スティフ
「(……もういっそ、考えるのをやめてしまおうか……)」
胸元に体を寄せるタカハル様がそう呟いたのを聞き取れた。
「――タカハル様……?」
「どうしたの?」
「いえ……なんでもございません」
なんとか笑顔を見せてそう言った。タカハル様なら乗り越えられると考えは楽観的すぎたかもしれない、なにかきっかけが必要かも知れない……私がそのきっかけになるのは難しい。心の支えになることは難しい、何がタカハル様を変えられるだろうか……
スティフだ、彼はタカハル様と同郷だ。国は違うと仰っていたがきっとそこまで差はないだろう。後はどう伝えるかだが……
どうしよう、考えることは私は不得意……サティエルに相談しよう、彼女なら考えることを担ってくれるはず。話すのはタカハル様に聞かれない方が適切だろう。
………………
今は、タカハル様とある程度の間離れることのできる時間、風呂である。
「サティエル、話がある」
「はい、なんでしょう?」
タカハル様が呟いたこと、タカハル様を救いたいこと、スティフならなんとかできるのではないかということをサティエルに伝える。
「……わかりました、スティフには私から伝えておきます。そして皆で相談しておきます」
「――頼んだ」
話を終えて、半ば急ぎながら脱衣室へ向かう。タカハル様のご入浴は男性の護衛とスティフが共だ、心が壊れてしまうことはないだろうが、落ち着かせることはおそらくないだろう。その証拠にご入浴を終えられたタカハル様は一番に私の腕をお寄せになる。そんなタカハル様のなさることに私は複雑な気持ちになる。
――――――
「……うん、わかったよ。……タカハル君がそんなことになってしまうなんて、想像できないほど酷い目にあったんだろう……」
僕はそうみんなに思ったことを伝える。
「きっとそうでしょう……」
サルトロ君がうつむきながらそう小さく言った。
「どうすれば立ち直っていただけるんでしょうか……」
アゲート君が腕を組み、目を閉じてそう言った。
僕もこっちに来てから色々あってくじけそうになった――いや、くじけてしまった時があった。僕はどうやって立ち直れたんだっけ……
◯
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『いくらなんでもハードすぎるよ……』
異世界へ送られた僕は状況を確認した後、母国語でそう言ってしまった。なぜかというと、持ち物は着ている服一式、そして持ち慣れた剣とその鞘、バッグがあってそれで終わりである。そして周りには数匹の大きな白い毛の狼が獲物を見つけた目で僕の周りを囲っている。一歩間違えればもう一度あの世行きである。そこで僕は試合のようにゾーンに入る、だが今回は前後左右全て警戒しなくてはいけない。全感覚を研ぎ澄ませる。
……後ろから音がした。すぐに振り返ると一匹の狼が飛びかかっていた。反射的に体を後ろに向ける、さらに流れるように剣を突き刺す、すると簡単に狼の額を貫いた。剣を引き抜き次に備える。初めと同じように狼を倒していく。
生き残りを半数程度にしたところでそれらは森の方へ逃げていった。
集中を切らし、周りを見て安全を確認する。すると足の力が抜けて座り込んでしまう、その理由はいくつかある。
まず第一に自分が体温のある生き物を殺めたことだ、それをしなければ自分が死んでいたとはいえこんな大きな命を奪ったことは確かだ。国に守られてきた人にとって簡単に仕方ないと割り切れるものではない。
また、矛盾してしまうだろうが命の危機から脱したことだ。今まで命の危機など……いや、一度死んでいた、だがそれは前振りもない急な事故死だった。そんな自分が明らかな殺意、もっとも悪意ではないだろうが少しのミスで死んでしまう状況だった。そこから助かったのだから安心したのだ。
最後にとてつもない自分の力を理解できなかったからだ。世界で一番のフェンシング選手だったことは自負しているが、それは命の掛け合いではない。それなのに問題なくゾーンに入り、さらに土壇場で全方向の対処をすることができた。しかもこの剣についてはちゃんとわかってはいないが、頭蓋を簡単に貫くことができたのだ。そんなパワーはおそらく出せなかったであろう、確か骨は鉄くらいに硬いとどこかしらで聞いたことがある。
風が吹き、ふと我に帰る。これからどうするべきか……まずこの剣の血を拭くべきだ、錆びてしまうだろう。何で拭えばいいものか……ふと死体となった狼の死体が目に入った。
「恨まれても仕方ないよな……」
狼の毛皮で剣の血を拭き取る。せめてと償いと、重い狼を道端の木に一箇所へ集めておく。穴をほって埋めてあげたら本当は良かったのだろうがそんな労力も道具もない。
本当にこれからどうしようか……候補はこの場所にとどまって誰か通るのを待つ、道を辿って歩いていく。森の中へ入ってサバイバルする。
……最後のは謎の存在の意に反するだろう。戦争参加するまで待ってやっても五年程度と言っていた。だったらもうちょっと場所と時間くらいちゃんと決めて欲しいものだよ。
と、なると道を歩くかここで待つか……手頃な落ちている枝を拾った。やることは運任せ、枝が森の方へ倒れたら待つ、道の方へ倒れたらそっちの方へ――
結果、道の方へ倒れた。その方向は太陽の上がっている方だ、多分北だろう。
「行くしかないよね……!」
そう言葉が出た。その言葉は母国語ではなかった、勝手に話せるようになるとか言われていた言語か。
……そこから村を見つけた。その後色々とあった、無知なのに一人でいる、しかも着ているものや得物が小綺麗ということから自分が流れ転生者とバレるのは時間がかからなかった。
それからというもの、魔物を狩って食いつないでいた。なんとか生活が安定するようにしていきたい。この世界には無知なので騙されることも何度もあった、しかもみんな騙す方は悪いけど騙される方も悪いのような態度だ。借金地獄になりかけたこともあったが、なんとかすることはできた。
そしてある日、いつもとは違う場所に行き魔物を狩っていた時のことだ。遭遇してしまったのだ、賊というやつに。信仰が強いこの地ではそうそう見ないがまれにいるのだ。そして前のあまり良いとは言えない格好をして、武器を持った男が言った。
「金目のもの全部置いていきな、命は見逃すぜ」
「……それは無理だよ。君たちは別の生き方を見つけた方がいい、こんなことは間違っているよ」
しかしその発言が癇に障ったようで多くの賊が僕に向かって攻撃をしようとした。勿論抵抗しようとした、腕を浅く斬り戦力を落とす。人の命は奪いたくなかった、ただそれが甘かった。倒したと思った一人に不意を突かれ後ろからナイフで腹を刺された。その後は一心で助かろうと行動した、起き上がってきた人達を片っ端から胴や頭に剣で貫いていった。気がつけば周囲で息のある人間は自分だけだった。
その後の心情はよく覚えていない、なぜか傷を押さえながら歩いていた。助かるかもしれないと思ったのだろうか……だが力尽き倒れてしまった。
その後、起きたのはしばらく寝ていないふかふかのベッドだった。エルフの女性が助けてくれたらしかった、どうして助けてくれたのかと聞くとなぜか放っておけなかったと。
その後、彼女に面倒を見てもらえることになった。本当なら恥ずべきことだろうけど自分で生きていくことは困難だった。傷だけではない、剣を鞘から引くことができなくなっていた、元の世界では誰よりも剣を愛した自分がだ。人を殺めたからだろうか、何度も人を殺した記憶がフラッシュバックしてくる。気にすることはない、彼らは賊なのだからと言われるし考えもする、ただそれじゃ剣を引くきっかけにはなりはしなかった、記憶も消え去らない。けれど彼女は剣を持つことができなくても大丈夫と言ってくれた、ここで暮らしていけばいいと……
剣を持つことができない、剣を持っても記憶が鮮明に見えてしまうだろう。だが元の世界の栄光もいつも思い出す。
そんな葛藤の中、僕は心が壊れかけていた。
……ある日エルフの集落を出て町に買い出しに行く時、魔物に遭遇した。彼女は優秀な魔法の使い手であるので、そこらの魔物では相手にならない。しかし運が悪かった、魔法があまり効かないトカゲの魔物と遭遇してしまった、後からわかったのだが竜になりかけているようだった。逃げようにも誰かを頼れるようなところまで距離はなく、撒けそうにもない。彼女は戦おうとするが攻撃も効かず、魔力障壁は簡単に打ち破られる。
今にも噛み付かれてしまいそうというところで自然と体が動いた。それまで触れもできなかった剣を鞘から引き抜きそいつの口から脳天にかけて剣で貫いた。
そこからだ。自分を取り戻した時は。彼女を守ろうとした時だ。
……考えたはいいもののこれと同じはタカハル君に当てはめるには難しい、受動的すぎる。そして命を狙われるとしてもタカハル君が一番狙われやすい。
前の世界で挫折した時はコーチの言葉で立ち直れた、しかし彼のようなかっこいいことは言えない。それでもチャンピオンかと言われると言い返せない。
――それとも女の子とのイベントかな? いやでもこのままだったら多分タカハル君ダメ人間になっちゃいそうだし……
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