3.本拠地
「ここですか」
中々どうして立派な場所じゃないですか。
我が家とは比べるまでもないものの、普通の一軒家とは到底思えません。
今までよくバレなかったものです。
「済みません、通していただけませんか?」
門の左に立っている門番さんに、笑みを湛えながら告げます。
愚鈍なラウトさんは、猿轡をした上で、ここからは丁度死角になっている場所へ手足を縛って転がしてあります。
「……はっ! な、何用ですか?」
なにやらぼうっとしていた門番さんは、しかし、己の職務に忠実に、こちらへ問いかけました。おそらく、来ているものが結構高級なものなので、敬語を使ったのでしょう。
「いえ、少しこちらの頭領の方に用がありまして」
「ボスに……わかりました。今から確認をしてきます。……おい、今誰かが来る予定なんてあったか?」
左の門番さんは、右の門番さんに問いかけますが、残念ながらアポ無しで来たので、知っているはずもないでしょう。
「申し訳ないのですが、私は頭領の方と約束していないので、おそらくご存じないかと存じます」
「なっ!? では、何故来られたのですか?」
「ちょっとした儲け話を持ってきました。勿論、通してくれますよね。五分までなら待ってあげます」
門番さんは大慌てで中へ入っていきました。おそらく、頭領さんへ報告に行ったのでしょう。
これで即座に通されたのならばそれは流石に問題ありますが、この程度の門番一人を残していくとは、警戒心が薄いですね。
「あの、失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
残った右の門番さんが聞いてきました。
私は名乗りたくないのですが、今までの態度からそれもわからないほど愚かなのでしょうか。……いえ、違いますね。おそらく、それをわかった上であえて職務のために聞いている、職務に忠実な人間の鏡のような方なのでしょう。
「名乗るほどの者ではありませんよ」
「そ、そうですか」
恐れと、少しの驚愕が混じった瞳で見つめられたので、さすがに気の毒に思い、一応名乗ることにしました。
「母から頂いた名は、ケイデンと申します。私は男ですから、お間違いの無きよう」
私が女に見えるのは承知しています。そのため、自分が男であることを主張しているのですが、それを否定する者もよくいます。
事実を事実として受け止めないのは愚か者のすることですが、事実を事実と受け止めた者が賢いかというと、そういう訳ではありません。
私が男だと言うことを認識した上で、目を血走らせた者もいます。少々気分が悪くなったので、その場を去ろうとすると、後ろから襲いかかってきたので返り討ちにしておきました。男としての象徴を、潰してから、死なないうちに傷跡を塞いでおいたら、「漢」として服屋の店長になっていました。その服屋に行くと、一割引してくれました。笑顔で、新しい世界が開かれたとか言っていましたね。今まで自分が間違っていたこともわかってくれたようなので、いい仕事をしたと達成感に包まれたのを覚えています。
「ケイデン様! ケイデン・ベネット様ですね!」
先程の、左の門番さんが私の名前を叫びながら、帰ってきました。
「その通りですが、何かあったのですか?」
「いえ、私としたことが、失礼いたしました」
「あなたには名乗った覚えがないのですが、よく私の名前がわかりましたね」
「ええ、ボスがあなたのことを存じているので」
はて? ここの頭領さんは私と面識があるのですか。どなたでしょう。
「こちらです」
左の門番さんの後ろからやってきた方の案内で、頭領さんの部屋へと向かいます。
失礼だとわかってはいるのですが、どうしても周りを見渡してしまいます。
「……これは酷いですね」
「どうかいたしましたか?」
「いえ、何でもないです」
とんだ見掛け倒しです。
豪奢な外見とは打って変わって、調度品など一切無い内面。
これでファミリーやっていけるのでしょうか。
「ボス、お客人をお連れいたしました」
「入っていただけ」
「失礼します」
中から声がし、案内人さんが扉を開けてくれました。
部屋の中は執務室のようでした。
しかし、やはり調度品の類いは一切無く、質素というか、貧乏です。
「頭領さん、初めまして」
「これはケイデン様、よくぞいらっしゃってくれました」
頭領さんは頬に大きな傷を持った、海賊のような方でした。
彼は私をご存じのようですが……この違和感は何でしょうか。私は彼と初対面で、今日初めて彼の名前を知ったというのに、彼は私を命の恩人だと思っているような態度です。
絶対に何かが食い違っています。
「人払いをお願いできますか?」
「わかりました。……おい、全員出て行け」
念の為『看破』を発動します。
油断して寝頸をかかれるよりも、信用しないで性格が悪いとののしられる方がマシです。
「ありがとうございます。この話は、私とあなた以外、誰にも聞かれてはならないのです」
「そうですか。ならばもう安全ですよ。オレが人払いをさせましたから」
嘘は……吐いていないようですね。
「それではまず一つ、言わせて貰いましょう。このファミリーは練度が低すぎませんか?ファミリーなんて大層な物ではなく、ただの小悪党の集団にしか見えないのですが」
「済みませんね。何分新興のファミリーなので」
「まあそんな事はどうでも良いのです。あなたは私を知っているようですね。誰に聞きましたか?」
「え? ……誰って、ケイデン様がオレを助けてくれたのでしょう?」
「何の話ですか?」
「……忘れてしまったのですか?」
「記憶にありませんね。詳しく教えてください」
「わかりました。ええと、二月ほど前の話でしょうか。私が独立をしようとしていた時、ケイデン様の使者を名乗る騎士様がやって参りました」
「騎士、ですか」
私はそんなことをした覚えはまるで無いのですが。
というか、何故私が反社会組織の手助けをしていることになっているのでしょうか。
「その騎士の特徴は覚えていますか?」
「……はい。右の眉に傷跡が走っていました」
嘘はありませんね。
……右の眉に傷跡ですか。騎士団内にはそのような者はいなかったはずですが。
「おそらく、それは騎士ではありませんね」
「なぁっ!? では、何者なのですか?」
「さあ? 大方、誰かに雇われた傭兵でしょう」
心当たりはあります。私のことを目の敵にしている者など、数少ないですから。というか、私は一人しか知りませんね。
「私を潰すために、あなたを利用しようとしたのではないでしょうか」
私が裏でこの街のチンピラと繋がっていたという事実を作ってしまえば、私を追い詰める事なんて簡単にできますからね。
そのような推測を彼に話すと、彼は憤りました。
「なんて事を……! じゃあ、あの騎士、いや騎士擬きが言っていたことは全て嘘だったんですね?」
騎士擬きですか。良い言い方ですね。
その言葉、貰いました。
「ええ。私を潰すために仕込まれたことだと思われますよ」
ここで一気に取引を持ちかけてみましょう。
「シュヒレト・ファミリーの頭領さん。貴方、私と取引しませんか?」
シュヒレト・ファミリーの頭領、オトマールは何を言っているのかわからないとでも言いたげに目を点にしました。
「簡単な話ですよ。貴方は私に一度だけ、このファミリーの全兵力を貸し出す」
「はぁ」
「そうすれば、私はジーニ・ファミリーの頭領、クラウスとやらを殺して差し上げましょう」
「……はい?」
彼は珍獣を目にしたかのように、ぽかんと口を開きました。
私は珍獣になった覚えがないので、その顔はやめて頂きたいのですが。
「どうします?貴方は目の上のたんこぶが消える、私はいざという時の力が手に入る」
「うーん……」
「ジーニ・ファミリーとの抗争による損失は大きくはありませんか?」
「うーん……」
おそらく頭の中でメリットとデメリットを比較しているのでしょう。
別に私は裏社会の事情など知ったことではありませんので、シュヒレト・ファミリーを壊滅させるつもりなどありませんが、ひょっとしたらそうなってしまうかもしれません。
彼にとっては大きな博打ですね。
「裏社会トップだという、ジーニ・ファミリーの後釜も狙えますよ」
「……わかりました。その取引、乗りましょう」
よし。