カルボラン酸
目の前に獣が立ち、今にも振り下ろされそうな三つの爪が掲げられていた。
「タカハル様!!!」
壊れたドアに叩きつけられたルビーが叫ぶ。俺は急いで魔力障壁を作り上げる。
だがそれに構わずそいつは腕を振り下ろしてきた。先程と同じパワー、さらにスピードが上乗せされているので魔力障壁がどんなに硬かろうと運動エネルギーで俺はペシャンコになってしまうだろう。
ま、そうだったら俺が長ったらしい思考できないんだがな。
爪は俺に届かず、代わりに無くなっていた。
この状況にそいつは困惑していた、その隙にルビーのもとに駆け寄る。
「理性があるかはわからないが……どうだ、前回みたいに一方的と思ったら大間違いだ」
「タカハル様、あれは一体……」
「カルボラン酸、ホウ素11個に炭素1個の化合物。イメージするには超お手軽な単分子、だがそれは単分子の中で最強の酸だ。生物の体、爪だろうと骨だろうと多少の熱があれば簡単に溶かす。もう俺に触れようとしたら、火傷じゃすまないぞ」
脱水で有機物の爪は一瞬で焼き焦げて消え飛ぶくらいだからな。
「それより、立てるか?」
「はい! まだまだ戦えます!」
ルビーは立ち上がってそう言った。近接攻撃は効かない、魔法なら魔覚で察知して対処できる。問題は決め手が思いつかないことだが、それは対処しながらでも考えられる。
黒い獣が飛び込んでくる。が、前には液体の壁があるので問題ない。警戒するべきは魔法なので魔覚に集中する。
するとそいつはとんでもないスピードで背後に回り込んだ。
え、ちょ、それはやばい――
だがルビーが剣で腹を突き刺し壁を破って廊下に出た。するとそいつは壁に衝突する前に逃げられる。だが腹を抱えて息を荒くしている。よし、ダメージが入ってる!
ルビーは大剣をブンブンと振り回す、しかし紙一重というところで避けられる。大剣は壁や床に当たりヒビが入る。
で、俺は今何をしているかというとせっせと魔力をためていて、それと同時にガラスの壁を作っている。気を抜くと一瞬で弾けそうなくらい右手に魔力が溜まっている。だが今はまだ半分くらい、頑張れルビー……!
素人目線だから多分だけどルビーが押している、避けられ続けてはいるが掠ったりはしている。するとルビーが口を開く。
「〈大玉砕〉!」
剣を斜め上に掲げてからすごいスピードで振り下ろす。敵に直撃して地面にめり込む、強い衝撃波も起こる。もしかしたらルビーの単独勝利もあるかもしれない……!
だが期待しすぎたかもしれない、相手は転生者の血族(ルビーも子孫らしいけど)、それも魔物化した状態だ。
敵は追撃の大剣を片手で握って止め、軽々と投げ飛ばした。受け身はとれていたようだが距離が離れた。身を起こしこっちに向かってきた、ルビーは急いで戻ってこようとするが――
「近寄るなルビー!」
そう声を出すと足を止めた。時間稼いでくれたおかげで完成したぜ、溜めに溜めた魔力を一気に電子に変異させる。
「くらえ――」
魔力は一気に四方八方に放電し始める。たった一瞬、だがその電圧電流は化け物を倒すには十分だ。
「どうだ、流石に狙い定めると避けられそうだったから無差別に放電で攻撃してやったぜ!」
そう言い放つが痙攣しているだけで反応はない。するとルビーが寄ってきて、話しかけてきた。
「さすがタカハル様です!」
「おう、ルビーが時間稼いでくれたおかげだ。とはいえ、まだ生きてるっぽいな。とりあえず俺の魔法で拘束しておいて、そのあとは……まあわからないけど相談していこう」
そう言って恐る恐るとそいつに近づいて魔力をカーボンナノチューブに変異させていく。
すると魔力の一部がそいつからちぎれた様に離れた。
いや……違う、元々コバンザメみたいにくっついてやがったのか……! その魔力を持った者は幻惑魔法は意味を成さないと考えたのかその魔法をやめる。
その姿はいつぞやの低身長ローブ魔法使い……! 魔力障壁をすぐに作らないと――
どうやら幻惑魔法を解除したのは意味がないからだけではないようだった、すでに攻撃の準備は終わっていた。ルビーは急いで対処しようとしているが敵の魔法によるガラスの礫は今にも撃たれようとしている。
やばい……間に合わねえ――
すると敵のローブが少し裂け、頬に赤い筋が入る。そのコンマ数秒ほど後に銃声が聞こえた。サルトロか!?
敵は舌打ちをして獣のうなじに何か刺した。その時顔が見えた、黒目をした……
「子供!?」
童顔の少年だった。驚きを露わにするがすぐ冷静を取り戻す。
獣は縮んでいき、黒い毛が抜け落ちていっていた。それを視覚で確認した時、魔覚で敵は土壁の魔力障壁が作られていた。気がつくと精霊が周りにいて、水や火などの攻撃を行うが魔力障壁によって防がれる。
ルビーが剣を振り上げる。
「ル、ルビー待て、相手は子供――」
そう言うと彼女は手を止めた。すると銃声が聞こえる、弾丸は土壁で止まる。
どうすればいいのかと困惑するとそいつは煙幕をかけた。すぐ魔法で煙を地に落とす。気がつくと魔法で半分人間、半分獣となったそれを魔法で連れて風魔法で窓へ飛んで行ってしまっていた。
散らかった部屋の前の廊下で唖然とする。
しばらくするとサルトロが駆け寄ってきた。
「タカハル様、ご無事ですか!」
「あ、ああ。俺は大丈夫だ」
そう答えるとルビーが大剣を黄色の玉に戻した。そしてサルトロの前まで歩いて行った。
すると突然サルトロの胸ぐらを掴んだ。唐突な行動に驚いて話し始める彼女を眺める。
「銃魔法は禁止のはず! 前回はともかく今回は別のやり方があったはずだ!」
「申し訳ございません、焦って他の方法が思いつかず……」
「ちょ、ちょっと待てルビー、一旦手を離せ。助かったんだからいいだろ。そもそもなんで銃魔法が禁止なんだよ?」
ルビーを止めて手を離させる。すると質問にサルトロが答えた。
「命中率、誤発による危険性があるため護衛としては使用しないのが普通です」
「えーと、じゃあなんで銃魔法が使える杖を使ってるんだ?」
「スギタニ家のツテでして……」
転生者の子孫だからか……それに銃が得意な転生者だったらしいしな。
そう考えているとルビーが口を開いた。
「サルトロに関してはまた後。タカハル様にもお話がございます」
「え?」
ルビーのその言葉には少し怒りが入っているように感じた。
「タカハル様が争いのない世界でご育ちになったことは十分理解しております。ですが、ここは絶えず争いが続いている世界です。躊躇すれば次の瞬間自分の命がないかもしれないのです。それに相手は邪教徒、戸惑う理由はありません。
例え相手が幼い子供だとしても」
現実がルビーから突きつけられる。わかっていた、ここはやらなければやられる世界だと。
だが自分はあまりにも甘い環境で育ってきてしまった。警戒心も薄く、簡単に心が壊れる、命を奪うのに躊躇してしまう。
だが相手は子供だ。ただそれだけで俺が躊躇する理由になる。なぜと言われたら答えられないが……
だがそれよりも引っかかる言葉がある。
邪教徒…………ここではタルク教以外の者をそう呼ぶ。正直あの神は加護だとか寵愛だとかそんなのは絶対にしないと思ってる。
なぜならスティフと話を擦り合わせていくと確信したことがあるからだ。
彼らはゲーム感覚で俺たちを争わせている。
はっきり言ってそんなのクソ喰らえ、完全和平でゲーム盤をひっくり返してやりたいが……俺にそんな指導力はない。
考えをぐるぐると巡らしていると。ルビーが話を続けた。
「どうかご理解ください。タカハル様をお護りするためです」
俺の手は彼女に握られている。確かに彼女の言葉は正しい。だが、俺の命はそんなに重い物なのか? 本当に重いのは俺の知識や魔法の能力じゃないのか? 全てが懐疑的になる。俺がこうして好待遇を受けられるのも俺の力を使わせたいからじゃないか? もしかしたら目の前のルビーが俺に好意を抱くのも…………違う! そんなんじゃねえよ、確かに恋愛心理とかの理由はあるかもしれないが……
どうして違うと言い切れる? 証明でもできるのか?
ただの妄想とはわかっているが考えがどうしても離れない。
前にみんなが俺を接してくれるのは転生者だからじゃないと言ってくれたが本当はどうだ? もしもよくわからない流れ転生者だったらどう対応された?
「……ご理解いただけるには時間がかかりますでしょうか?」
「ああ……最近、俺は戦争してるんだっていう現実に目を向けさせられてる。ここは異世界で何もかもが違って常識を捨てなければいけないことをわかっていた、だけどどうも倫理観は捨てきれないんだ。……自分勝手だよな、本当に」
「――――」
「悪い、ルビーが好きって言われるような人には程遠くて――」
「そんなことありません!!」
ルビーは焦ってそう言った。握られている手が少し強くなる。
「申し訳ございません、タカハル様のお気持ちを私なんかが改めさせようなど……」
その言葉に俺は何も答えられなかった。
………………
その後、他の護衛達も集まって事情を説明したりした。そして爆発が魔法で起こされていたこともわかった。あいつが侵入した側とは反対の場所で塀が破壊されていたらしい。それで警戒がそっち側にいったらしい。
で、こんな穴だらけの部屋で寝るわけにはいかないのでルビーの部屋で寝ることになった。誰一人俺の部屋に入れないように伝えておいた。あの大量の紙が敵の手に渡ったらかなりやばい。
「……タカハル様――」
ベッドに座り込むと同じようにとなりに座ったルビーが話しかけてきた。
「やっぱりこの世界に慣れませんでしょうか?」
「……うん。慣れないことがあるとは最初にわかっていたけど、それは今までのことを捨てなくちゃいけないかもしれないってことに気がつき始めて……」
うつむきながらそう言うとルビーが手を取って話し始めた。
「辛かったでしょう、これからも辛いかもしれません……もしよろしければ辛いことを話していただけないでしょうか」
「いや、国どころじゃない、世界が違う。わかりあえるとは――」
「それでも、きっと一人で抱え込むよりはずっと楽なはずです! 一人で抱え込まないで私に吐き出してください。……絶対にタカハル様を嫌いにはなりません」
本当だろうか、宗教というのは人を狂わせるほど強い思い込みだ。悪いとは言わないが話が噛み合わないことなど当たり前なはずだ。神を信じるこの世界の人と、生前は神について考えすらしなかった俺とは常識から違うのだから。
「私はタカハルの役に立ちたいのです、あなた様を愛しているから」
ルビーの愛の言葉は俺にとって麻薬となるほど強烈だった。彼女の赤い瞳が視神経を通して脳に情報を打ちつけていた。
ルビーならわかってくれるという根拠のない思考が出てきた。くっそ、あの依存生活が今更足引きずってきやがった。
だけど、確かに一人で抱え込んでても進展はねえのはそうか。
「過去の転生者って宗教が違うってのは多分あったはずだよな。この質問はサルトロが適任なんだろうけど」
「はい、ですが女神タルク様が実際に御会いになったことで問題となったようなことは聞いたことがありません」
「ああそうか、実際に会ったっていうのは確かに考えを変えさせるな」
次の言葉を頭の中に出す。本当に言っていいのだろうか、もしかしたらこのままのが幸せなんじゃないかとも思う。
……いや、『なんでもやってみる』が関家のモットーだ。適用されるのは科学だけじゃない。
「多分――いや、ほぼ絶対だな。ルビーを不快に思わせてしまう。それでも言っていいか?」
「はい、勿論です!」
彼女は笑顔で答える。そう言ってくれたのに言わないとかはないな。
「前みんなからこんなに良く接してもらえるのは転生者だからじゃないって言ってくれただろ。でも、不安になってきたんだよ。みんなが付いてきてくれて、助けてくれて、我儘にも付き合ってくれて……ルビーが愛してくれて。でも、もしかしたらそれは合理的に、俺の能力が戦争で欲しいからなんじゃないかって――」
そこまで言い切ると彼女の右手が俺の手から離れた。
パシンと音が上がる。
ルビーは涙を瞳に溜めて、俺のことをビンタした。
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星一評価、辛辣、一言感想でも構いません、ちょっとした事でも支えになります。世界観や登場人物の質問もネタバレにならない程度に回答します。(ガバあったらすいません)
科学質問も出来る限り回答します(ネット知識なので大したことはできないしガバガバですが……)




