2.少しでも治安をよくしようと
「では、私はこれで」
「ケイデン様? 何か用があったのでは?」
「いえ、特にはありませんでしたよ」
やることがなくなってしまいました。裏路地の探索でもしますか。
街の北側ですね。この街で一番治安の悪い場所です。
「ううむ。中々治安が悪いですね」
たった今私の目の前で喝上げが起き、道の両脇には死んだ魚のような目をした人たちが座り込んでいます。
これは困りました。
これでは渡り人達が呆れて帰ってしまうかもしれません。彼の世界はかなり治安が良いらしいので、そうなることもあり得るのです。。
ひょっとしたら彼の世界では中々出来ない体験として賑わうことになってしまうかもしれませんが、それはそれで大変不本意です。
我ながら面倒くさい性格をしているとは思いますが、こうなれば裏側も、表側と同じくらい治安を良くする位しか、解決策は思いつきません。
「そうと決まれば実行ですね」
しばらく歩いていると、丁度良く、カモがやって参りました。
似たもの三人組ですが、強いて言うなら、チビ、デブ、コワモテでしょうか。
「おうおう、嬢ちゃん。一人かい?」
「俺たちと遊ばね?」
「気持ちいいコトさせてやるからよぉ」
イラッときました。
よく間違えられることですが、私は男です。
それだけに飽き足らず、ナンパまでしてくるとは。
「私は男ですよ?」
「ぎゃはははは。そりゃねぇぜ、嬢ちゃんよぉ」
「どっからどう見ても女の子じゃねぇか」
「かわいいから自信持ちなって」
「……」
かなりイラッときました。
こういう、人の話を聞かないタイプの人は大嫌いです。
全て死滅すればいいと思います。
「では、さっそく有言実行といきましょうか」
いえ、正確には何も言っていないので無言実行ですね。
「あ? 何言ってんだ?」
「おう、それでどうするよ」
「早く――」
トリオにバレないように後ろ手で腰から抜いた短剣で、何かを言いかけたコワモテさんの唇を切り飛ばします。
「ギィァァァ」
「なっ!」
「やりやがったな!」
「はぁ」
うるさい人たちです。
唇を飛ばされたくらいでこんなに騒ぐとは。大丈夫です。ちゃんと止血はしてあげますから。
「《治癒》」
「!?」
掲げた左手から発せられた光がコワモテさんの唇に集まり、血を止めます。
そこまで魔力を込めてないので、唇は治らなかったようですね。
「大丈夫ですよ。すぐに壊れたらつまらないので、長く持つように考えていますから」
ちょっと悪役っぽいことを言ってみたかったのです。
といっても、私が襲われているのですけれど。
「ふざけるな!」
「舐めるな!」
「死ねぇ!」
トリオが剣を抜いて斬りかかってきました。
三人同時に斬りかかっても避けられるだけということくらいはわかっているのか、時間差で斬りかかってきたのですが、いかんせん、練度が低く、時間差と言うよりもバラバラです。
しかも剣速の遅いこと。
「このレベルですか。失望しました」
一応叩きのめす前に『鑑定』のスキルを発動させて、ステータスを見ておきます。ひょっとしたら防御特化のクラスの人がいるかもしれませんし。
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名前:クライン
性別:男
レベル:5
カルマ値:-46《悪》
クラス:戦士
状態:普通
備考:シュヒレト・ファミリーの手下
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名前:グロース
性別:男
レベル:4
カルマ値:-38《悪》
クラス:戦士
状態:普通
備考:シュヒレト・ファミリーの手下
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名前:ラウト
性別:男
レベル:7
カルマ値:-57《悪》
クラス:戦士
状態:普通
備考:シュヒレト・ファミリーの手下
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おや、一番強いのがコワモテさんですか。ラウトという名前なんですね。
ですが、一番強くてあの程度では、他の二人には期待できませんね。
「飛んだ期待外れです」
ここで大物が出てきたら、倒して、裏路地にも平和が……来ませんね。
寧ろその後釜を狙って余計に争いが起きそうな気がします。
「そうだ! いいことを思いつきました!」
振り下ろされる剣の腹を、右手で握った短剣の柄で殴りつけ、強引に逸らしながら笑みを浮かべます。
それから二撃目には左手の肘で、三撃目には短剣の腹を擦り合わせて対応します。
「済みませんが、貴方達には犠牲になって貰いますね?」
そう言ってチビさん――クラインさんの腹を蹴り、倒します。
デブさん――グロースさんに体当たりをし、ラウトさんには回し蹴りをします。
「《呪術:特定部位脆弱》」
私が最初のSP10を使って習得した、魔術全六属性以外のものは、『呪術』、『歩行』、『看破』、『鑑定』の四つのスキルです。呪術は魔術のような使い方なのですが、魔術とは違うようです。原理が違うらしく、昔マッケンジー老師が、敵のMPがどうのだの、空気中の魔力をこうのだの話していましたが、もう忘れてしまいました。
ただ、魔術はMPを使うのに対し、呪術はHPを使います。
「それでは、お別れの挨拶は済みましたか?」
私がクラインさんにかけた《呪術:特定部位脆弱》はその名の通り、特定の部位を脆弱にし、部位欠損しやすくさせる呪いです。
私はにっこりと微笑むと、呪いをかけた場所に足を振り下ろしました。
「ウギャアアアア」
パキッ、という軽い、恥骨の折れる音と共に、呪術の効果が消えました。
いえ、正確に言えば、呪術をかけた場所が無くなったと言うべきでしょうか。
男は弱点がわかりやすくていいですね。
急所を守る防具――ファウルカップとか言うんでしたか――を付けていなかったので、抵抗なく踏み抜けました。
「ァ、アアァァ……」
「おや、もう終わりですか」
クラインさんは死んでしまったようです。
このくらいで死ぬ訳がありませんから、おそらく死因はショック死でしょう。練度が低いですね。
もしくは想像以上に脆かったのでしょうか。
「ひぃっ」
「あ、悪魔だ」
グロースさんとラウトさんが尻餅をついた体勢で、なにやら股間を隠しながらこちらを見ていました。
一度やった芸は、同じ観客の前では二度もやりませんよ。そんなこともわからないとは、愚かですね。
「悪魔は酷いでしょう。撤回してください」
思わずラウトさんに向かって蹴りを放ってしまいましたが、殺してはマズいと思いとどまり、慌てて軌道を逸らします。
結果として、ラウトさんの髪の毛数本が足先に引っかかりました。ゴワゴワしています。汚いですね。
「さて、聞きたいことがあります。答えてくれますね?」
「こ、答える! ます! 答えるますから殺さないでください!」
まず一番手はグロースさんですか。
「真面目に答えてくれれば殺しませんよ」
「ま、真面目に答えますから、い、命だけは」
《カルマ値が上昇しました》
おや、あの程度でカルマ値が上昇しましたか。カルマ値など割とどうでも良いですけどね。下げたければ下げる手法は沢山ありますし。
「……しかし、一人殺したのに、レベルが上がりませんでしたね。やはり弱かったのがいけないのでしょうか」
あとの二人でレベルは上がるのでしょうか?
もしそうなら、欲しいスキルがあるのですが。
「では質問その一です」
「……」
「シュヒレト・ファミリーとは何ですか?」
「ええと、オトマールさんが頭目の無法者の集団です」
「へぇ」
自分たちが無法者だとの自覚はあるんですか。
それなのに足を洗わないとは、よっぽど死にたいのでしょう。
「それでその、オトマールとは、何者ですか?」
「その、ジーニ・ファミリーの頭目、クラウスさんに反発して、シュヒレト・ファミリーをつくった人です」
要するに、クラウスから独立したと言うことでしょうか。
「なるほど。では、質問その二です」
「……」
「今一番力を持っているのはどこですか?」
「ジーニ・ファミリーです」
なるほど。ジーニと、そこから独立したシュヒレトで対立していると言うことですか。わかりやすくて良いですね。
「よく分かりました。では、質問その三です」
「……」
「シュヒレト・ファミリーとやらの本拠地まで、案内してくれますか?」
「あ、案内ですか!?」
目を丸めて驚いています。
「おっと。やる気が無いのは減点ですね。死んでください」
スパッと短剣が頸を刎ねます。
別に殺したくて殺した訳ではありません。
持ち運びの際は一人の方が楽ですし、こうしておけばもう一人の方は嫌でも言うことを聞くでしょう。それに、デブは見ていると暑苦しくなるので、嫌いなのです。
「さて、ラウトさん、案内してくれますね?」
「わ、わかった、案内しますから」
「それは良かったです」
私は思わず満面の笑みを浮かべてしまいます。人前ではあまり笑顔を見せないようにしているのですが、中々上手くいきませんね。
ですが、ラウトさんは前を向いて案内してくれているので、別に構わないでしょう。
「ひ、一つだけよろしいでしょうか」
「どうしましたか?」
トイレでしょうか。どうせすぐに死ぬのですから、最後くらいスッキリしても良いと思うので、その位は許してあげましょうか。
「どうしてファミリーの本拠地に行きたいので?」
貴方達のような外道を滅ぼすために決まっているでしょう。
「えっと、こう言っても何ですけど、あなたほどの実力があれば冒険者にでもなれば良いと思うのですよ」
「……」
そうですかね。一般人ならばそれでも良いかもしれませんが、私は中途半端に貴族の血が混じっている人間、国を、少なくとも領地を抜け出さない限りはそのような選択肢はないのですよ。
「なのに俺たちのファミリーの本拠地に行きたいとおっしゃいました。何故ですか? 誰かに頼まれ――」
「黙りなさい。そのようなくだらないことを言って、これ以上私を、不愉快にさせないでください」
後ろから左耳を切り飛ばして背中を蹴り飛ばします。
「ギャァァアアアア」
「うるさいですね。片耳だけにしてあげましたから、感謝してくださいね?」
片耳だけの方が、バランスがとれないから不便なんですけどね。
「黙って案内しないと、反対側も切り落としますよ?」
「は、はひ」
全く。最初から素直に案内すれば良いものを。