7.闘い
街の方へ走り去っていく剣士見習いを背にして、追ってきたゴブリンと向かい合います。
「初めまして、ゴブリンの方」
右手を左脇腹に置き、左手を歓迎するように広げて礼をします。
気を惹くために自分でやったことですが、かなり気取った礼ですね。もう二度とやりません。
「グギヤッ! グギャグギャ!」
「なっ!?」
するとゴブリンは私の真似をしたのか、頭を下げてきました。
これは少し、普通のゴブリンよりも強い知性を感じますね。ひょっとしたら戦闘を避けられるかもしれません。
一般のゴブリンには、人間よりも少し劣った程度の知性しかありません。猿と同じか、それより下の知性ですね。
しかしこのゴブリンは、私の行った礼に対して、両手を横に付けた礼を返してきました。おそらく一般のゴブリンの知性では私と同じような礼をするのが知性の限界でしょう。そもそも他の礼を知っているとは思えません。まあ、ゴブリンの群れに入ったことなど無いのでなんとも言えませんが。
しかし、話が通じるかもしれないという私の儚い希望は、顔を上げたゴブリンの表情に裏切られました。
敵意に満ちた目はギラギラと輝き吊り上げられた口の隙間からは鋭く白い歯が覗いています。
ゴブリンが一歩踏み出しました。そして、右手を前に出してきました。
「《火炎・弾》!」
「グギッ!」
とっさに魔術を放ちます。
《火炎・弾》は両手に火炎弾を生成する火魔術です。
片手だけでも放てますが、普通は両手とも使いますね。
「続けて、《魔術陣》、《魔術防御壁》、さらに、《落雷》」
雷電魔術は昨日レベルが一つ上がった時に習得した魔術で、まだスキルレベルが一しかないので、落雷しか使えませんが、『火属性』と『雷電属性』の相性はとても良いようなので連携効果が狙えますし、《魔術陣》で魔力値が増幅されているため、かなりの威力となっています。
初撃で結構削れているといいのですが……。
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HP:465/500
MP:350/400
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『鑑定』で見た結果がこれです。これ以上は、何かのスキルレベルを高めないとわからなかったと思うのですが……。なんのスキルでしたか、忘れてしまいました。
「グギ! グギャギャギャギャ!」
「硬いですね」
MPが削れているのは、何かのスキルを使って攻撃の威力を殺いだのでしょう。
「《氷の矢》」
「ギッ!」
「《土の歯》」
「グギャ?」
氷の矢で遅延効果を付けた後、土の歯で小さな壁をつくり、足止めします。
このまま少しずつ削っていければ良いのですが……。
「ギッ! グッ! ギャッ!」
「これは……」
しかし私の努力を嘲笑うように、魔術で造られた腰ほどまでの高さの小さな壁は、右手、左手、右足の順で同じ場所を攻撃され、容易く崩れ去りました。
「グギャオオオォォ!」
空気がビリビリと震え、草がゴブリンを中心に同心円状に倒れていきます。
「スキル『咆吼』ですか……」
中々強力なスキルを持っているようですが、せいぜいこの程度の威力ではLv.1。
私の『状態異常耐性』を突破するにはスキルレベルが足りませんね。
「では、再び私から行かせて貰いますよ?」
私が思わず歯を剥き出しにして宣言すると、ゴブリンは、不本意ながらもよく可憐と言われる私の笑顔に、怯えたように一歩後ずさりました。
「死ぬのはあなたです。《弱化・STR》、《弱化・DEF》」
「ギッ!」
自分に強化魔術をかけることも考えましたが、そうするといつもと勝手が違う体になってしまい、逆効果です。
両手を後ろに回し、どちらの手に武器を持っているのかバレないようにしながら走り出します。
「グギャッ!」
「シッ」
近づいて無手の右手を敵の腹部にたたきつけます。敵が怯んだところに、左手で順手に持った短剣を鳩尾に突き刺そうとしますが、敵が右拳を溜めたのを見て、慌てて右に飛び退きます。
一瞬前まで私がいたところを拳が通り抜けました。遅れて、破裂音が響きます。
「音速を超える拳……。危険ですね」
「グギッ」
ニヤリと笑ったゴブリンを見て、呟きます。
「……修道僧ですか。それもかなり高位の」
ひょっとしたら私の知らないクラスかもしれません。まあ、そんなことはどうでもいいです。敵の体が武器だと知った以上、強化できない場所を狙い続けるしかありません。
「ハッ」
「グッギィ!」
「シィッ」
右目目掛けて走った短剣を頭を振って避けた敵は、正拳突きを私の体に向けて放とうとしてきますが、私は上体を反らしながら敵の股間目掛けて蹴りを放ちます。男性のような体つきなので、まかり間違っても女性体ではないでしょう。まあ、私のような例はありますが、これでも結構筋肉は付いているのです。
蹴りは左手で払われてしまったので、勢いに逆らわずに、頭の後ろに手を突いて一回転します。その隙に砂をつかみ取り、目潰しに投げます。
「グギャッ!」
「……」
視界を潰されたゴブリンは音や臭いで動きを掴もうとしてくると思われるので、声を上げず、音も出来るだけ消して動きます。
まず、喉に向けて、右手に持ち替えた短剣を突き刺しますが、内受けで短剣を弾かれます。
弾かれた向きに一回転、加速して回し蹴りを頭目掛けて放ちます。
今度は上体を反らして躱されました。
「あなた、見えていますね?」
「……」
敵は何も言わずにニヤッとしました。
私も思わず口角がつり上がっていくのを感じました。
言葉が通じていることだとか、ゴブリンの範疇に収まりきらないほど強いことなど、もはやどうでもいいことです。
私は今、おそらくどの世界の誰よりも生きているでしょう。
戦うのが楽しい。
このような感覚になったのは初めてです。
「あなた、私と取引しませんか?」
「グギ?」
「取引です。私に力を貸してください。私はあなたに経験値を支払いましょう」
「グゥギ……」
ゴブリンは一瞬、残念そうな、物足りなさそうな顔をしました。
「ですが、私の力くらいは示しておいた方が良さそうですね。続きをしましょうか」
「グギャ!」
ゴブリンは私の言葉に喜びの声を上げ、再び臨戦態勢をとります。
「では、私が勝てば協力してください。あなたが勝てば、煮るなり焼くなり好きにして頂いて結構です」
「ギ!」
「異論はありませんね。では、始めましょう」
私は一っ飛びで距離を取り、同時に魔法を放ちます。
「《火の弾丸』》《水の弾丸》《風の弾丸》、一斉掃射」
物理攻撃は効果が薄いと思われるので、一つずつ属性を試していきます。
「グギィァ」
ゴブリンは腕を伸ばして《水の弾丸》を砕き、濡れた拳で《火の弾丸』》を消火し、肘を当てて《風の弾丸》を防ぎました。
弱点属性は『火属性』ですね。
『《火の弾丸』》《四重》、一斉掃射。《落雷》』
近づく前に倒す。
このゴブリンは近距離においてはかなり強いようですが、遠距離での攻撃手段は殆ど、投石など以外には持っていないようです。
私も近距離の方が得意ですが、遠距離攻撃も可能なのが私の強みです。
それを生かさずして、どのようにして勝てるでしょうか。
試験管型のポーション瓶を取り出し、底を噛み砕いてから続けて魔術を放ちます。
「《炎の槍》《四重》、一斉掃射」
さて、どのように反応するでしょうか。
「グギァ!」
ゴブリンは雄叫びを上げると、火と雷の中に身を躍らせ、体を焼かれながらも突き進んできました。
「……凄いですね」
確かにこれが正解ですが。
ですが、並大抵の者に出来ることではありません。