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赤い服の少女  作者: Ichiko
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ななもえ

群馬県桐生市。


上毛かるたで[桐生は日本の(はた)どころ]と読まれ、古くから織物産業が盛んな街だったが、織物が衰退し、主力産業が車の部品関連企業、さらにはパチンコ産業と変化していき、それでも過疎化が進む典型的な中規模都市である。


今井このみの母方の祖父は長年この地で織物工場を営んできたが、高齢で工場を畳み、重要文化財になり得る建物の内部だけ改装、3組の若いデザイナーたちに場所を提供して、各々服飾工房として競わせていた。


このみが土地・建物を相続した時は奈々と萌絵の同級生コンビ一組しか残っておらず、このみが代表取締役となって会社を立ち上げた……それがななもえである。


土曜日の朝、晃一・彩子と渚は浅草から東武線の特急に乗って新桐生駅で降りた。


『おはようございます。お待ちしていました。』


このみは自ら運転するベンツで3人を駅前ロータリーで待ち受けていた。


『なぎちゃん、今日はうちの服着てくれてるね。似合ってるよ。』


渚が着ているのは可愛さの中にも落ち着きのあるワンピースに、耳の付いたフードが特徴のコートを着ている。


『良いところね。』


『山が近くて川も流れている。なんとなく八王子に似ているな。織物で栄えたのも一緒だし。』


2人の第一印象だ。


『寂れてしまって何にもないんですよ。特急だって足利から太田を通りましたでしょう?足利から直線だとそう遠くないんですが単線で時間が掛かるので、ビジネス面では桐生はどんどん見棄てられているんです。』


地図を見ると東武線の特急りょうもうは群馬県に入り館林から栃木県の足利まで進むと一旦左に大きく逸れ太田に向かい、再び右に大きく曲がって桐生方面の支線に入るので遠回りの形なのだ。


『私たちは観光気分だから気にしないですよ。』


多少の遠回りもまた良しと晃一は思っているが、新桐生駅も中心部から少し離れた渡良瀬川の向こう側に位置していて、JRの駅からもかなり遠く、お世辞にも便利とは言えない。


車は渡良瀬川を渡って市街地に入るが、国道のバイパスは反対側の新桐生駅より南側を貫いていて、さらに高速道路のインターチェンジも離れているため、市街地はゴーストタウンの様になっている。


『でも私は祖父母が愛したこの街が好きなんです。』


このみの母はこの街を飛び出していき、生まれて暫く祖父母が桐生に住んでいる事をこのみは知らされていなかったが、この街には懐かしさがある……。


このみはそんな大好きなこの地で起業して母と養父から独立したのであった。


『なぎはどう?』


新宿生まれの渚だが、小学時代の大部分は祖父母のいる八王子で暮らしている。


『良いと思う。社長さんも優しいし。』


『なぎちゃん。社長さんなんて固いから言わないでよ。』


それがこのみが社長らしからぬところだ。


『じゃあなんて呼ばれているの?』


『奈々さんには呼び捨てにされてるし、萌絵さんはちゃん付けだけど、知香さんの影響で従業員たちにはこうちゃんって呼ばれているからなぎちゃんもこうちゃんで良いよ。』


『こうちゃん……って身元引受人までして戴いてそんな友だちみたいな呼び方では失礼です。』


彩子が2人の間に入って遮る。


『身元引受人だから良いんじゃないですか?私たちはこれから家族同然の関係になるんです。親しき仲にも礼儀は必要ですが、あまり固くなってはいけないと思っています。私自身、実家に帰るとお父さまとかお姉さまと呼んで肩が凝るので。』


このみの母は深谷の名士の養父と再婚した事で、母ひとり子ひとりの貧乏暮らしから金持ちの娘になったが、今でもあまり馴染めないという。


『私も渚ちゃんと同じ境遇でしたので、時には父親の代わりに思ってくれても良いですよ。頼りないけど……。』


そんなこのみが知香と同じ性同一性障害の元男子で、健介がまだ学生だった頃に山梨の大学病院で性適合手術を受けたという話をした時は晃一も彩子も仰天していた。



『戻りました。』


のこぎり状の屋根から明かりがこぼれる独特な建物の工房に戻ると、奈々と萌絵の他に土曜日で休日にも関わらず2人の従業員が仕事をしている。


『休みなのにどうしたの?』


『どうしたの?って受注が多すぎて追い付きませんよ。』


このみの問いに答えたのは工房の最年長・42歳の山岸陶子である。


『納期が決まっている訳じゃないからって言ってるのに、陶子さんもさっちゃんもどんだけ仕事好きなんだか?』


奈々が呆れ返るが、みんな職場が楽しい様だ。


しかし、勤務時間外に労働させるとブラック認定をされてしまうので、このみには頭が痛い。


『家にいても何もする事がないし、仕事している方が良いんです。』


もうひとりは30歳の高草木五月だ。


『春頃からお母さんとここで暮らす予定の西脇渚ちゃんとお祖父さま、お祖母さまです。渚ちゃんはホームページのモデルを務めて戴くので、これから暫くはたまに来てもらって桐生に慣れてもらいます。』


『西脇渚です。なぎって呼んで下さい。宜しくお願いします。』


このみから紹介をされて、渚はみんなの前で挨拶をした。


『なぎちゃんのお母さんがここに来たらだいぶ戦力アップになるからそれまで無理しないで休日出勤とかしないで下さいね。』


『そんな事言っても中国とか台湾からの受注も増えてるんですよ。それなのにこうちゃん仕事増やしてるんだから。』


『ごめんなさい。今日は私の奢りでなぎちゃんの歓迎会やるから許して!』


従業員には甘いこのみだが、仕事好きで明るい従業員ばかりなのでますます会社の業績は上がっている様だ。

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