大きなお年玉
渚は来るべき日に備えて毎月一人で桐生に足を運んだ。
最初は祖父母と来た時の様に浅草から特急に乗ったが、慣れてくるとネットで調べて効率よく早く着くルートを使う様になり、もう一人でどこにでも行けるとどや顔を見せている。
『凄いがね。群馬は車社会であまり電車に乗らないから私なんか全然分からないよ。』
高草木という苗字は地元に多く、五月は生粋の群馬県人だ。
『社員旅行は電車に乗って東京でも行きましょうか?』
『そんな暇はないよ。』
たまに口を開く萌絵の手は決して休まない。
『萌絵さん、たまには息抜きしないと駄目です。社員旅行は全員強制参加ですよ。』
仕事人間の萌絵は自宅の往復以外は外に出たがらないのだ。
『アンタまた大きな荷物ねぇ。』
渚は桐生に来る時はいつも荷物が多い。
『少しずつ引っ越しの準備をしているんです。』
年が明け、渚の卒業式まで2ヶ月少しとなっている。
『なぎちゃんにお年玉渡さなきゃね。』
『良いなあ。私も子どもに戻りた~い!』
そんな五月を適当にあしらって、このみは渚にポチ袋を渡す。
『良いんですか?モデル代ももらっているのに。』
『なぎちゃんがモデルになってから受注が増えているの。仕事が増える一方だからみんな文句言っているけど。梓さんが来てくれるまでもう少しの辛抱だけどね。』
このみはもう梓の仮釈放が決定した様な口振りだった。
『もう少しって……。』
『ごめんね。今週、保護観察所から手紙が来たの。はい、もうひとつのお年玉。』
渚がこのみから受け取った手紙は梓の仮釈放通知であり、梓は仮釈放が認められ、2月後半の日付になっている。
『これで卒業式に間に合うね。』
『はい。ありがとうございます!』
渚にとっては大きなお年玉になった。
『お年玉は無理だけど、社員旅行は奮発して新宿の一流ホテルに泊まって夜は高級中華なんて如何でしょうか?』
このみの頭の中では既に社員旅行の計画はまとまっているのである。
『渚ちゃんとお母さんを対面させるんでしょ?……わざとらしいんだから。』
このみの計画を萌絵には見透かされてしまった。
『なぎちゃんは現地で合流って形で良いよね。当然お祖父ちゃんお祖母ちゃんの夕食とホテルは用意して次の日は観光するから。』
『あの、友だちも呼んで良いですか?』
『美里ちゃんでしょ?それと美里ちゃんのお父さんお母さんもちゃんと頭数に入れてあるから。あと、楓ちゃんと健介さん、知香さんもね。』
そのあたりは全て計算済みだ。
『これじゃ社員旅行じゃないじゃないですか?予算はどうするんですか?』
会社の経理を預かるひよりが困り顔で迫る。
『社員旅行だけどなぎちゃんのママのお祝いと歓迎会だからオーバー分は私の財布から出します……。』
頭数は計算済みだったが、ひよりから予算を渋られ、ポケットマネーを捻出する羽目になったのは計算外だったが、仕方がない。
梓には別の形で仮釈放が決まった事が伝わる。
これは引き込みと言われ、仮釈放準備寮に移り、仮釈放の日まで2週間を過ごすのである。
準備寮は今までとは違いかなり開放的な生活になり、監視の目も緩くかなり自由な生活が出来るのだ。
『お子さんも大きくなったでしょう。』
顔なじみの刑務官が普通に声を掛けてくる。
『はい。小学一年生だったのに、もうすぐ卒業なんです。』
『もうお子さんを悲しませない様にね。』
『はい。ありがとうございます。』
準備寮では簡単な仕事の他、DVDを見たり刑務官からの講話を聞いて感想文を書いたりした。
当日は朝ご飯を食べて、出所式に臨む。
出所式には私服に着替えるが、予めこのみが差し入れてくれた清楚なスーツで、渚の卒業式や入学式にも着ていけるものだ。
『頑張ってね。』
辛くても真面目に耐えてきた梓に刑務官はみんな温かい言葉を送ってくれ、少し涙ぐんだ。
手続きを終えると、出口には晃一、彩子とこのみが出迎えてくれた。
『お父さん……お母さん……。』
両親は黙って頷いている。
『今まで渚を育てて戴き、ありがとうございました……。』
『渚は良い娘になったぞ。』
『お帰りなさい。』
3人の涙に加え、このみももらい泣きしたが、直ぐに切り替える。
『これから前橋の保護観察所に行って桐生に戻ります。』
あくまで仮釈放の身なので保護観察所預りという形になり、今後の過ごし方などを報告する義務がある。
泊まり掛けの旅行も報告をしなければならないので、週末の[社員旅行]も勝手には出来ないのだ。
『それでは日曜日、宜しくお願いします。』
『こちらこそ、梓を宜しくお願いします。』
高崎駅で晃一と彩子を見送るこのみと梓。
『梓、これからが大事だぞ。渚をしっかり育てなさい。』
『はい、お父さん……。』
こうして、出所した梓は渚の元に帰る日を待つ。




