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赤い服の少女  作者: Ichiko
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母を待つ

日曜日の朝、西脇渚は母の梓に起こされて目を覚ました。


『なぎ、出掛けるから直ぐに仕度して。』


スナックで働く梓が朝帰りなのはいつも通りなのだが、仕事から帰ってきて直ぐに出掛けるという事は今まで一度もなく、様子がおかしい。


『これを着て。』


母が用意してくれたのは裾が拡がる真っ赤なロリータ服だ。


渚は赤い服が大好きで、母の梓も必然的に赤い服を買うのが多くなっている。


『ママ、何処にいくの?』


『……良いから急いで。』


梓は渚の質問には答えずに渚を急かすが、渚はそんな母に疑問を感じつつ、ロリータ服に着替えた。


『ママ、出来た。』


梓は渚の服を整えると、慌てて自宅マンションを出る。


(いつものママと違う……。)


子どもの渚にも梓の目が血走って普通でない事が分かったが、言葉には出せずに梓に手を引っ張られ、高田馬場駅から山手線に乗った。


日曜朝の山手線は朝まで飲んでぐったり寝ている客、行楽地に向かう家族連れ、部活の試合に向かう学生などが乗っているが、平日に比べるとかなり空いている。


『何処に行くの?』


そう渚が何度か尋ねても梓は答えず俯いて座っている。


電車は何度も周回し、結局降りたのは高田馬場から2駅しか離れていない新宿駅で、2人は西口に出た。


タクシー乗り場がある地下ロータリーの都庁につながる一角に大きな地図の案内板があり、その地図の前で梓は渚の足を止める。


『なぎ、ここで少し待っていてくれる?直ぐ戻るから。』


『うん、分かった。』


そう言って梓は渚を残し、その場から去った。



それから渚はずっと立ったままもう1時間が経過している。


『ねぇ、あの娘、ずっとあそこにいるよね。』


案内板のすぐ脇には新宿西警察署の新宿西口地下交番があり、交番の女性巡査・芳賀まつりは赤いロリータ服を着た少女が先ほどからずっと案内板の前で立っているのが気に掛かっている。


『そうですね……。結構長い時間になるけど。』


そう答えたのは芳賀の1年後輩でこの春高校を卒業して警察官になった村木春彦である。


『ちょっと行ってみる。』


まつりは考えるより行動が先に出る性格で、警察官らしくもあるが失敗も多く、いつも上司から怒られていた。


『ねぇ、お母さんかお父さん待ってるの?』


『うん、お母さんにちょっと待っててって言われたの。』


渚ははっきり返事をした。


『ちょっとって言ったけど、お姉さんさっきからずっと見てたわよ。寒いから中で待ってれば?』


『大丈夫。もうすぐ来るから。』


これでは埒が明かない。


『う~ん、どうしよう。村木くん、行ってみてよ。』


まつりは春彦にバトンタッチした。


『俺が?芳賀さんが駄目だったなに無理ですよ。』


『男の警察官の方が良いかもよ。』


仕方なく春彦が渚のもとに行く。


『お嬢ちゃん、名前は何て言うの?』


『……渚。……西脇渚……。』


『渚ちゃんか。良い名前だね。ね、渚ちゃん。美味しいお菓子とジュースがあるから交番に来ない?』


春彦は物で釣る作戦に出た。


『やだ。知らない人に付いて行っちゃいけないんだよ。』


『知らない人ってお兄さんお巡りさんなんだよ。それに交番は目の前だし。』


なかなか強情である。


『お兄さんたちが交代で外で見ているから中に入って待ってて。お母さんが来たら直ぐに渚ちゃん呼ぶから。』


渚は観念して交番に入り、まつりが出迎えた。


『あら?本当に連れてきた!さすがイケメンね。』


『からかわないで下さいよ。渚ちゃん、ここに座って。』


春彦は折り畳みの椅子を出し、渚を座らせる。


『可愛い服だね。渚ちゃん、こういうの好き?』


『うん。』


好きなロリータ服を誉められた渚はようやく笑顔を見せた。



『ご苦労さまです。』


交番の所長である小山田隆司警部が警らから戻ると直ぐに渚の方を見る。


『この娘は?』


『はい。午後1時頃より案内板の前で母親を待っていましたが、母親が1時間以上戻ってこないので、交番で待つ様に案内を致しました。』


春彦は緊張しながら小山田に報告した。


『それはご苦労。名前は?』


『はい、西脇渚ちゃんです。』


『西脇……?』


小山田はその名前に引っ掛かっている様だ。


『母親の名前は?』


『聞いてませんが……。』


『ばか。母親の名前を聞かないでどうする?』


『す、すみません。えっと渚ちゃん、お母さんの名前教えてくれるかな?』


ジュースを飲んでいた渚は不思議そうに春彦の顔を見て


『西脇梓……。』


と答えた。


『やっぱり……。』


小山田はその名前に心当たりがあったのだ。


『警部、どういう事です?』


『お前たち、署からの通達読んでないな?今朝の早稲田署管内の殺しだよ!』


『警部、声が大きいです。』


渚が聞いている前なので、まつりが小山田を鎮めた。


[10月17日午前8時頃、新宿区高田馬場のスナックで常連客敷田啓吾40歳が背中に包丁が刺さった状態で発見され、死亡が確認された。スナックの店長・西脇梓32歳は行方が分からず、重要参考人として現在その行方を追っている。]


『これって……。』


春彦もまつりも顔が青ざめた。


『渚ちゃん。渚ちゃんのお母さんは今日は帰って来ないって連絡があったんだ。今ね、お祖父ちゃんお祖母ちゃんに迎えに来てもらう様に連絡したから。』


小山田は捜査本部が置かれた早稲田署に連絡をすると、渚の祖父母で梓の両親である西脇晃一・彩子夫妻が聴取を受けているので終わり次第迎えに行かせるという返事を受け、渚に伝えた。


『お母さん、来ないの?』


渚は悲しそうな目で小山田に聞いたが、小山田は頷くだけだった。

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