判決
梓の初公判の日が来た。
平日という事もあり渚は学校に行っているが、仮に学校が休みでも渚は傍聴はしないと決めている。
晃一も事件以降仕事を休む日が多いため、傍聴は裁判に任せ判決の日だけ傍聴する予定だ。
『西脇梓被告。あなたは10月17日の朝5時頃、あなたが店長をしていたスナックの店内で敷田啓吾さんを店の調理に使う包丁で後ろから刺して殺害したのは事実ですね。』
『はい。本当です。』
検察官の問いに静かに答える梓。
『敷田さんはあなたの愛人で、度々あなたの部屋を訪れていたという事でしたが、なぜ殺害に至ったのですか?』
『私は敷田を愛人と思った事は一度もございません。私は以前勤めていた店で知り合った客に惹かれ、一度だけ身体を許しました。その際に娘の渚を宿したのですが、その事で店を辞めさせられました。相手の男性も素性が分からず、どうやって一人で渚を出産して育てようか困り果てたところ、敷田知り合いの経営しているスナックのママにならないかと近付いてきて、俺は渚の父親の事を知っているとも言いました。働き口を紹介してくれた敷田には頭が上がりませんが、それにつけ込んで敷田は家に来る様になったのです。私は敷田の事は好きではありませんし、渚も敷田には懐かず、敷田は家に来る度に渚に暴力を振るってきました。
その日も敷田は渚をどうにかしろと言ってきたので、私は敷田の隙を狙って包丁で刺しました。』
梓は静かにゆっくり話した。
『それは衝動に駈られたものですか?供述調書では予め殺害を計画していたとありますが。』
『両方です。このままでは渚を守れない、いつかは敷田を殺さないと私たち母娘は生きていけないとずっと思っていましたが、あの日、敷田に問い詰められ、気が付いたら刺して敷田が倒れていたのです。』
『それからの行動は?』
『自宅に戻り、渚を連れて山手線に乗り、何周かしました。その時にどうすれば良いか考えましたが、新宿駅西口の地下の交番脇に渚を立たせて置き去りにしました。』
『何故交番の脇に置き去りにしたのですか?あなたが手配されているかもしれないのに。』
『それで悩み決断が出来ずに何周もしました。逃げるか出頭するかも結論が出ませんでしたが、最後はあの場所なら誘拐されずにお巡りさんに保護してもらえると思ったのです。』
それから検察官はその後の行動などを問い詰め、梓は偽りなく洗いざらい供述し、弁護士の加倉も反論はしない。
『被告は、自分のしてきた犯行とその後最愛の娘を置き去りにして逃亡した事を全て認め、充分反省しております。また、被害者である敷田啓吾を殺害したのも、最愛の娘を救うためのやむを得ない犯行であり、是非温情をもって戴ける様お願い致します。』
梓が全面的に犯行を認めた事で2度の公判で結審し、検察の求刑は懲役8年であった。
『8年後という事は渚は中学三年生か。』
晃一と渚は彩子からの報告を受けている。
『温情判決が出ればもう少し短くなるって加倉先生は言ってました。』
『うーん、小学校の卒業式には間に合うかどうかだな。なぎ、ママに卒業式の姿を見せてあげられると良いな。』
『……うん……。』
正直なところ、一年生の渚にとって卒業式は遥か未来の話で現実味がない。
それよりも事件の最中で出来ず、来年改めて晃一たちが祝ってくれるという七五三に母の姿はない淋しさを感じる渚だった。
そして判決の日が来た。
『お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、行ってきます。』
『行ってらっしゃい。』
晃一と彩子は渚を見送ると仕度をして地裁に向かうためにバスに乗り、電車を乗り継いで霞ヶ関に着く。
裁判所には、美里の父・武司も取材に訪れていた。
『和田さん、ご苦労さまです。』
『どうも……。私、今日が衆文社最後の取材です。この記事をまとめたら退職する事になっています。』
武司は、梓の事件がこの判決で決着する事で記者を辞めると晃一には伝えている。
『そうですか。フリーペーパーの会社にも写真館にも話は通してありますのでいつでも連絡下さい。』
その武司に晃一は地元の会社を斡旋すると約束していたのだ。
裁判所には週刊誌の話題にもなった事件の判決という事で、抽選になるほどではないがかなり多くの傍聴者が来て注目されている。
晃一と彩子は、傍聴席の最前列に座り、被告の梓は証言台で判決を待った。
『被告人を懲役6年に処す。』
裁判長の判決は求刑8年に対し情状酌量が認められ、2年短い量刑となり梓は深々と頭を下げた。
控訴をしなかったので刑が確定し、これからは栃木にある女子刑務所に移送される事となる。
『渚。ママはな、6年間刑務所に入る事が決まった。寂しいだろうが我慢しなさい。』
学校から帰った渚は晃一の言葉に無言で頷き、ひたすらその日が来るのを待つ身となった。
『……うん。』
渚にとっては寂しく、辛い6年間となる。




