6.ゴブリン狩り
「ごちそうさまでした」
私が食べ終わるとすぐに優男さんがパーティー申請を出してきたので、受諾を押します。
「君の名前を聞かせてくれないかな?」
……パーティーメンバーになった瞬間に馴れ馴れしくなりましたね。
「私の名前も、あなたの名前もどうでもいいので、速く依頼を達成しに行きましょう? 何か依頼を受けているんでしょう?」
「はぐれゴブリン退治の依頼を受けてる。それじゃあ早速」
「その前に、役割を分担しましょう」
意気揚々と出て行こうとした彼を捕まえます。
私は口元をナプキン代わりのハンカチで拭いながら、彼のことを尋ねます。
「クラスはなんですか?」
「ええと、剣士見習いだよ」
「なるほど。剣士見習いですか」
初級職ですか。まあ、初日の渡り人などこんなものでしょう。渡り人の真価は成長速度にあるらしいですし。
「私は短剣使いです。では、取得しているスキルを教えてください」
「スキル? ……『剣戯』、『光魔術』、『看破』、『交友』、『体術』、『跳躍』、『回避』、『物理耐性』、『魔術耐性』。……あ、後は『致命の一撃』を取得してる」
『看破』は持っているのに、『鑑定』は持っていないのですか。『跳躍』はいらないので、『鑑定』に変えて欲しいですね。
それにしても、『剣戯』とは、懐かしいスキルです。これは剣士系スキルの初歩的なもので、『剣を振り回す時に若干の補正』程度の能力しかありません。
剣士を目指すなら誰でも一度は通る道なのですけどね。
「……そうですか」
はぐれゴブリン程度なら、大丈夫だとは思いますが、彼を前衛に出すには弱すぎますね。
本来ならば私が後衛をやるのが良いと思うのですが、ここまで弱いとは想定外です。
「では、私が前衛、あなたが後衛で行きましょう」
「え?」
「私のステータスで最も高いのはAGIです。その次に高いのがDEFなので、おそらく前衛もこなせるでしょう」
「……はい、そうですか。わかりました」
渋々ではありますが、彼は認めてくれたようです。
これは少し、彼にいいところを見せないといけませんね。
しかし……ゴブリンですか。
私は微妙な思いをしながら、西の出口から街を出ます。
「強い個体に当たらないといいのですが……」
「ん? なんか言った?」
「いえ、何も」
はぐれゴブリンにはとても弱い個体と、とても強い個体の二種類がいるらしいです。
弱い個体は群れの中で生きていけないために群れから追い出されたのに対し、強い個体は群れの元ボスであったり、酷い場合には自分の群れを殺し尽くしていたりしている、と聞き及んでいます。
つまり、ゴブリンとは平均して人間より知能が低いこと以外は人間とほとんど変わらないのです。どちらも醜いですね。
しばらく歩き、魔の森の入り口につきました。
「ここが魔の森ですか」
話に聞いたことはありましたが、殆ど城から出たことはないので、実際に魔の森に来たのは初めてです。
思ったよりも普通の森ですね。
「ここが……魔の森……」
優男さんがゴクッと喉を鳴らしていました。
「それでは、弱そうなゴブリンを探しましょう」
「そ、そうだね。弱そうな奴を探そう」
ゴブリンはすぐに見つかりました。
私が前衛ということになっているので、見習い剣士を背中に追いやります。
「では、この一体は私が倒して見せますので、私の力を確認しておいてください」
「わかった」
おそらく、彼は短剣使いの力を知らないのでしょう。
短剣使いは、場合によっては騎士以上の強さを誇れるのです。私のように敏捷を重点的に上げていたり、後は器用を上げるのも良いらしいですね。
「ゴギャ、ゴギギ」
「……」
話していると、不意を打つつもりだったのかは知りませんが、ゴブリンが棍棒を叩き付けてきました。欠伸が出るなどと、戦いの最中に不謹慎なことはいいませんが、こんな速度では蟻一匹潰せないでしょう。
振り下ろされる棍棒の横へ回し蹴りを入れます。ゴブリンの手から棍棒が離れ、ガラ空きになった胸に拳を叩き込みます。鳩尾ですね。
ゴブリンは泡を吹きながら倒れました。死体の胸を穿ち、心臓の横にある魔石を取り出します。
「死体は消えないのか?」
「はい?」
声がした方向を見ると、優男さんが青い顔をして口元を押さえていました。
ゴブリンを解体して脳や肝臓を取り出しながら応えます。
「当たり前じゃないですか。ここは迷宮じゃないんですよ?」
迷宮では死体が残らないと聞きますが……。異世界では迷宮のように死体が残らない仕様になっているのでしょうか。
不思議な世界ですね。
「さて、素材も回収したことですし、次はあなたが倒してみてください」
「え? 僕が?」
「そうです。あなたがです」
彼は前衛職なのですし、前衛も経験しておいた方がいいでしょう。
一度くらいならば私が見ていれば済む話しですし。
「おや、あそこにもう一体いますよ? あれを倒してみてはいかがですか?」
「そうだね。やってみる」
覚悟を決めたのか、それでも若干青い顔で剣を抜きます。
「やああっ!」
「ゴギャッ!」
あー。愚かですね。叫んでは奇襲の意味がないでしょうに。
振り下ろされた剣は、やはり躱されてしまいました。
「くっ! このっ! えい!」
「ゴギャッ」
たまたま剣の先がゴブリンを掠め、驚いたゴブリンは棍棒を取り落とします。
「はあっ!」
「ギッ!」
再度振り下ろした剣はゴブリンの頭に埋め込まれ、命を奪いました。
「お疲れ様です。改善点はいくつかありますが、その前にまずは魔石を取り出しましょう」
「あ、ああ。そうだね」
彼はやはり青い顔をしながらも手伝ってくれました。
――あるプレーヤー視点――
失敗した。
「お疲れ様です。改善点はいくつかありますが、その前にまずは魔石を取り出しましょう」
「あ、ああ。そうだね」
なんとか返事をしながらも、顔から血の気が引いていくのを感じている。
「魔石ってどうやって取り出すんだ?」
「知らないんですか?」
彼女、いや、彼はとても不思議そうな顔をした。
おそらく彼にはこんなにグロい景色など見えていないのだろう。
この世界で生きているNPCと同じ景色を見ようと、全ての描写をリアル準拠にしたのが運の尽き。今日は寝られないかもしれない。
まだ手に残っている、肉を、骨を叩き割った感触。
僕は殺したことになるんだろうか。いや、ここはゲームだ。倒しただけだ。
「この心臓の横に付いている、輝いている鉱石が魔石です。錬金術ではよく使いますね」
それ以外の使い方は知りませんけど、と言いながらも彼は手を止めない。
「ほら、あなたは頭を叩きつぶしてしまったので、脳漿が飛び散っているでしょう? こういう汚い殺し方をしていると、装備がすぐに駄目になりますよ?」
「わ、わかった。次から気を付ける」
ひょっとして、彼にも同じ景色が見ているのだろうか。
そうだとしたら、彼はとても異常だ。
ただでさえ高いPS。それに加えて、生き物を殺しても何も感じたところなく、冷静に殺し方を分析している。
「魔石を突いても殺せますが、それは最終手段ですね。魔物などの生物において、最も高く売れる部位が魔石ですから」
「そうなのか」
そもそもどうして彼はそういうことを知っているのだろうか。
今日はゲーム開始日のはずだ。僕と会った時はゲーム開始すぐだった。それなのにかなりの金額を持っていたようだし、魔物の特徴も熟知している。
そこまで考えた時、一つの可能性に思い当たった。
「ひょっとして、君はβテストプレイヤーなのか?」
「そうですけど、何か?」
彼は少しも表情を動かすことなく、淡々と解体をしながら答えた。
「ああ、そうか。道理で――」
「 逃げますよ!」
彼は急に僕の手を引っ張っていった。
こんなことを言えば彼に殺されそうだが、外見はどう見ても美少女なので、不意打ちには緊張してしまう。
「何があったんだ?」
「ゴブリンです」
ゴブリン? さっき簡単に殺していたじゃないか。
「ゴブリンなら――」
「無理です。出来るだけああいった手合いとは戦いたくありません」
「ああいった手合いってなんだよ! 訳わかんねぇよ!」
彼は酷く真面目な顔でいった。
「あのゴブリンの戦闘力は、騎士団長級です」
誰それ。
――ケイデン君視点に戻る――
βテストプレイヤーとはなんでしょうか。
「ああ、そうか。道理で――」
彼が何かを言いかけたので顔を上げた時、私は彼の後方に小さな人影を見ました。
強者のオーラがビンビンきます。
歩き方や眼光が一般人とは全く違います。
「あ! 逃げますよ!」
あれもはぐれゴブリンの一種、なのでしょうね。おそらく強すぎる個体故にはぐれてしまった。
とっさに彼の手を引いて走り出します。
「何があったんだ?」
影がどんどん近づいてきます。
次第に輪郭がはっきりとしてきた時、私は先程殺したゴブリンの死体を見て、思わず顔を顰めました。
「ゴブリンです」
とんだ失態を演じてしまいました。
同族の血の臭いに釣られてきたのでしょうか。もう少し血が出ないように、魔石だけを取り出しておくべきでしたか。
優男さんの殺し方が汚かったのでゴブリンの脳は諦めていましたが、諦めきれずに肝臓を探していたのがいけませんでしたか。
「ゴブリンなら――」
「無理です。出来るだけああいった手合いとは戦いたくありません」
「ああいった手合いってなんだよ! 訳わかんねぇよ!」
彼に苛立ち紛れに怒鳴りつけられました。
確かに、言い方が悪かったかもしれません。ですが、彼が既に戦えるような状況でないのは明白です。おそらく、今まで生き物を傷つけたことがなかったのでしょう。そのせいで今になって動揺し、戦えなくなっている。愚かなことです。
私は足手纏いを守りながら戦えるほど強くありません。
「あのゴブリンの戦闘力は、騎士団長級です」
そう率直に告げると、彼は惚けた顔をしました。
そういえば彼は今日来たばかりですね。騎士団長を知りませんか。だいたいの強さを口に出します。
「私の全力でギリギリ勝てるかどうか位です」
「……それってやばくない!?」
「だから逃げてるんですよっ!」
勝率は三割程度でしょうか。
私だけだったら五分五分にまで持ち込めますが……。
「あなたはすぐにギルドに戻って、私が一時間以内に戻らなかったら、騎士団長級のはぐれゴブリンが現れたと伝えてください」
「き、君はどうするんだ?」
どうする? そんなもの決まっているでしょう。
「私はここでゴブリンを迎え撃ちます。あ、それと、くれぐれもギルドでは私の名前を出さないでくださいね」
「な、何で……?」
「そんなくだらないことはどうでもいいですから、走ってください」
私は彼の手を強く引き、自分の前に押し出しました。
「わかった。行ってくる」
彼は強く頷きましたが……。
「……もう少し速く走れませんか?」
「ハァハァ。こ、これで……ハァ、精一杯……です」
敏捷に自信のあるの短剣使いと、物理攻撃専門の見習い剣士ではステータスに差がありすぎたようで、依然として私の方が速いままです。
「《強化・AGI、STA》」
「うおっ! なんだ、これ?」
彼の速度と体力を光魔術で強化します。
後ろを見ると、先程のゴブリンがかなり近くまで迫ってきていました。
ここは私に任せて先に行け! という奴でしょうか。こういうのはあまり好きではないのですが……。
「では、これの足止めはしておきますので、街まで逃げ切ってくださいね?」
私は彼に向かって出来るだけ笑顔で言いました。
……もう戦闘準備は出来ていたので、かなり危険な笑みになっていたかもしれませんが。