐらいがちょうど良い。
これは主人公がヒロインを選ぶ際、打算でなく愛情から彼女を選んだことを示すためだ。
主人公の恋敵が、主人公よりも条件のいい人なのと一緒である。主人公より顔が良い、背が高い、金持ち、性格も悪くない。それでもヒロインは主人公を選ぶ。なぜか?
主人公の恋の相手は、作中で一番条件のいい人では駄目なのだ。
ヒロインが「男の人は顔の良さやお金じゃないわ」と言って、作中で一番顔が良くてお金持ちの男とくっついたら?
男が「女の人は顔や胸の大きさじゃない」と言って、一番美人で胸の大きな女性を選んだら?
端から見たら明らかに「サブヒロイン(恋敵)の方が良い」でありながらヒロイン(主人公)を選ぶ。それによって、その人を見て、愛情で選んだことを示すことが出来るのだ。
もうひとつ、作り手としてメリットがある。それは魅力的なキャラをいくらでも出すことが出来ること。主人公が一番魅力的でなければならないならば、サブキャラに大きな制限が出来る。みんな主人公の引き立て役を求められるからだ。
それから解放されるだけでこの方法はOKだと私は思う。