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赤い服の少女  作者: Ichiko
17/30

塀の中

梓の刑務所での生活が始まった。


最初は適性を見るために独房で過ごし、直ぐに8人部屋に移されて先輩受刑者から刑務所内のしきたりを教えてもらう事になる。


男子の刑務所と違い、女子は犯罪者が少ないせいか様々な種類の犯罪者が同じ部屋に入るが、[殺人]を犯した梓はメディアで取り上げられたせいか、ちょっとした注目を浴びた。


『西脇梓と申します。宜しくお願いします。』


人見知りの性格である梓だが長く水商売をしてきた事もあり、空気を読んで生き抜く技は持っている。


『梓ちゃん?子どものために愛人殺したっていうのあんたかい?』


いきなり自分の犯罪を言い当てられ面食らったが、部屋にテレビがあるので意外に外の情報は入ってくる。


『はい。……でも愛人ではなく、付きまとわれていただけです。』


『あんた、虫も殺さぬ様な顔をしているくせに子どものためなら見境なく男を殺っちゃうなんて凄いわね。』


質問をするのは中年女性で部屋のリーダー的な感じだ。


『この睦月ちゃんなんか子どもを虐待してここに来たんだからね。』


リーダーが紹介した関根睦月という女囚は、梓と同じくらいの歳で真面目そうな感じで、それこそ子どもに暴力を振るったりする様には見えない。


『睦月は潔癖症なのよ。子どものしつけも完璧でないと許せなくて手を挙げているうちに抑えが効かなくなったんだって。』


子どもは出来なくて当然と思うくらいのおおらかさがあれば手を挙げたりする事はないが、頑張って子育て本を読んで[何でうちの子は本の様に出来ないの?]と思う我慢出来ない性格だと、逆に暴力を振るってしまいがちになるのだ。


『……私も子どもの頃よく親に叩かれたりしたから、つい手を出してしまったの。子どものためにと思っていたはずなのに。』


睦月の言葉には深い後悔の念があった。


『今、お子さんはどうされているんですか?』


子どもの話になるとつい気になり、梓は睦月に質問をぶつける。


『児童施設に入って、里親が見つかったみたいです。里親がどこの誰とかは分からないので、出所しても二度と会う事は出来ません。』


梓は、刑を全うすればどの様に変わってしまうか分からなくても子どもに会う事が出来るが、睦月はもう会えないのだ。


『無神経に質問をしてしまい、すみませんでした。』


『良いのよ。梓ちゃんだってここにいる間は会えないんだから。まだお子さん小さいんでしょ?』


『小学一年生です……。』


『あら?うちと一緒だよ。小学校の6年間ってのは長いからそれはそれで辛いけど頑張んなよ。』


逆に気を遣われてしまったが、睦月の気持ちも分かる梓だった。



刑務所には月に一度晃一と彩子が面会に来てくれるが、相変わらず渚が来る事はなかった。


その代わり毎月2回必ず近況報告の手紙と、たまに写真が添えられ渚の成長を知る事が出来る。


[ママへ お元気ですか?渚は二年生になりました。春休みに美里ちゃんと立川の大きな公えんに行って美里ちゃんのパパがしゃしんをとってくれました。]


渚の手紙は次第に漢字が増え、それだけでも成長しているのが分かるが、添えられた写真も本来の明るさが戻ってきていた。


『可愛い子ですね。……うちの子もこんな感じに……。』


なるべく梓は睦月に気を遣って写真などを見せない様にするのだが、睦月の方から見せてくれとせがまれてしまう。


[ゴールデンウィークはかえでちゃんのいなかに行きました。おふろに入るおさるさんを見たり、かえでちゃんのママがしゃしんをいっぱいとってくれました。]


『友だちの田舎に泊まりに行ったみたいです。』


『泊まりで?友だちが沢山いて良かったですね。写真、見せてもらえますか?』


本人以外が写っている写真は刑務官のチェックで抜き取られ、渚が写っている写真しかないが、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。


『写真を撮る方も上手いですね。』


『父の話だと、楓ちゃんのママは学生の頃から友だちのポートレートをよく撮っていたみたいです。』


『……楓?』


睦月は梓が何気なく言った渚の友だちの名前に反応した。


『……睦月ちゃん?』


睦月の様子が急に変わったので梓は不審がったが、楓が実の親から虐待を受けて児童施設に入れられ、健介の娘となった事を知っている梓は睦月が楓の実の母ではないかと勘付いてしまった。


『ごめんなさい。私の娘と同じ名前だったので……。』


(やっぱりそうだ!偶然とはいえ、まさか高木先生の娘さんが睦月さんの産んだ子だったなんて!)


梓はこれから先、どうすれば良いのかを考えた。


普通ならば刑務所から出ても自分の子がどんな人物の養子になったか教えてもらう事は有り得ないが、第三者の梓が知ってしまったのだ。


渚の少ない友だちの一人という事で、今後の手紙にも楓の事が書かれるだろうが、名前だけではないキーワードが含まれていたら睦月も勘付いてしまうだろう。


手紙を出すなとも楓の事を書くなとも言えない。


出来るだけ睦月に手紙の内容を知られずに済めば良いのだが、子どもを手放してしまった睦月は梓の娘の手紙に自分の娘を重ねている様で、いつも手紙を読んでくれとせがむのだ。


梓は狭い狭い塀の中で楓が睦月の娘だと知られぬ様に苦慮する事となった。

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