荒治療
アゲートの胸に手を当てるが振動しない。呼吸もしていない。
「そ、そんな……タカハル君……」
スティフの声が聞こえる。もっと医学系の知識があったらなんとかできただろうか? それとも薬学系か? そんなもんどうでもいい。後悔したところでどうにもできない。
アゲートの顔を撫でる。右目のまぶたが少し開いた。アゲートの瞳が見えた。
それだけの情報が一瞬で俺の脳をフル回転させた。
アゲートの瞳孔が縮小した。
「――脳はまだ生きてる」
アゲートの中へ魔力を一気に流し込む。
「え、それってどういう――」
スティフの声が聞こえたが気にする暇はなく、外界から情報を遮断する。
心臓の迷走神経に魔力を流す。一か八かしかない。ここで動かなきゃダメだ。荒治療になるが医者じゃないから仕方ねえ。
C11H17N3O8 ――アコニチンと拮抗する毒、テトロドトキシン。魔力をテトロドトキシンに迷走神経の中で変える。健康な人にこんなことしたらただの殺人。だが今回は別、テトロドトキシンはアコニチンと毒性が真逆。アコニチンは神経伝達の電気信号を過剰伝達させるのに対して、テトロドトキシンはそれを阻害する。
現状、アゲートの心臓の神経は過剰な電気信号のよって心臓が無理やり締め付けられている状態。テトロドトキシンでは神経の中に入り込み電気信号を阻害する、その結果心臓は止まる。この毒性の中でも分子構造が簡単かつ毒性はかなり強い。
うまい具合にテトロドトキシンを出しては消し、無茶苦茶な方法で心臓を動かす。これしか方法が思い付かない。
これだけじゃ弱い。テトロドトキシンで神経を止めた後に、魔法で電気信号を流す。さらに肺に空気を流し込んでヘモグロビンに酸素を渡させる。二酸化炭素を除去させる。
決めてコンマ数秒、即魔力を変異させる。胸が一瞬動いた。ただ呼吸してくれない、手首の脈も全然弱い。こうなったら無理矢理血管を膨張させる。
血流に魔力を変異させたものを流す。
C3H5N3O9 ――ニトログリセリン。これで血管を広げて、血流を促す。
しばらく繰り返すと呼吸も始まってきた。
だがまだ安心できない。血中にアコニチンが残っている。これも無茶苦茶な方法でそいつを取り出すしかない。
さっきと同じようにナトリウムで析出する。アコニチンを捕まえたら傷口から出す。
それに魔力で気流を出して肺の中に空気を入れる。そして吐き出させる。
頼む、息を吹き返してくれ……
視界がぼやけて、体がぐらつく。――魔力が枯渇寸前。
――もう十秒続けたら良い方だ、どうするどうするどうする……
――!
「サティエル! 残ってる魔力全部寄越せ!」
「え!? し、しかし――」
「早く!!」
「は、はい!」
背中に手を当てられる。すっと始めに温かい何か、魔力が流れてくる。
だがそれに対して体の中で俺の魔力がすぐに暴れ始める。気持ち悪い、吐きそう、体の中で虫が暴れまわってるみたいだ……俺は今アゲートにこんなことやらせてるのか……
ただそれに耐えて、魔力を無理矢理使ってアゲートの中で魔法を起こす。
――ふと鼓動のタイミングがおかしいと感じた。
弱ってる。鼓動が弱い……送られてくる電気信号が弱くなってる。
「クッソ! 迷走神経に負荷かけすぎたか!?」
だが鼓動は戻った。アコニチンはある程度抜けたはずだ。
「やるっきゃねえ、お前ら絶対に近づくなよ!」
魔力を心臓付近から少し離し、胸の左上、腹の横へ纏わす。
一般的なAEDはおおよそ1500Vで50Aくらいだったか、その辺りで――
一瞬アゲートの体が跳ねる。単純に電気が筋肉を刺激しただけ。
脈は――
――ある、呼吸もしてる。
俺の補助なく自分で。
体の力が抜けて後ろへ倒れる。
「タカハル様!」
ルビーの声がするのと同時に背中を支えられてそのままゆっくりと仰向けになる。
「タ、タカハル君……アゲート君は……」
「安心しろスティフ。とりあえず生きてる。アコニチンは体内での分解は遅いが、それでもちょっとずつ分解される。時間かけりゃ治るよ。」
そう言って周り全員安堵した表情を見せる。
「おつかれ様です、タカハル様。」
上から顔を覗かせるルビーに「おう」と返事をする。ふとルビーの腕に目が行く。
「ルビー、その腕――」
「あ、えっと……かすり傷です、唾つけとけば治ります。」
「いやそんな傷じゃなかったよな!? ちゃんと処置しとけよ……」
でも、とりあえず治らない傷ではなさそうだ。
「――サージさん、被害は?」
「……負傷者が十名、軽傷の者は数名。死者は無しです」
アゲート兄の言葉に顔がにやける。戦闘はもう終わっている。
死者ゼロ、よかった。本当に……
安心感で、アドレナリンとかで無理矢理覚醒していたのが消えていく。もう任せても大丈夫だろう。
――――――
私の膝の上でタカハル様はゆっくりと眠りについていった。タカハル様の初めての戦場、それにこんなに頑張っていたのだから仕方のないことだ。
「帰ろうか」
スティフの声に頷く。
「タカハル君は僕が背負って帰るよ」
「いや、私が」
「いやー、ルビーちゃんは腕怪我してるし」
「こんなの怪我に入らない」
スティフに答えながらタカハル様を背中に、帰路へ向かう。
「じゃあ、アゲート君は僕が――」
「問題ないっす!」
フローラのゴーレムがアゲートを抱えていたのを尻目に見る。
「あ、あはは。ほんとファンタジーだね……」
――――――
所々体の部位が痛んで目がさめる。
「痛え……」
足が筋肉痛になってる。魔石も胸を痛めつけてくる、魔力切れなんか起こしまくりで、この痛み――魔力の筋肉痛的な何かには慣れたと思ってたが今回は別段痛い。
……いつのまにかベッドの上にいる。ルビーは……隣にいない。つか、今何時だ? 日の強さ的に確実に日をまたいでるよな。
「タカハル様……?」
気づいたらルビーが俺の足元で腰掛けていた。
「ルビー……俺どんだけ寝てた?」
「あれから日を越してもうすぐ昼というところです」
「もう昼!?」
確かに空腹感はかなり強い。人間って限界並みに疲労するとこんなに寝るのか……
ふとルビーの傷を思い出す。腕を見ると包帯がまかれていた。
「ルビー、傷は治りそうなのか?」
「はい、すぐではないですけど」
「そっか。よかった」
さて、空腹はもちろんあるが、動きたくない。栄養補給した方が合理的……だけど筋繊維が過度な運動で破壊されてブラジキニンが作用しまくりで動きたくない。
内分泌系め……
しばらく落ち着くまでダラダラしてるか。
そう決めた途端グーと腹が鳴った。胃が波打ちながら収縮して空気が移動した音。
それを聞いたルビーはクスクスと笑ってから話し始める。
「お食事にしましょうか。動けそうですか?」
「ああ」
しゃあない。行くか。
足痛え
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