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赤い服の少女  作者: Ichiko
14/30

友だち

晃一たちと渚が山梨に向かったのは翌週金曜日の午後である。


学校を午前中で早退すると、自宅に戻らず校門で晃一・彩子が出迎えてそのままタクシーで八王子駅まで行き、甲府へは特急でほぼ一時間で到着した。


『西脇さんと渚ちゃんですね。』


改札の前では健介の妻・知香が待ち構えていた。


『あなたが高木先生の……。』


電話で元男性だと言っていた知香と初めて直接会ったが、あの電話は嘘ではないかと目を疑った。


『あなた!』


彩子も晃一から聞いていたので驚いているが、一歩退いた立場で冷静に場を取り仕切る。


『この度はいろいろご配慮戴きありがとうございます。お口に合うか分かりませんが。』


彩子が手土産のお菓子を知香に渡す。


『そんなに気を遣わないで下さい。主人はまだようやく独り立ちをしようかという新米医師で、数をこなさなければならないのです。たまたま渚ちゃんがうちの楓と似た境遇でしたので、梓さんと約束をしたのでしょう。』


知香は健介の思いを代弁する。


『渚ちゃん。楓はまだ学校だけど、終わったら病院に来るから宜しくね。』


知香はしゃがんで渚と同じ目線で話した。


『うん。』


渚は知香に瑞希先生と同じ優しさを感じたが、同時にまだ見ぬ楓にはこんな優しいママがいるという嫉妬も芽生えていた。


『駐車場に車を停めてありますのでどうぞ。』


知香の運転で4人は健介が勤務する病院に向かい、受付で他の患者と同じ様に手続きをして診察券を作ってもらって知香は待合室まで同行する。


『楓が学校から帰ってきますので私は一度失礼します。』


そう言って知香がいなくなり、暫くすると看護師に呼ばれた。


診察室では一見強面な感じだが優しい目付きの健介が待っていた。


『西脇渚ちゃんですね。』


『はい。』


渚は緊張して答えた。


『この度はどうもありがとうございます。』


『良いんです。渚ちゃんの話をさよ……梓さんから聞いてせっかくならうちの楓と一緒に治療が出来ればお互い心強いと思いまして。渚ちゃん、ちょっと辛い事もあるけど、渚ちゃん一人じゃないから我慢出来るかな?』


渚は戸惑いを見せながら首を縦に振った。


『偉いね。傷の様子を見るからあっちの方でお姉さんの言う通りの格好をしてくれる?』


看護師に促されて先ずは傷の撮影だ。


『ふむ……。楓よりは軽いけど、完治まで時間が掛かりますね。怪我や火傷を修復するには、先ずは自分の皮膚を移植が一般的な治療ですが、小学生低学年くらいの子どもの場合、特に傷の範囲が広いと移植出来る皮膚が限られるんです。その場合は人工皮膚を用います。傷跡が完全に消える事はありませんが、限りなく目立たなくなりますので、堂々とプールで泳いだり、温泉に入ったり出来ますよ。』


毎日実母から虐待を受けていた楓と違うのは、敷田が自宅に来るのは毎日ではなく、少なからず梓に守られてきたからである。


しかし、梓が店に出ている間に敷田は家に入り込んで好き勝手にしていたので、睨み付ける事しか出来ない渚が邪魔で虐待をされていたのだ。


今後の治療方針を聞いて、待合室に戻ると知香が楓を連れて戻って来ている。


『……なぎさ……ちゃん……。』


楓から渚の名前を読んだが、2人とも内気で人見知りをする性格なので積極的に近付けない。


『渚ちゃん。うちの楓です。仲良くしてね。』


『渚ちゃん……。お手紙読んでくれた?』


健介からの手紙と一緒に楓から渚宛ての手紙が晃一に手渡されていた。


『……うん、楓ちゃん……友だちになって下さい……。』


たどたどしい2人のやり取りだったが、大人たちは微笑ましく見守った。



2人の診察が終わり、今夜は健介たちの住む社宅に招かれ、知香が手料理を振る舞う事になる。


『主人も直に戻りますので、宜しければ先に一杯どうぞ。』


『ふ~ん。どう見ても普通の女性より女性らしいな。』


『お父さん、そんな事を言わないで。知香さんもだいぶご苦労されたんでしょうから。』


『私、ほとんど苦労したって記憶はないんです。強いて言えば、少し鬱になり掛けたくらいでしょうか?主人やたくさんの友人に恵まれて来ましたから。』


だからこそ、楓と渚を結び付けたいと思ったのだ。


『健介さんとは学生時代からお付き合いされていたと聞きましたが。』


話題はどうしても知香に行きがちになる。


『中学一年の時に同じクラスで2人共学級委員だったんです。でも最初は[俺はお前を認めねぇ!]なんて言われましたけど。二年生の時に下駄箱に手紙が入ってて、その頃私、別の人から嫌がらせを受けていて、最初はその嫌がらせの一環かなって勘違いしていたんです……。』


知香と健介の馴れ初めの話を晃一たちが楽しく聞いていると、くしゃみをしながら健介が帰ってきた。


『風邪?医者の不養生とかにならないでね。今、流行っているし。』


『当たり前だ。どうせお前がいつもみたいに俺の噂しているんだろう?』


若い夫婦のやり取りを見ながら晃一と彩子はくすくす笑っている。



甲府から八王子に行く列車は9時過ぎの特急が最終で、その後は10時の高尾行の各駅停車しかないが、話が弾み、特急に間に合うかはぎりぎりの時間になってしまった。


『せっかくだから今日は泊まりませんか?狭いですけれど。』


年に1・2度だが健介や知香の両親が泊まりに来るので来客用の布団はある。


『ママ、渚ちゃんと一緒に寝ても良い?』


『良いけど、楓はおむつしないと駄目よ。』


『おむつ……されるんですか?』


小学一年生でさすがにおねしょはしないだろうと彩子は驚いた。


『はい。夜中に怖い夢を見て起きてしまうんです。その後怖がって寝られないので、ホットミルクを飲ませるんですが。ただ、普段はおむつはしないで自力で治す様にしているのですが……。』


『PTSDですか?』


渚には今のところ兆候は見られないが、楓は虐待によるPTSDに苦しんでいたのだ。


『それと、たまにですが訳も分からず暴力的になったりします。直ぐに収まって泣いて謝るんですけど、手に負えない事もあるんです。』


自ら引き取った子どもとはいえ、性同一性障害者として結婚する前よりも現状の方が苦労をしている様に見える。


『おむつ……する。』


素直に従った楓だったが、渚と一緒に寝たせいか、この夜は悪夢に侵されず朝までぐっすり眠る事が出来た。

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