5.邂逅
――あるプレイヤー視点――
[【セントラル】へようこそ!]
白い空間には、ただそんな大文字が広がっていた。
ここがキャラメイク空間だろうか。
[キャラクター名を入力してください]
歓迎の言葉が、要求に取って代わる。
目の前にキーボードが浮かび上がった。
「えーと、R、Y、O……」
エンターキーを叩くと、キーボードが消えて代わりに確認画面が出てきたので、YESを押す。
すると次に、自分の体が浮かび上がってきた。
自分の姿を弄りたいとは思えなかったので、どこも弄らずに通す。
[姿を加工してください。無加工のアバターの使用はVR法違反となります]
却下された。
VR法なんてあるんだ。これが世界初のVRMMORPGだし強くは言えないけど、VR内くらい好きにさせて欲しいな。
仕方がない、少し弄るか。
まあ、現実でも武道習ってるから護身程度は出来るだろうと軽く考え、髪にメッシュを入れ、目の色を変える程度にした。
[これでよろしいですか?]
再び確認画面が現れた。
勿論YESだ。
その後、ステータスを剣士向きに弄ってから、『剣戯』、『光魔術』、『看破』、『交友』、『体術』、『跳躍』、『回避』、『物理耐性』、『魔術耐性』、『致命の一撃』の計10個のスキルを取得した。
[セクシャルガードを設定してください]
その文字と共に二つ枠が現れる。
片方は僕の体をどこまでガードするか、もう片方はどの範囲の人までガードするか、らしい。
よく分からないけど、セクシャルガードはなくていいだろう。
[描写規制を設定してください]
相手を斬ったり、斬られたりした時にゲームのようなエフェクトにするか、リアル準拠にするか、らしい。
リアル準拠でいいだろう。
[痛覚制限を設定してください]
痛覚制限か。
どうしよう。
痛いのは嫌だけど、全く痛くないのもリアルが鈍りそうで嫌だ。
……制限無しで。
[キャラクターメイクが完了しました。【セントラル】の世界をお楽しみください]
そんな文字と共に、僕は光に飲み込まれていった。
徐々に白い光が収まって、目を開けられるようになった。
目の前には大きな建物があった。入れと言うことだろうか。
いわれなくても中に入る。
いわゆる冒険者ギルドと言うところだろうか。中央には机があり、その奥には綺麗な女性がいた。受付嬢という奴だろう。
受付嬢と仲良くしておくに超したことは無いと考えた僕は、微笑みながら受付に行った。
「初めまして、渡り人の方。そしてようこそセントラルへ。ここは冒険者ギルド、シュタイン辺境伯爵領領都、ツインクラウン支部です」
噛まないのかな、という感想の後に、当たってた、と思った。
少しの喜びと共に質問をする。
「初めまして。リョウスケと申します。冒険者ギルドとはなんですか?」
「冒険者に対して、資格を授与剥奪、仕事を斡旋など出来るところです。いわば、冒険者の集合体ですね」
「なるほど。では、冒険者とはなんですか?」
「主にモンスターを倒したり、人を助けたりすることで依頼を達成する人のことです。冒険者の資格を持っていると、それだけで身分証明になるので便利ですよ?」
「へえ。デメリットは無いんですか?」
「……デメリットですか? うーん。依頼が未達完了の時は、報酬が半分になることくらいでしょうか。基本的にやめるやめないは自由ですし……」
「未達完了とはなんですか?」
「未だ依頼された分には届かないけど、もう十分だというような時に、それを依頼達成と扱うことが出来るんです」
「へえ。では、冒険者にさせてください」
「はい! では、こちらに手をかざしてください」
改札のICタッチのようなものを差し出された。
「こうですか?」
「はい、よろしいですよ。……HP、MPは平均ですか。筋力が少し高いですね。後は、魔力と器用が低く、防御力が少し高いくらいですか。どうします? これだと、クラスは剣士見習いしか良いものがありませんが……」
「すいません、クラスってなんですか?」
「あ、申し訳ありません、説明がまだでしたね。クラスとは、職業のことです。たとえば鍛冶師だったり、調合師だったり。普通は皆さん、村人が初期クラスなのですが……渡り人の方々は、どういうわけか初期クラスがないのです。クラスの変更は、神殿でも出来ますよ」
「そうですか。それじゃあ、剣士見習いでお願いします」
「はい、わかりました。……登録完了いたしました。後ほど、ステータス画面にてご確認ください」
「じゃあさっそく、丁度いい依頼を斡旋してくださいませんか?」
冒険者カードなるものを受け取った僕は、レベルを上げるために依頼を斡旋して貰おうとする。
仲間を集めてレベル上げ。なんと心躍る展開だろう。それと共に人助けも出来るなら素晴らしい。
「それではこちらの、はぐれゴブリン退治などどうでしょう」
「はぐれゴブリンですか?」
ゴブリンか。序盤の雑魚だな。
まあ、初めの内はそんなものだろう。
「はい。このツインクラウンの西から北にかけては、魔の森と言われる魔物住む森が広がっています。そこで生存競争に敗れたゴブリンが、はぐれゴブリンとなって彷徨っているのです。放置するといずれ街に攻め込んでくるので、こうして常時依頼という形で討伐を推奨しているのです」
「そんなことが……。わかりました。はぐれゴブリン退治に行ってきます」
「あ、その前に、仲間を募集してみてはいかがですか?」
そうだった。
――男の娘視点に戻る――
神殿にて、クラスを『私生児』から『短剣使い』に変更した私は、意気揚々と冒険者ギルドへ足を運びました。
本日冒険者ギルドでは、渡り人の方以外は冒険者登録が出来ないらしいのですが、それならば渡り人のフリをすれば良いだけです。
冒険者ギルドの扉を開け、すぐに渡り人の方だと思わしき人を『鑑定』しました。
すると、『称号』の欄に『渡り人』というのがあります。
『偽装』スキルでステータスを弄り、その人の立ち居振る舞いを真似します。
左足を出して、右手も出す。騎士のような歩き方ですね。彼は騎士なのでしょうか。
《『模倣』スキルを習得しました》
おや、何かスキルを取得したようです。聞いたことの無いスキルですね。レアスキルでしょうか。それとも、私の勉強不足で知らないだけでしょうか。
まあ、おそらく後者でしょうね。レアスキルなんて滅多にお目にかかれません。
「冒険者登録をお願いします」
受付で声を掛けると、満面の笑みを浮かべたお姉さんが応対してくださいました。
「はい、渡り人の方ですね? 説明は必要ですか?」
「いえ、不要です」
素晴らしい笑顔の受付のお姉さんの頬が少し引き攣ります。
「では、こちらに手をかざしてください」
差し出された板に手をかざすと、受付のお姉さんが冒険者カードを渡してくださいました。
「おや、クラスがありますね」
「神殿へ行ったらクラス選択をさせてくれたので、先に済ませてきてしまいました」
嘘は言っていません。
「クラスは短剣使いですね」
「はい。ありがとうございました」
お姉さんの手から冒険者カードを受け取り、併設されている酒場まで行きます。冒険の前に、まずは朝食を済ませましょう。
「Bセットでお願いします」
「あいよ! Bセットね」
酒場のカウンターに座って、定食を頼みます。メニューにあるステーキとやらも気になったのですが、それ以上にコロッケという言葉に心を惹かれました。
「そこのお嬢さん、ちょっといいですか?」
酒場で朝食を待っていると、渡り人の方が声をかけてきました。
肩を叩かれましたが、お嬢さんと呼びかけてきたので、無視します。
「あの、お嬢さん? ちょっといいですか?」
そう言って肩を掴んできたので、その手を捻り上げます。
「いっ痛たたた! ちょ、ストップストップ」
降参したので手を解放してあげます。
「な、なんなんですか? 急に人の腕を捻り上げたりして」
「はぁ」
私はこれ見よがしに溜め息をついて、彼の方へ向き直ります。そこにいたのは、優男風のイケメンでした。
私は彼の斜め後ろにいる方が食べている串焼きを見ながら話します。
「さっきから聞いてみれば人のことをお嬢さんお嬢さんと。私は男ですよ! 見てわかりませんか? 挙げ句の果てに馴れ馴れしく肩を掴んでくる始末! あなた、一体何様のつもりですか?」
「兄ちゃん達、喧嘩なら余所でやってくれ」
「あ、マスター、串焼き一本追加で」
「……あいよ」
喧嘩になるかもしれないと判断したのか、首を突っ込んできたマスターに串焼きを頼みます。酒屋で串焼きというのはちょっとどうかと思うのですが、ある物は仕方がありません。そして、美味しそうな物は頼まなくてはなりません。それに、それを言ってしまえば酒屋で朝食を摂るのもおかしいですしね。
「それで、なんのようですか?」
「えーと、女扱いしたことは謝ります。その上で頼みたいことがあるのですが」
「はいよ! 朝食Bセット、串焼き一本追加だ」
「ありがとうございます。お代はこれでよろしいでしょうか」
「1、2、3……よし、ピッタリ頂戴しました」
タイミング良く、優男な渡り人の方が何かを頼み込もうとしてきた時に、マスターが朝食を持ってきてくださいました。数日前、持てるスキルを駆使して、城の金庫から拝借してきた資金から朝食代を捻出します。
「それで、どんなことを頼みたいんですか?」
若干いたたまれなくなった雰囲気の優男さんに、話を振ってあげます。
「僕とパーティーを組んでくれませんか?」
「ああ、そんなことですか。別にいいですよ」
その程度のことを了承しないほど狭量ではありませんから。
「いいんですか? じゃあ、早速」
「その前に朝ご飯を食べさせてください」
渡り人の方々は食事をしないのでしょうか?
「糧となった者達の命へ感謝を込めて。いただきます」
まあ、いいです。
そんなことを聞いてボロを出したくありませんから。
今の私は、一人の渡り人です。
「……」
「……」
私が食事をしている間、優男さんは黙って隣に座って待っていてくださいました。これは評価を少し上方修正しなければなりませんね。