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昔はもっと毎日が輝いていた。
明日になるのが本当に待ち遠しくて、そわそわしながら毛布に包まっていた。
学校に行けば友達やちょっと気になる女の子、面白い先生たち。
体育の授業では走って怪我をしたり、スポーツでは些細な事で喧嘩もした。
これは俺が一番輝いていた時期の頃だ。
歳を重ね、やがて明日に向ける希望が薄くなっていった。
明日なんて俺には来ない。
毎日毎日こうやって、
「……」
PCゲームに噛り付いているだけなのだから。
「くそっ」
ドンと、俺はキーボードに手のひらを叩きつけた。
やっぱりFPSは嫌いだ。
負けた時の不快感が異常なほど大きいのだ。
ゲーム画面の『YOU LOSE』を睨みつけた。
「……」
いや、ゲームにイラついているのではない。
年甲斐もなく働かず親に甘えている自分自身が一番憎らしいのだ。
気分転換にカーテンを開ける。
溶けそうになるほどの強烈な日差しが入ってくる。
「うっ……」
思わず目を細める。
何日ぶりに日光を浴びただろうか。
今の俺には生活習慣という物が無かった。
寝たい時に寝むり、腹が減った時に飯を食う。
最後に家族と食事したのは……もう覚えていない。
両親は俺が何もしていないことに特に何も言ってこない。
中学を卒業して今年で四年目か。
かつての同級生は大学生になっているというのに、俺は何をしているのだろう。
毎日毎日ゲームやネットサーフィン、風呂も入らない事もしばしばだ。
「はは……」
思わず乾いた笑いが漏れる。
俺は何の為にこの世に生まれてきたのだろうか。
何度も自分にそう問いかけてきた。
ただし肝心の答えは一向に見つからない。
自殺する勇気も無い。
いつかネットで読んだ記事には『何もしてない奴には死ぬ価値も無い』と書かれていた、ごもっともだ。
俺には死ぬ資格も無い、何もやっていないのだから。
しかし今から俺に何が出来ようか?
学歴も無ければ職歴も無い。
何かの資格があるわけでも、何かに爆発的なセンスを持っているわけでもない。
今の俺には海外で臓器を売って金にするくらいしか価値がないのではないか?
「……」
首を振る。
そんな事をしたら親に申し訳ない。
せめて親より先に死なないくらいの親孝行はしないといけないのだ、絶対に。
はぁとため息を吐きながら階段を下りていく。
トイレもしたいし、お腹も減った。
トイレで用を足しリビングへ向かう。
どうやら今日は平日らしく誰もいなかった。
食卓の上には母が作ってくれた朝ごはんがラップを纏って置いてあった。
『とりあえずメシだけは食べなさい 母より』と書かれた手紙も一緒だ。
「はぁ……」
申し訳ない本当に。
三人家族の中で俺だけが何もしていない。
父は朝から夜まで黙々と働き、母はご飯を作って夕方までパートに行く。
そして俺はというと、好きな時間に起きてご飯を食べPCをいじるだけ。
今の俺は誰から見ても正真正銘のクズだった。
いつまでこんな状況が続くのだろうか。
明日、一か月後、一年後……。
やがて親が高齢者になっても俺は……。
「ッ……!?」
背筋に強い寒気が走って箸が止まる。
自分が害悪すぎる。
きっといつかは、きっといつかはと、先延ばしにしているようでは俺には明日は来ない。
このままいけば俺は親が死ぬまで迷惑をかけ続けるだろう。
何かを変えなければいけないのだ、明日ではない今日に!
「……よし」
俺はとりあえず身近から出来る簡単な事をしようと立ち上がった。
いつもはそのままにしておく皿を台所へ持っていく。
そして腕をまくりスポンジを手に取った。
軽く水に濡らして洗剤を付ける。
こんな小学生でも出来そうな簡単な事にすら若干の戸惑いを覚えている自分が腹立たしい。
「あっ……」
ふと洗剤で滑ったのか皿が手からこぼれ落ちる。
ガシャン!
「……」
シンクの中の泡の中に陶器の破片が散っていた。
泡が一つ、俺を嘲笑うかのようにぱちんと割れた。
「はぁ……」
もう、ただただ、情けない。
皿もロクに洗えない俺が。
皿の破片を一つ取り出してみる。
俺が小さい頃からこの家にあった物だった。
「っ……」
ため息を吐こうとしたが止める。
そんな事をしても何も始まらない。
「仕方ない!」
自分に言い聞かせるように大きく言い、古新聞を持ってくる。
その中に破片を入れてガムテープで封をする。
そしてその上に『ワレモノ』と書いた。
母が帰ってきたらしっかり謝ろう。
俺は軽く手を洗って覚悟を決める。
「よし、買いに行こう!」
少しずつの変化で良い。
俺はもう今の生活にはウンザリだった。
財布にはなけなしの金が入っている。
一枚の皿くらいならこれで買える、はず。
「すー、はー」
大きい玄館扉の前で大きく深呼吸を繰り返す。
外に出るのはいつぶりだろうか。
変化し続ける外は俺を受け入れてくれるだろうか。
それは分からない。
でも、変わりたい!
その気持ちを俺は大切にしたい。
「……よし!」
気合を入れ直し、重い扉を大きく開いた。
思えばこれは俺の心の扉だったのかもしれない。