傷の修復
梓は逮捕された後、早稲田署で取り調べを受けたが、晃一は梓が逮捕される前に相談していた加倉正弁護士に連絡し、直ぐに手続きをして加倉は梓に接見した。
梓は犯行そのものと殺意に関しては否定せず、動機は敷田が何度も自宅に押し寄せ、その度に渚に暴力、虐待を繰り返しており、いわゆるヒモ状態の敷田に自宅から出ていく様訴えていたが出ていくどころか梓にも暴力を振るう様になり、耐えきれず敷田の隙を付いて店の包丁で背中から数回刺し絶命させたとの事である。
『状況次第では正当防衛の可能性もありましたが、梓さんは敷田の隙を狙っていた事、渚ちゃんのために殺す以外に考えられなかった事を主張して、[自分は渚のためならどんな罪も受ける。いたずらに刑を軽くしないでほしい。]と話しておりました。』
加倉は刑が軽くなれば渚のもとに早く帰る事が出来ると説得したが、[それでは渚に顔向けが出来ない]ので、判決が出ても控訴はせず刑に服す事を望んでいるという。
『問題は犯行後2ヶ月間逃走していた事です。早目に自首をしていれば刑も軽く出来ますが、検察はそこを指摘するはずです。私は、逃走していたのは娘さんのためを思って身を隠した事、深く反省し素直に供述に応じている事、再犯の恐れは低い事を主張して減刑を訴えるつもりです。』
『分かりました。宜しくお願い致します。』
梓は身柄を検察に送られた。
『西脇さん。山梨の高木さんという方から名刺とお手紙を預かっています。』
早稲田署で加倉との話を終えた晃一は、千波に呼び止められ知香から託された手紙と名刺を受け取った。
『山梨の高木さん?』
『大学病院の形成外科医をされている先生の奥さまで、その名刺の先生は私たちが梓さんを山梨で見付けた時お店にいた方です。なんでも、渚ちゃんの虐待の傷を修復したいとかお話されてました。』
何故店で話をした程度で会った事のない子どもの傷を治したいなどと言うのか、晃一には納得が出来なかった。
気になる晃一は、帰宅するまで待てずに高田馬場駅近くの喫茶店に入りその手紙を開封して読んだ。
[拝啓 突然のお手紙、失礼致します。私は山梨の大学病院で形成外科医をしております高木健介と申します。先日、私は甲府市内のスナックで西脇梓さんとお話をし、娘の渚さんが家に訪れる男から虐待を受けて身体にいくつもの痣や火傷があるという話を伺いました。後日、週刊誌にて梓さんがその男を殺害した事を知り、店で梓さんとお約束をした渚さんの傷の治療の案内のために筆を取った次第です。実を申しますと、私の妻は子供が出来ない身体のために実の母親から虐待を受け渚さんの様に身体に傷がある同じ学年の養子を引き取り育てております。私共の子供は、外傷後ストレス障害の発作のために友達が少なく、勝手なお願いではありますが渚さんと一緒に治療をしながら、私共の子供の話し相手になって戴ければと考えております。治療費に関しては私の方で出しますので、勝手ながら一度ご来院戴きたくお願い致します。]
一気に読み終わった晃一はコーヒーを啜り、考えた。
(話の内容からすると梓と同世代くらいか……。病院の先生だからかずいぶんしっかりした固い手紙だが、なぎのためにも一度山梨に行ってみるか?)
もう一通、渚宛ての手紙があった。
[わたしは高木かえでです。わたしもたくさんいたいことをされていまもあとがあります。なぎさちゃんもいっしょにパパになおしてもらいませんか?おともだちになりたいです。]
(この娘は病気のせいで友だちがいないのか……。同じ学年で似た境遇なら良い友だちにられると梓も考えて高木さんという医者に託したのだろう。)
渚には美里にいう親友がいるが、逃走していた梓は渚が学校に通えず寂しい思いをしていると考えていたかもしれない。
帰宅した晃一は、直ぐに渚に手紙を見せた。
『どうだ、なぎ?この娘と一緒に高木先生に怪我を治してもらおうじゃないか?』
『かえでちゃん……。』
渚は高木楓という娘がどんな感じなのか想像をして会える事を期待する。
『美里ちゃんも良い娘だけど、似た境遇の友だちは気持ちを共有出来るみたいね。』
彩子も山梨での治療を歓迎した。
早速、晃一は名刺を見て返事をしようとしたが、病院の先生という立場で電話に出られる時間ではないと思い、名刺の裏に手書きされた自宅に電話をしてみた。
『もしもし。』
『西脇と申しますが、高木健介さんのお宅でしょうか?』
『西脇さん?!わざわざご連絡ありがとうございます。健介はまだ病院の方でして。』
この電話の相手が手紙を持って東京に来てくれた高木先生の奥さんだと直ぐに分かる。
『今、うちの楓も主人のもとで傷の修復治療を受ける準備をしておりまして……。』
明るい奥さんだと晃一は思った。
『失礼な事を申しますが、あなたたちご夫婦は梓と同じくらいの歳ではないでしょうか?不妊と伺いましたが、何故楓ちゃんの様な子どもを引き取られたのでしょうか?』
(この奥さんと話をしていると失礼でも何故か突っ込んだ話を聞きたくなってしまう。)
『私、元男性なので、もともと子どもが作れない身体なんです。』
『はぁ?!』
思わず晃一の声が裏返る。
『主人とは学生時代からの付き合いで、当然子どもが出来ない事は最初から知っていました。私、子どもが好きで保育士になったんですけど、結婚する時にそんな私のために里親制度を利用して子どもを引き取ろうと言われて、それで楓を迎えました。』
渚は親族里親として迎えたが、児童相談所で里親制度の説明を受けた晃一は理解をしている。
『それはお二人とも素晴らしい考えです。妻と3人で是非山梨に行きますから是非奥さんともお会いしたいです。』
無論、知香が元男性だからではなく、健介と知香という若い夫婦がどの様に楓を育てているのか興味があるのだ。
翌週に晃一・彩子夫婦は渚と一緒に甲府に行く事になった。