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赤い服の少女  作者: Ichiko
19/30

楓の引っ越し

楓ほど虐待で受けた傷跡が酷くはない渚は、1年でほとんど傷跡が目立たなくなっていた。


『今までよく頑張ったね。ここに来るのは次が最後だよ。』


『先生、ありがとう。』


1年前と大きく違うのは、外見の傷だけでなく普通に挨拶や返事が出来る様になった事である。


晃一・彩子からは優しくも厳しく育てられ、渚自身一人で何でも出来る様にならなければという意識が芽生えているのだ。


学校でも、瑞希ほか先生たちが特に目を光らせている事もあるが、積極的に他の子どもたちの輪に加わる様になっていた。


『渚ちゃんは凄いね。楓はクラスではあんまり友だちがいないの。』


楓の母・知香にそう言われたが、楓はPTSDの影響で時々手が付けられない状態になり、あんまりではなくクラスの友だちは一人もいないのだ。


『かえちゃん。私、病院に行かなくなっても甲府に遊びに来るから。』


『……ありがと……。』


『楓。ちゃんと自分で言うって言ったよね。』


楓の弱々しい返事に知香がダメ出しをするが、渚には意味が分からない。


『……なぎちゃん、あのね……。私、お引っ越しするの。』


今でも八王子と甲府という位置関係は近いとはいえないが、治療という目的があったので会う事が出来たのだ。


渚の治療が終了した上に違う遠い場所に引っ越してしまえばそう会う事は出来なくなる。


『何処に行くの?』


『……埼玉の深谷っていうの。パパとママの田舎があるとこ。』


もともと健介も知香も深谷出身だが、健介は知香の様な性同一性障害を持つ患者に性適合手術を施す医者になりたいと、甲府にある大学の医学部で学び、卒業後はそのまま大学の附属病院で形成外科医として研鑽を重ねていた。


地元の深谷で保育士をしていた知香も結婚を機に甲府に移り、同時に保護施設から楓を養子に迎えたのだった。


それが健介の父である高木大介が院長を務める病院に形成外科が新設される事になり、一家で深谷に戻る事になったという。


『深谷って遠いの?』


『新宿からなら1時間半くらいなんだけど、八王子からだと遠くなるわね。』


いくら新宿区生まれの渚でも、小学生の女子がひとり新宿駅で乗り換えて行くのは危険で無謀な話で、ただ遊びに行くのに祖父母が付いていく距離でもなく、簡単には会えなくなる。


『渚ちゃんごめんね。いつかは帰るって楓のお祖父ちゃんお祖母ちゃんとの約束なの。』


健介もいずれ院長候補として名乗りを上げるには早めに戻ってほしいという大介の希望があり、そのために3人の新居まで用意しているくらいだ。



『そう、それは淋しいわね。でもなぎは八王子に来てだいぶ友だちが出来たし、楓ちゃんだって転校すれば友だちが出来る様になると思うわ。』


病院内の喫茶室で待っていた彩子には渚から楓たちの引っ越しの話をを伝えられた。


『あの、知香さん?』


『はい。』


『先生もお忙しいとは思いますが一度八王子にも皆さんで来ては戴けませんか?主人も会いたがっておりますので。』


晃一は梓の刑が確定して以来、平日は仕事を休めないため刑務所の面会も渚の病院への付き添いも彩子に任せきりになっていて、彩子は晃一から家族を招きたいと言われていたのだ。


『ありがとうございます。たぶん主人も喜ぶと思います。』



西脇家は八王子インターチェンジに近い住宅街に位置しているため、車なら高木家からドアツードアで1時間半くらいの距離だ。


『今回は知香さんも飲んでいって下さいね。先生からお酒が好きなのは伺っていますから。』


そのために3人が泊まれる部屋を空けてくれていた。


『こんにちは。今日はお招き下さいましてありがとうございます。』


『先生、固い挨拶はなしですよ。今日はのんびりしていって下さい。』


『かえちゃん、私の部屋で遊ぼ!』


初めて会った時はどちらかといえば楓の方が明るかったが、今の渚には暗さが消えている。


『私も手伝います。』


『知香さん、今日はお客さまだから座ってて。うちの人も先生より知香さんの話を聞きたいって言っているんだから。』


彩子は知香を制し、手持ち無沙汰になった知香は2人に酌をする。


『知香さんもどうぞ。いける口と聞いていますよ。』


『あ、はい。すみません。』


『西脇さん。コイツはあまり酒癖が良くないから……。』


基本的に明るい酒だが、度が過ぎると悪乗りする癖がある。


『まあたまには良いじゃないですか?今日は何もかも忘れても大丈夫ですから。』


そんな楽しい酒席は、子どもたちによって絶たれた。


叫び声とガラスが割れる音が聞こえ、慌てて大人たちが2階の渚の部屋に行くと興奮した楓を止めようとする渚がいる。


『なぎちゃん、止めて!』


酒のせいかふらついた足で知香が身体を張り楓を止めると、楓は我に帰り泣きながら謝り始めた。


『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!』


『大丈夫だよ、楓。』


知香は割れた写真立てのガラス破片で顔に血が流れていたが、娘の発作を鎮めるためには厭わなかった。


『かえちゃん……。』


渚は確かに父親はいないし今は母親も自分を守るために服役中で会う事は出来ない。


しかし、楓は実の母親からの虐待がトラウマになり、今の両親は優しいが本当の親ではないのだ。


似た境遇でありながら全く違う楓には引っ越し先の距離以上に離れている気持ちを感じていた。

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