トラウマ
「大丈夫かい? タカハル君……」
「さあな、身体面では後遺症もないけど……メンタル面がな……」
俺は病室のベッドの上に座り、隣に座るルビーの腕を両手で体に寄せる。誰かがいないとすごく心配になる、また同じようなことが起こるのではないかと。恐怖が襲ってくる、どうしようもないくらい。そんなもの非合理的だとわかってても、合理で塗り替えられるほど生易しい経験ではない、ストレスホルモンの過剰分泌による扁桃体の強い記憶。いわゆるトラウマってやつだ……
だが、誰かといるとその恐怖がやわらぐ。その中でルビーが最も落ち着くということがわかった。ただの脳の錯覚ということはわかっている…………
「……ごめん、ルビー……付きあわせちまって……」
「いいえ、ルビーは幸せ者です」
そう笑顔で返してくれる。その表情を見ると嬉しくなるが気を使っているのではないかと思うと胸が締め付けられる痛みの感覚がある。ルビーの腕を引き寄せる、きっと迷惑だろうに……
「……別に俺の現状を確認しに来たわけじゃないだろ。情報を合わせに集まったんだろ?」
「はい、思い出されるのは辛いかもしれませんが……覚えていることをお伝えしていただけたらと……」
サティエルがそう躊躇しながら、俺の様子を確認しながらそう言った。
「――聞こえた有用そうな情報は……あいつらは転生者の孫とか言っていた」
「……レックス国の奴らのおおよその年齢から、その転生者というのはおそらく、【シアン・スティンガ】のことでしょう。」
サルトロがそう告げる。
「――どんな奴なんだ?」
「敵ながら優秀な暗殺者でした。我が国の多くの有力者が彼に殺されたとされています。定かではありませんが我が国の二代前転生者も彼に殺されたと考えられています。」
……記録ある中で最強とされる二代前転生者を殺したとされるか、その血を引いた……
「あとなんかキーワードになりそうな名前があったな。【オブシディア】だったか……何か知らないか?」
しかし全員心当たりはないようだ。
「後々、調べさせます」
サティエルがそう言った。
「そういえばあの時、アゲートは最初いたけど、その後いなかっただろ。どうしてたんだ?」
「うち一人を追いかけていたのですが、撒かれてしまいました」
「そうか……」
「それに、あの時衛兵の多くが音もなく首を切られて死んでいた。惨いことを……」
スティフがそう言った。そんな奴がまた来るかも知れないという思考が出てくる……
「ッ――」
思わずルビーの方へ体を寄せる。するとルビーがもう一つの腕を頭に回して抱きしめてくれる。すると恐怖によるストレスホルモンの分泌が減って体が小刻みに震えるのが止まる。
――――――――
私、ルビーは複雑な心境にあります。あの時から、タカハル様と密接な距離となってくれました。添い寝すら許してくれるようになりました。
しかしこのように心を傷つけてしまったのは私のせいだ、私がもっとしっかりしていればタカハル様があのような痛みを受けるようなことはなかったはずだ。それに……
「――ぃたい……痛いよ……」
寝言でそのようなことを口に出される。そんなことを聞くたび私の胸は締め付けられるように痛む。そんな時はタカハル様を私の方へ寄せると安心した表情を見せていただける。そんなタカハル様を見ると私の痛みも消える。
恋い焦がれる男性に依存していただける。女性としては幸せだ。しかし転生者様の護衛としては最悪だ、守ることとしては簡単になるがそういうことではない。
どうすればいいか私はわからない、タカハル様がどうされたいのかわからない。このような親密な距離で居たい、だがタカハル様には前のように私なんかいなくても問題なく過ごせられるようになっていただきたい。
私だって無敵ではない、タカハル様の全力だったら無論一瞬で終わるだろう、スティフも精霊を使われたら厳しい、母上にだって護衛になる直前の試合だって勝てなかった。
タカハル様はともかく、敵にそんな力量の者が現れないとは限らない。タカハル様だけ逃して私が犠牲になることがあるかもしれない、そうなってしまったらタカハル様はどうなってしまうだろうか……
そんな風にならないために努力するべきなのだ、タカハル様を護衛する、その後もタカハル様のために。
今は想いは胸の奥にしまっておこう。きっとタカハル様はこの壁を乗り越える、タカハル様なら乗り越えず別の方法を見つけるかもしれない。解決した後、憧れのタカハル様に想いを告げよう。絶対に後悔はしない、どんな結果でも。
だから今はまだ。
――――――――
どうにかこの状態から脱さないと。合理的に、理論的に、論理的に、効率的に。ここまでする程危険はない……魔法が使えるようになれば――あの時魔法が使えれば………………
考えからふと思い出してしまう、怖くなり隣にいるルビーに体を寄せる。
「また思い出してしまいましたか? 大丈夫です、私がいますよ」
ルビーは優しく腕を体に回して抱きしめてくれる。ずっとこうしていられたら…………
そもそも平和な世界から来た人間には無理だったんだ……それも自分の周りのこと、知りたいことしか知らないちょっと科学を知った気になった程度の子供が……
もういっそ、考えることをやめてしまおうか。きっと、どうにかなる。
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