4.城内
オトマールさんとの取引が無事成功して、私は意気揚々と襲ってくるチンピラ共を半殺しにしながら城まで帰ってきました。
扉の下を確認し、念の為にノックをすることにします。部屋を出るときに明かりを消し忘れていたとは可能性もありますが……。
コンコンコンコン。
確かトイレでは二回、部屋に入る時は四回でしたよね。
「はーい」
そんなことを考えながら自室をノックしてみると、中から返答がありました。
この声は姉様ですね。
「カッドぉ~。お帰りなさぁい」
「はぁ。やはり姉様でしたか」
「うふふっ。カッドったら自分の部屋に入る時もノックするのね。かわいい~」
部屋の中にいたのは私の姉、キャトリン・シュタインでした。
左手で金髪を弄りながら、右手をひらひらと振ってきます。
姉弟なのに名字が違っている理由は単純に、母親が違うからです。
ここら辺の私生児は皆ベネットと名字が付けられます。他にもヒートだとか、インテンスだとか様々な種類があり、地方によって違ってきます。
「毎度毎度私の部屋に勝手に忍び込まないでくださいと言っているでしょう? 姉様はもう少し淑女らしく振る舞うべきです。私は男ですよ?」
「でも、カッドは紳士だから私には手を出さないわよね?」
「当たり前でしょう。そもそも身分が違いすぎます。最悪、斬り殺されますよ、私が」
カッドというのは私の愛称です。この『王国』と敵対している『帝国』の言葉でケイデンは、Cadenと書くそうなのです。そこからとってカッドと呼ぶのですが、母様と姉様以外で私のことをそう呼んでいる方を見たことがありません。
「全く! 身分身分って、あなたまでそんなことを言うようになっちゃったの?」
「事実ですから。姉様はシュタイン、私はベネット。これは誰がなんと言おうと、覆すことの出来ないことですよ」
「それはそうだけど」
はっきり言って、それがどうしたなんですけどね。
ですが、今は我慢です。少なくとも明日、長くとも一月後までは。そのときになったら父や弟を見下して笑ってやりましょう。
「ふふふふふっ」
「カッド、どうしたの?」
「いえ、何でもありません。姉様と話をしていると楽しくなってきてしまいまして」
「へぇ! カッドはお姉ちゃんが好きなのね!」
思わず漏れてしまった若干黒い笑みを、雑なフォローで繕います。
「はいはい。私は姉様が大好きですよ」
「え? 大好き……? えへへ、へへへっ!」
全く。たった三文字の言葉一つで機嫌が直るなんて、姉様はチョロすぎです。いつか悪い男に騙されるんじゃないかと心配になります。
「はぁ。何をしていたのかは知りませんが、私は今日は早く寝るつもりなので自分の部屋へ戻ってください。あ、それと、出来れば料理長に今日は外食してきたので、夕飯はいりませんと伝えておいてくれませんか?」
「えぇ~。せっかくカッドの大好きなお姉ちゃんが部屋に遊びに来てあげたのに」
「それとこれとは話が別です。部屋に戻ってください」
話している内に、何故姉様が私の部屋にいたのかが気になってきました。
「それで姉様は何をしていたのですか?」
「……え、えーと、その、読書を、ね?」
「……」
「……」
『看破』を使うまでもありません。
目が泳いでますよ、姉様。
というか、私は姉様が読書をしているところを見たことがないのですが。
「ね? じゃありませんよ。何をしていたのか、無理には聞き出しませんから早く自分の部屋に戻ってください」
「は、はーい」
「伝言の件、頼みましたよ」
「はい、頼まれました!」
はぁ。一気に疲れましたね。
今日はただでさえ疲れていたというのに。
これでは、明日が思いやられます。渡り人の方達が来訪してくる、大切な日だというのに。
渡り人は他の世界から来ると言われています。そこはどのような世界なのでしょうか。果たして渡り神から下されたという信託はどのようなものなのでしょうか。彼らはこの世界で何を感じ、何を考えるのでしょうか。
非常に楽しみです。
「一応確認だけしておきますか」
誰へとも無く呟き、引き出しを下段から順に開けていきます。
おそらくこの呟きは、私のことを信頼している姉様の信頼を裏切る事への罪悪感の表れ。そんなことをしても意味は無いと知りながらも、それでもやってしまうのは己の弱さ故。
「……」
引き出しを調べ終えると、次は机の上。
本棚、衣装棚、ベッドの上。
「まあ、知っていましたけれど」
何かが失くなった様子はありませんでした。
ベッドに腰掛けた私は全身から力を抜き、溜め息を吐きます。
「はぁぁぁぁぁーーー」
人を疑ってかかってしまうのは今に始まったことではありませんが、生まれつきという訳でもありません。私の短所ですね、
それはそうと、今日漸く一つレベルが上がりました。
あの三人組の最後の方――ラウトさんと言いましたか? ――が事切れ、『必要経験値』というものが貯まったのです。
各スキルのレベルが全て1ずつ上がりました。16年かけてここまであげてきたのに、一つレベルが上がっただけでこんなにも簡単にスキルのレベルが上がるとは。
……ズルいですね。
ちなみに今のステータスを見てみると。
~~~~~~~~~~
名前:ケイデン・ベネット
性別:男(?)
種族:人間
年齢:16
レベル:0→1
カルマ値:0《中立》→3
クラス:私生児
SP:0→1
ステータス欄
HP:120/120
MP:235/235
STR:112→113
AGI:572→580
DEF:506→507
MAG:431→436
ENT:250→258
HAN:25→26
スキル欄
『呪術Lv.12』『歩行Lv.21』『看破Lv.3』『鑑定Lv.9』『火属性魔術Lv.15』『水属性魔術Lv.14』『風属性魔術Lv.17』『土属性魔術Lv.14』『光属性魔術Lv.18』『闇属性魔術Lv.11』『剣術Lv.15』『体術Lv.13』『短剣術Lv.20』『不意打ちLv.17』『回避Lv.18』『跳躍Lv.17』『錬金術Lv.10』『氷雪魔術Lv.1』(NEW)『雷電魔術Lv.1』(NEW)
称号欄
男の娘:女の子のようにかわいらしい男の子。効果:女と間違えられる確率上昇《極大》、変声期で声があまり変わらない。
神を恨むもの:一定期間神を恨むと取得。善に属するものと対峙した時、相手のカルマ値が高ければ高いほど、恐怖耐性上昇、魅了耐性上昇、混乱耐性、与ダメージ上昇、被ダメージ減少。《大》。
ベネット辺境伯爵長子(妾):当主の血を引いているものの、妾腹のため、爵位は継承できない。有事の際には旗印として祭り上げられる可能性《極大》。
異常な速度:むちゃくちゃ速い
耐性欄
『状態異常耐性』『火炎耐性』『流水耐性』『疾風耐性』『土壌耐性』『氷雪耐性』『雷電耐性』
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小悪党を三人殺して上がったカルマ値がたったの3。
平均してカルマ値がマイナス50を近くだった彼らは、一体どんな悪事を積み重ねてきたのでしょうか。
一つレベルが上がれば、最低でもステータスは一つ上がるようですね。もはやAGIが人外の域に入ってきました。レベル1でこれは、異常ですね。魔女裁判にでもかけられそうです。
それと『称号』の『男の娘』。
これはもう、神が私に喧嘩を売っているとしか思えませんね。当然神殿内での喧嘩は御法度ですが、神に属し、神殿を住居とするような者達が《善》ならば、私は喜んで《悪》の道に進むつもりです。いつかこの手で一発、神とやらを殴りたいものですね。
そして、初めて自分の手で獲得したSPは、もう何に使うか決めてあります。
《SP1を消費してスキル『偽装』を獲得しますか?》
勿論!
《SP1を消費してスキル『偽装』を獲得しました》
頭の中に声が響き渡ります。人はこれを神の声と呼びますが、こんな無機質な声が神の声ならば、それは虚無を司っているのでしょう。やはり神なんて碌な者ではありませんね。
さて、明日は色々と忙しくなりそうです。もう寝ましょう。
――翌朝。
「ん~。……っはぁー。……母様、おはようございます」
伸びをし、枕元の母様の写真に挨拶をします。
「今日は良い天気ですね。幸先が良いです」
私は身支度をし、部屋を出ます。
どうせ私の分の朝食なんて碌なものが食べられません。一回酒屋というところに行ってみたかったのです。朝食は無いくらいが丁度いいです。
「……」
未だ、皆が寝静まっている時刻。
誰かを起こさないように、慎重に、足音を殺してゆっくりと進んでいきます。
しばらく廊下を歩いていると、前方に見慣れない人影を見つけました。
次第に距離が近づいていき、互いの顔が判別できるようになった時、私は一瞬、眉間に皺をつくってしまいました。
「……」
「……」
不躾にならない程度に彼の顔を盗み見て、擦れ違ってから振り向きます。
見たことの無い顔、独特な歩き方、顎に生えた無精ヒゲ、使い古された鎧に取って付けたようなシュタイン家の炎の紋章、|右の眉に斜めに走っている古傷。
一見傭兵ですが、鎧に付けられた騎士の紋章が気になります。彼は一体何者なのでしょうか。
今この家で紋章を与える事が出来るのは、弟のアレクセイただ一人。父様は母様と王都に行って、しばらくは戻ってきません。
おそらく、アレクセイがどこからか傭兵を拾ってきて、それを騎士にしたのでしょう。団長が聞いたら怒り狂いそうな話ですね。彼は己が騎士であることに大きな誇りを持っていますから。
……まあいいでしょう。
今はそんなことをしている暇はありません。そろそろ渡り人の方達が来る予定です。それに、いい加減お腹が減ってきました。