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赤い服の少女  作者: Ichiko
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2人の夜

食事会が終わり、一行はタクシーに分乗して西新宿のホテルにチェックインをした。


『明日は朝8時半にこのロビーに集合です。宜しくお願いします。』


梓と渚は自分たちの部屋に入り、窓のカーテンを開いた。


『わぁー、きれい!』


眼下には東京の夜景が広がっている。


『ホントねぇ。ママ、また夢が叶っちゃった。』


梓は備え付けのミネラルウォーターを開け、ポットに入れてお湯を沸かしながら言った。


『またって、私に会うだけじゃなくて?』


『そう。前に住んでいた部屋から都庁とかこのホテルとか見えたでしょ?』


2人が以前住んでいたのも新宿区内である。


『ママね、頑張っていつか渚とここに泊まろうって思ってたの。……頑張った訳じゃないけどね。』


『違うよ、ママ。ママは頑張ったんだよ。だから早く出られたんだし、こうちゃんが身元引受人になって来れたんだよ。』


『そうね。このみさんには感謝しかないわね。』


お湯が沸き、ティーバッグのお茶を淹れながら梓は言った。


『あの晩、高木先生に会って、渚の話をしなかったらこんな風に夢を叶える事はなかったかもしれないわ。』


『そうだよ。先生が治してくれたから私、普通にみんなと一緒に身体測定受けたり水泳の授業に出られる様になったんだし、楓ちゃんと友だちになれたと思う。こうちゃんだって、楓ちゃんのママから私たちのお話聞いて身元を引き受ける事になったんだよ。』


全てはつながっているのだ。


『写真、見てくれた?』


渚は梓に見せたくて、わざと自分の部屋にアルバムを置いていた。


『うん。どれも笑顔がとっても素敵な写真ばかり。美里ちゃんも楓ちゃんも良い友だちね。』


『美里ちゃんと一緒の写真は美里ちゃんのパパが撮ってくれて、楓ちゃんとの写真は楓ちゃんのママが撮ってくれたの。楓ちゃんのママね、昔こうちゃんのお姉さんから凄く高いカメラをプレゼントしてもらって今も大事に使っているんだって。』


『2人共良いお友だちね。お茶入ったわよ。飲みましょう。』


渚はカーテンを閉めて、椅子に腰掛ける。


『…………。』


『どうしたの、ママ?』


梓は渚にだけはあの事を言った方が良いか、考えている。


『……楓ちゃんの事だけど……。』


『楓ちゃんの?』


梓が楓に会ったのは今日が初めてであったが、何を考えているのだろうか渚には分からなかった。


『ママね、刑務所の中で楓ちゃんの本当の……そういう言い方は駄目ね。楓ちゃんを生んでくれたママと一緒だったの。』


『え?ママ、そんな事どうして分かったの?』


『刑務所に入って最初に親しくなった人……。関根睦月さんって言うんだけどね。子どもを虐待して刑務所に入っているって言ってたの。渚からの手紙に楓ちゃんの事書いていたでしょ?自分にも楓っていう子どもがいたんだって。』


一時期に楓の話は書かない様に加倉を通じて言われていた事を渚も微かに覚えている。


『かえちゃんの事書いちゃ駄目って言った時?』


『そう。たまたま名前と年齢が一緒だったかもって思っていたけど、アルバムで楓ちゃんの写真を見て、間違いないと思ったの。先生も知香さんも睦月さんの事は全然知らないはずだし、楓ちゃんも今はどうしているか教えてもらっていないけど、もしかしたら睦月さん、楓ちゃんが自分の子どもだって思い続けていたらママや渚に近付いてくるかもしれないの。だから今は2人だけの秘密にしておいて。』


状況次第ではこのみや知香にも知らせなければならないが、睦月が何も事を起こさなければ黙っていれば良い。


『偶然ってあるんだね。』


『そうね。ママが高木先生と出会った事も、美里ちゃんのパパが渚とママを追っていた事も、このみさんのところでお世話になるのも全体偶然の連続。だから良い偶然もあるけどその人にとって良くない偶然もあるの。』


『ママと私は?』


『これは必然。必然だけど、いくつかの偶然があって今こうして2人でお話しているんだから、感謝しなきゃね。』


『うん。』


久し振りの2人の夜は遅くまで続いた。



翌日はみんなで都内を観光して、最後に東京スカイツリーの展望台に登り、渚は梓を見送って八王子に戻る事になる。


明日からは梓はこのみの元で仕事をしながら生活をし、小学校の卒業までは渚は晃一と彩子の元にいるので暫くはまた離ればなれとなるのだ。


『再来週、桐生に行くね。』


『風邪とか引かないように気を付けてね。』


『うん。ママも。』


浅草始発の特急がゆっくり駅に入ってきて、梓はこのみたちと一緒に乗り込んだ。


ドアが閉まり、手を振りながら梓を見送る渚の表情は笑っている。


『パパ、ちゃんと撮った?』


美里が武司に確認する。


『ああ、渚ちゃん、最高の笑顔だよ。』


モニターの中の渚は、一点の曇りもない晴れやかなものだった。

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