売店の王子様
オレは奨学生だ。
小学生ではないのでそこは間違えないで貰いたい。
何が言いたいかというと、ここ朝日奈学園に通う他の生徒達の様な金持ちじゃないってこと。
奨学生は、学費に寮費、果ては食堂での代金まで無料。
ただし、定期テストでの一定以上の順位の保持と、一定以上の授業への出席が求められる。
幸いなことに、オレはその条件をクリアすることができたわけで。
でなければ、両親を事故で亡くし、遠い親戚に厄介になっているオレが、こんな学校に通えるはずがない。
といっても、保護者になるその人、母さんの妹の旦那の弟(オレからしてみると、ほぼほぼ他人)に冷遇されているわけではない。むしろ、なんか甘やかされている気がするわけだが、まあそれは置いておこう。
この学校では、奨学生は学園内でアルバイトができるようになっている。
場合によっては特待生にも許可が下りるらしいけど、特待生は部活なんかの活動を優先させなければいけない為に、バイトをしている生徒はほとんどいない。
勿論、奨学生だって学業優先だが、そこは優秀にできているオレの頭に感謝だ。
オレのバイト先は学園内の売店だ。
売店という規模じゃないが、売店だ。
放課後はほとんど毎日、そこで働いている。
「あ、山田ー。そこの箱の奴、品出ししといてー」
「はい・・・って店長はどこ行くんです?」
あ、オレ、山田です。
で、タバコ握りしめてどこかに行こうとしているのが売店の店長。
推定、30歳手前の男前。
「ヤニ切れだから、喫煙所まで。そのうち、王子来るし一人でいいだろ」
「・・・どうぞ」
店長を見送って、指示された箱から商品を並べていく。
ケーキが数種類。コンビニクオリティだが、金持ちなお坊ちゃま達にも人気の商品だ。
あーモンブラン食べたい。帰りに買っていこう。
「あれ?山田だけ?」
「あー王子。どうも」
振り返れば、爽やかなイケメンが一人。
彼こそが「王子」。
お客たちにいつの間にか「売店の王子さま」とか呼ばれている、この売店で一番人気の店員である。
「うん、どうも。店長は?」
「ヤニ切れだそうです」
「あーオッケー。すぐ入るね」
爽やかな笑顔を浮かべて、バックヤードに入って行った。
いつ見ても笑顔なんだよなぁ、王子は。
『そろそろ、王子が入られる時間だよね!』
『ね!レジしてもらいたい!』
王子が入るタイミングで、どっと客が増える。
どいつもこいつも王子目当て。
ちなみにオレがレジしようとすると、
『ねぇ、王子はいないの?ボク、王子にレジしてもらいたいんだけど』
と全くもって直截に、お前なぞお呼びじゃないと言われます。
もう、ほんとにここの生徒はイケメン好きだな!
「王子ー。ご指名ですよー」
ここはホストクラブか!とか思いつつも、王子を呼ぶ。
「はいはーい。いらっしゃいませー。いつもありがとうございます」
エプロンを着けて、笑顔を振りまきながらレジを始める王子。
お客はその笑顔にうっとりだ。
スマイルゼロ円とか言わずに、王子は金をとれるレベルだと思う。
とか、どうでもいいことを考えつつも、品出しに戻るオレ。
あーショートケーキも捨てがたいな。
他の商品の品出しも終える頃には、客の波も引き、店内にはオレと王子のみ。
あれ、店長遅すぎじゃないか?
「王子、お客さん鬱陶しいと思うことないんですか?」
今日の客はそうでもなかったが、たまにいるのだ。
店内で王子の行動を見ながら、キャーキャー言ってる阿呆が。
「ん?そうだなぁ。魔法の呪文があるからね」
「魔法の呪文・・・?」
なんかメルヘンな単語が王子から出てきたぞ。
「そう・・・」
にっこりと笑いながら王子は言った。
「お客様はお金様」
と。
「え・・・?」
「いらっとしたら、心の中で「諭吉様諭吉様」って唱えるんだ」
あくまで爽やかに王子は言った。
え・・・・・・・・・・?!
「悪いな、遅くなったわ」
「あ、店長どうも」
「おお、王子。そだ、お前一位だったぞー例のランキング」
張り出されてたの見てたら、遅くなったわ。と店長が言う。
「え、本当ですか?」
「『笑顔が素敵な人ランキング職員部門』でぶっちぎりの一位だったぞ」
「やった!」
「ほんとにやりやがったなぁ。三年連続一位。ほれ、約束のボーナスだ」
はっ!
オレが硬直してる間に店長戻ってきてるし、なんか話が進んでる!
え、ボーナス?
「あれ?山田は知らなかったか?こいつ、元ヤンでガラ悪すぎたもんだから、店に出せそうになくてよ。で、約束?つか、賭けした訳よ。三年連続『笑顔が素敵な人ランキング職員部門』で一位取れたら、賞金やるぞって」
王子が元ヤン。ガラが悪い・・・?!
「現金な奴だよなぁ。金がかかった途端にコロッと変わりやがって。果てには「王子」だし」
「金は大事だろー?授業料免除とは言え、何かと入用な年頃なんですー」
「授業料免除って王子、大学生ですか?」
「ここの生徒だよ」
え?見たことないぞ・・・?
「あれ、山田は知らない?通信学部あるんだよ。俺みたいな元ヤンとかヒッキーとか何かしら問題あるやつばっかのクラスだけど。しかも、通信とか言いながら、希望者は寮に入れるし。ま、まだ試験運用期間みたいだけど」
俺、第一号なんだーと王子が言う。
通信学部なら、納得だ。始業式とか体育祭とかそういう行事にも参加しないし、校舎ですれ違うなんてこともない。
「ホントは別に高校なんか出なくてもいいかと思ってたんだけど、店長がうるさいからさぁ」
「通信でもなんでも、出といた方が良いに決まってんだろ。世の中、学歴社会なんだからよ」
その後、客が来ることはなく、店仕舞い。
なんか、ディープな事情を聴いてしまった・・・。
王子が中二のとき、母親が交際相手を家に連れ込む。
その相手がとんだDV野郎。
王子、グレる。
中三の夏に家出。
喧嘩に明け暮れる。
秋頃、ボロッボロにされる。
店長に拾われる。
家に戻るのを拒否して、店長ンとこに転がり込む。
高校通えと言われて拒否。
が、無理くり学園の通信学部に入学させられる。
売店の店員をさせられる。
売店の王子様になる。今ここ。
だそうだ。
とりあえず、今後王子を怒らせるような真似はしないと誓った。
なんせ、喧嘩に明け暮れていたころの異名が『阿修羅』だ。絶対、ヤバい。
笑顔の裏で「諭吉様」とか唱えているとか考えると、笑えるような・・・怖気が走るような・・・。
さ、帰って風呂入って寝よう。
オジさんからメールきてたけど返事明日でいいだろ。
なんか疲れたし。
あーケーキ買い損ねた・・・。
(終)
自サイトで掲載中の朝日奈学園シリーズの小話です。
わたくしといたしましては、店長×王子、おじさん×山田君が気になるところです。
お読みいただきありがとうございます。