魔法少女
夕方になり、渚はこのみたちに連れられて工房から10分ほど歩いた大通りにある3階建ての大きな寿司店に入った。
『なんか高そうなお店ですね。』
『子どもがそんな心配しなくて良いの!このみが奢りって言った時は黙って着いていくのがうちのルールだからね。』
心配する渚を奈々が一蹴する。
『普段はもう少し安いお店に行く事もあるんだけど、萌絵さんは飲まないし、渚ちゃんときらりちゃんは20歳前だからお寿司とかが良いでしょ?お肉とか天ぷらも頼めるし。』
『きらりちゃん?』
渚のクラスにも何人かいるキラキラネームの従業員なのだろうかと思う。
『そ。森下星花。女子大生のバイトの娘なんだけどね。うちの服が大好きで近くの大学を受験して押し掛けて来た娘。直接店に来るって。』
五月が説明した。
『後、経理と総務の一切を仕切ってくれている岡部ひよりさんも来るから。うちはこの7人の小さな会社なの。』
そんな少人数で10代をとりこにするカリスマ的ブランドを作っていたのが渚には信じられない。
一行は10人がちょうど入れる個室に案内され、星花とひよりが加わって渚の歓迎会が始まった。
『なぎちゃん、宜しくね。』
ななもえの服を着ている星花からジュースを注がれる。
『似合いますね。可愛いです。』
『これは魔法少女をテーマにした人気のシリーズなの。』
『知ってます!友だちの美里ちゃんが着てたから。』
渚が興奮して星花に答えた。
魔法少女といってもコスプレではなく、普通の可愛い服なのだが、これを着るとなんとなく魔法少女になった気分になれるというデザインなのだ。
『ホント、魔法に掛かったみたいな感じだけど、私が着てもそんなに痛く見えないでしょ?』
ローティーンの娘が着れば可愛い感じが強調されるが、ハイティーンでもその年齢に合う感じに見られる、そんなデザインである。
『まあ、作っているのは魔法少女じゃなくて魔女だからね。』
『奈々!』
口数の少ない萌絵が怒った。
『私の名前もそうだけどママが可愛いのが好きで、私小さい頃から可愛い感じの服ばかり着せられて嫌だったの。でも小学六年生、ちょうどなぎちゃんくらいの時にママが買ってくれたななもえの服を着たらたちまち魔法に掛けられたって訳。それで桐生に近い大学に行くってママに言ったらもう喜んでね、ママがここに乗り込んでバイトさせてくれって拝み倒しちゃった。』
星花の母はだいぶパワフルな様だ。
『私のママも小学一年生まででしたが、ロリータ服とかよく着せられました。』
渚の母の数少ない思い出のひとつだ。
『まあ、社長自身が魔法に掛かったひとりだからね。このみちゃん、可愛い服大好きだから。』
『ちょっと、ひよりさん。バラさないで!』
ひよりに暴露されたこのみが焦った。
『そうなんですか?でも、こうちゃんが着たら似合うと思います。』
渚はこのみの可愛い姿を想像しながら言う。
『もっともこのみは昔っからメイド服の方が好きなの。昔、本当にメイドやっててそれがきっかけでその家のお嬢さまになったシンデレラだから。』
『奈々さん、飲み過ぎですよ。なぎちゃんに変な事吹き込まないで下さい。』
奈々が次々にこのみの過去を暴露して渚の興味は深まっいく。
『お嬢さま……シンデレラ……?』
『違うの。今の父の家で働いていたら父が母に一目惚れして再婚しただけなの。』
このみは母と離婚した実の父親から養育費を打ち切られて苦しい時に今井家でメイドのバイトを始め、それがきっかけで養父と母の再婚につながったのだ。
『だから一般庶民の私たちにとったらアンタはシンデレラなの!』
酒が進んだ奈々は絶好調だ。
『奈々。帰ったらお仕置き!』
奈々が酔い潰れてしまったので会はお開きとなり、萌絵が奈々を車に押し込んで自宅に帰っていった。
『奈々さんと萌絵さん、お住まい遠いんですか?』
『まあまあ遠いかな?大泉町ってブラジルの人がたくさん住んでいるところ。二人は私生活でも同性パートナーだから。』
『パートナー?』
『女性同士だけど結婚している様な関係って事。大泉町はそういうカップルを夫婦と同じ様に扱う制度があるの。といってもあの二人、週の半分はこっちにいるけどね。』
渚はそういう関係がある事自体初めて知った。
『昔っからなんですか?』
『萌絵さんは最初から男性恐怖症で、知香さん……楓ちゃんのママと付き合ってたの。奈々さんは知香さんが男だった時に片想いしてたけど知香さんが女の子になって振られたって言ってた。萌絵さんも知香に振られたって言ってたから、同じ人に振られて傷を舐め合っているうちにそういう関係になったって訳。』
渚にはまだ全然理解が出来ない。
渚は、このみに工房に隣接する住宅の部屋を宛がわれた。
『ここが渚ちゃんの部屋だから自由に使ってね。隣がママの部屋になりますが今日はお祖父さま、お祖母さまはこちらをお使い下さい。台所とかお風呂とかは私も使うけど、大丈夫ですか?』
住宅は3階建てで、3階がこのみの部屋、2階が梓と渚の部屋、1階がキッチンや風呂があり、便所は各階にある。
『もともと私の祖父母の家だったの。建て直した時にバリアフリーにしたから狭いけど我慢してね。部屋には新しいお布団も入っているから。ベッドの方が良かったら、直ぐに入れるね。』
各階の移動はエレベーターを使うが、かなり遅い。
『私は全然平気です。……でもひとつだけお願いしたいんですけど良いですか?』
『良いよ、何?』
『今日だけ、こうちゃんと一緒に寝たいんですけど……。いろいろお話聞きたくて。』
渚はこのみや奈々、萌絵たちに興味が尽きないのだ。
『分かった。私もなぎちゃんのママのお話とか聞きたいわ。』
二人はまだ家具も何もない部屋に布団を並べた。
『なんか、こうちゃんが魔法少女みたい。』
『私?私は全然そんなんじゃないの。ただ、常に目標としている人が前にいるから。あの人の方が魔法少女よね。』
『かえちゃんのママですか?』
『そう。私は楓ちゃんのママに憧れて女の子になったけど、あの人の傍にいると何故かみんな幸せになっちゃうの。姉もね、スポーツ万能のお嬢さまだったんけど、事故で車イスの生活になってずいぶん荒れてたらしいの。私は一番最初の頃はあまりよく分からなかったけど、今井の家でメイドをする頃にはずいぶん優しくなってたな。』
『こうちゃんのお姉さんも魔法に掛かったんですか?』
『そう。身体は治らなかったけど、心は魔法少女が治してくれて、車イスバスケでパラリンピックにも出たんだよ。私も奈々さんも萌絵さんもそんな魔法少女になりたくて、女の子たちに服を作る仕事をしているの。』
このみにとって自慢の義姉である麗だが、2人が姉妹になったのも知香がきっかけなのだ。
『凄いなぁ。』
『今度は、なぎちゃんが魔法少女になる番だね。』
『私?』
『そ。魔法少女になって、ママを幸せにしてあげてね。』
そんなこのみの言葉に渚は勇気が湧いて、本当に魔法少女になって梓を幸せにする夢を見ていた。