赤いプレゼント
渚が一人で電車に乗り楓の住む深谷まで行かれる様になったのは四年生の後半で、最初は人の多さと複雑な駅の位置関係に戸惑っていたが、今では迷う事はない。
京王線の地下ホームから連絡口を使ってJRの湘南新宿ラインのホームまでは最短距離を人混みを縫いながらひょいひょい歩いて到達する。
新宿から深谷までは特別快速なら1時間15分くらいで、一見東京駅に似た煉瓦風の駅舎がある深谷駅の改札には楓が電車の到着に合わせて待っていた。
『おはよう、かえちゃん。』
『おはよう、なぎちゃん。』
深谷に引っ越した楓は健介の母校である坂東小学校に転校したが、晃一が言った通り友だちも増えて性格も明るくなり、PTSDもだいぶ克服したと聞いている。
『大森先生、昔のママの事いっぱい知ってて、よく話してくれるの。ママが六年生だった時って一人も友だちがいなくて学校よく休んでたんだって。』
普段なら駅から歩いて30分ほどの道のりを話しながら歩いて楓の自宅に行くのだが、今日は別に行くところがあり、知香の運転する車に乗っている。
『休んだりしていたのはママじゃないの。あれは[知之]くんっていう別の男の子。』
知香は小学校六年生の時に不登校となり、それがきっかけで女の子になりたいとカミングアウトをしたのだ。
『楓の担任の先生っておばさんの同級生の妹なの。メガネを掛けて小さくてね、人懐っこい娘だったわ。』
渚も2人の話を聞いて想像を膨らませていた。
車は利根川を渡り暫く進み、山が近付いたところで再び川を渡る。
『わたらせ……川?』
『そう。学校で習ったかな?昔、足尾銅山から毒が流れて下流に住んでいた人たちが苦しんだっていう事件。』
六年生なら社会科で習っているはずだが、なにぶん時代が違う。
車は市街地に入り商店街を進むが、寂れた感じで閉まっているシャッターが多い。
『ここよ。』
到着した場所は、古いのこぎり屋根の工場を改装した建物だった。
『……ななもえ……ってあの[ななもえ]?!』
渚は建物の表札を見て驚いた。
10代向けの可愛い服をセミオーダーで作っているメーカーで、小学生たちには人気のブランドである。
『奈々さん、こんにちは。』
『なにアンタ、また大きくなっちゃって。少しは遠慮しなさいよ!』
小うるさい感じの女性は知香の同級生で[ななもえ]を立ち上げたうちの一人、菊地奈々である。
『萌絵は?』
『ダメよ、今萌絵はスイッチ入っているから。』
もう一人、[ななもえ]を立ち上げた八木萌絵も知香の同級生で、一時期知香と萌絵は恋仲だったが、今は私生活でも奈々のパートナーである。
『おばさん、ななもえの社長さんのお知り合いなんですか?!』
奈々と萌絵はティーンエイジャーの女子にとってはカリスマなのだ。
『う~ん、社長さんは別にいておばさんの後輩なんだけど、どうせいないんでしょ?』
『そ。台湾に出張中。販路だけ拡大したってこっちは大量生産出来ないのにね。』
渚にとって[ななもえ]は憧れの的で、親友の美里やクラスメイトが着ていて羨ましく思っていたが、祖父母に贅沢を言える立場ではない。
そういえば楓も[ななもえ]の服を着ている。
『今日はおばさんから渚ちゃんにプレゼントしようと思って。』
『え?』
『とにかくみんな外で立ち話なんかしないで入りなよ。』
入口は一見古い引き戸だが、よく見るとアルミドアになっていて、建物に合わせて塗装されたものだった。
建物の中は広く、日曜日のために従業員はいないが奥で一人作業をしている女性がいる。
『萌絵!』
静かな建物内に知香の声が響くが、萌絵は作業に夢中で全然気付かない。
『渚ちゃん、これどうかな?』
憧れのブランド服を目の前に、渚は目が震えている。
『どうって……、良いんですか?』
一着何万円かするワンピースとブラウス、スカートが2着づつ並べられていた。
『うん。私はお金出してないけど、社長さんに言ったら是非プレゼントしたいって。サイズは楓と同じだから。』
(ななもえの社長さんとおばさんの関係ってただの先輩後輩なのかな?)
『それから、これはおばさんがこの2人にお願いして作ってもらったの。おばさんからのプレゼントはこっち。』
『この服って?』
知香が指した指の先には渚が一年生の時に着ていた赤いロリータ服をそのままサイズを大きくして新調したもので、梓が出所したら新宿駅に迎えに行く渚に着てもらおうという知香のアイディアである。
『渚ちゃんのお祖母ちゃんに頼んで、一年生の時の服を借りて新しく作ってもらったの。』
『デザインは一緒だけど生地も縫製も海外の安いものとは訳が違うから。』
それまで作業をしていた萌絵が振り返り、渚に自慢をした。
『何よ、聞いてたんじゃない?!』
聞こえていながら無視をしていた萌絵に知香は怒るが、萌絵は女の子が自分の作った服を着てくれる事が生き甲斐で、余計な会話には加わらない性格なのだ。
『渚ちゃんだっけ?良いから着てみて。』
『はい。』
パニエを穿き、頭からドレスを被ると、着た感触は昔よく着ていた服とは全然違う心地よさだが、少しサイズが大きい様だ。
『ごめんね。いつお母さんと会えるか分からないから、大きめに作ったの。』
『大丈夫です。こんな素敵なプレゼント、ありがとうございます。』
渚は満面の笑みでお礼を言った。




