1.前日朝
「団長、いよいよ明日から渡り人が来るのですね?」
「ええ、若さま。いよいよ明日からですよ」
私は団長の言葉に思わず微笑みました。
渡り人とは、渡り神の加護を受け、何回死んでも神殿で蘇生する者達のことです。
そんな渡り人達が、信託を受け、この世界にやってくるというのです。渡り人の加護の力で元の世界とこの世界を何度でも行き来出来るらしいです。
「よし。それでは、渡り人達に無様な姿を見せないよう、今日も頑張っていきましょう」
「そうですね。それでは始めましょうか」
今日の訓練には一人冒険者の方が見学にいらっしゃっているようです。
衛兵の方や、冒険者の方などがたまに見学に来てくださるのですが、誰も訓練相手にはなっていただけないんですよね。
それから、いつも通り団長と模擬戦をしました。
結果からいえば、今日は勝てました。しかし、そのときに団長の右手頸が犠牲になってしまったので、欠損治癒のポーションで右手頸を付けてあげました。そこそこ値の張る物ですが、こういう時のためにあるのです。使わないという選択肢はないでしょう。
「おお、若さま、ありがとうございます」
「いえいえ。お互い様ですよ」
団長は礼を言うと、右手を軽く開け閉めして、剣を鞘に収めました。
「それでは次の方、いらっしゃいませんか?」
私がそう呼びかけると、騎士が一人前に出ました。
「それでは、僭越ながら私、フリードが若さまのお相手を務めさせていただきます」
「はい。それではよろしくお願いいたしますね?」
フリードさんは剣を抜くと、両手で正眼に構えました。
私の苦手な構えですが、だからこそ一番慣れている構えです。
「始めっ!」
団長の声が響くと共に、私は距離を詰めるべく駆け出します。短剣は懐に潜らないと当たりませんから。
「ハァッ!」
「フッ。シッ!」
フリードさんが溜めた大ぶりの振り下ろしはサイドステップを踏んで、余裕を持って回避します。スレスレで回避なんて真似はしません。そんなことをして、一発でも貰ってしまっては元も子もないですから。フリードさんはなかなかの実力の持ち主です。実際にそんなことをしたら、何らかの攻撃を貰っていたことでしょう。
フリードさんの剣は地面に刺さり、その威力を示しました。
私はその突きをついて喉に突きを入れると、フリードさんは思ってもいなかった行動に出ました。
「ハッ!」
「?」
地面に突き刺さったままの剣を手放し、その剣を回るようにして私の攻撃を避けたのです。
そしてそのまま剣を挟んで私とグルグル回り合い、元の位置に戻った時にフリードさんは剣を抜きました。
その隙を逃さず、私は斜めから短剣を突きつけますが、フリードさんはすぐに持っていた剣の柄頭で短剣を殴り、その勢いで横薙ぎをしてきました。
私はその技をあえて殴られた短剣の勢いに逆らわず、寧ろそちらの方向に体を投げ出すことで姿勢を低くしてやり過ごすと、残心を解いていないフリードさんに、側転の要領で蹴りを放ちました。
フリードさんは狙ってか狙わずか、避けずに頭で受けたため、兜に足が直撃してしまい、私が足を痛めてしまいました。
「そこまでっ! 勝者、ケイデン様」
団長が、先ほどの模擬戦で審判をしていたフリードさんと同じ事をいい、私は小さく手を握りしめました。
「よし!」
そしてフリードさんは蹴られた衝撃で頭が痛いのか、軽く頭を押さえながら私の方に来ました。
「いやあ、もう若さまにはかまいませんな。私も精進しなければ」
「ふふっ。また戦いましょうね」
そしてフリードさんは、自然治癒のポーションの中でも一番等級の低いものを飲むと、そのまま去って行きました。
「ふふっ」
私は思わず笑ってしまいました。
私はこの場所が好きです。
父様から蔑んだ目で見られることもなく、兄弟から何か言われることもありません。
私は妾腹の子供だから仕方ないのですけどね。
ですが、母様を孕ませたのは父様でしょうに。その結果できたのが私なのですから、少しは優しくしていただいても神罰は下らないと思うのですが。
まあ、そんなことは考えるだけ無駄ですけどね。
それにこの場所は、好きなだけ戦えます。
私のことを嫌な目で見てくる人たちもいません。
だから私は、この場所とこの人達が大好きです。
騎士達との模擬戦が一周しました。
見学に来ていた冒険者の方はいつも通り何時の間にか姿を消しており、一抹の寂しさを感じました。
次はやはり団長でしょうか。
「若さま、魔術の方はどうですか?」
「どう、とは?」
そう思っていると、団長が声をかけてきました。
彼は、私の父親のような人です。
「剣術だけでなく、魔術も鍛錬が必要ですよ」
「そうですね。では、剣術の鍛錬はこれで終わりにして、魔術の方に移っておきます」
「はい。それがよろしいかと」
「それではこれで失礼します」
「はい、若さま、お気を付けて」
私は訓練所を後にしました。
人は生まれた時から持っている10のSPを使って、魔術や武術などのスキルを習得します。
スキルはそれだけでなく、調薬や鍛冶などの生産から料理など一般まで、幅広く使い道があります。
他にも使い道がないとされるマイナー系などがあります。
有名(?)なマイナー系だと、『歩行』スキルでしょうか。
転びにくくなるというスキルですが、実はこれ、私も持ってます。
他にも様々なスキルがありますが、たいていの基礎と呼ばれるスキルは1SPで取得できます。もしくは、その型を鮮明に思い描きながら百回以上同じ型を行えば良いのです。
後者の方法では基礎のスキルしか取得できませんが、SPを消費しないため、私のように、様々なスキルを覚えたい場合などには重宝します。
しかし魔術のスキルは、まず最初に魔術のスキルを取得しないと魔術が使えないので、どうしてもSPを消費せざるを得なくなってしまうのです。
私は六属性の魔術のスキルを全て取得した後、剣術のスキルは必死に素振りをして覚えました。
SPはレベルアップすれば手に入るのですが、レベルアップするためには生き物を殺さないとならないため、未だに生き物を殺したことのない私はSPが枯渇状態です。
レベルアップするためには経験値なるものが必要で、沢山の生き物を殺し、沢山レベルアップを経験した、いわゆる高レベルなモンスターを倒せばより多くの経験値がもらえるのだとか。
別にモンスターでなくとも良いと思うのですが。
沢山生き物を殺しているのは人間も同じですからねぇ。
『高レベル』な人間に取り入り、十分信用を得てから、寝込みを襲うなどすれば、一気にレベルアップが出来るのではないでしょうか。
……まあ、しませんけど。
と、そうこうしている内に着いてしまいましたね。
コンコンコンコン。
「失礼します」
魔術研究所。
剣と言ったら訓練場、魔術と言ったら研究所という、謎の理論によって曾御祖父様が手ずから設計された建物です。
「入りなさい」
中から微かに聞こえていた声が消え、嗄れた声が答えました。
扉を開けると、父様の書斎の二倍くらいの大きさの場所に、机やポーション瓶など、様々な物が置いてあります。
奥には転移魔方陣があり、誰でも魔術練習用の荒野に行けるつくりになっています。
「お? 兄さん? どうした? ついに性転換の魔術でも開発する気になったか?」
「いたのですか」
思わず呟いた言葉は、自分でも底冷えがするほど冷え切っていました。
「あ、俺が作ってやろうか? いや、切り落とした方が早いか! ははははは!」
しかし弟は、そんなことなど知らんとばかりに、私を挑発してきました。
おそらくこれで私が手を出せば、父様に言って私を屋敷から追い払おうとするのでしょう。
「……はぁ」
「どうしたぁ? そんな女々しく溜め息を吐いちゃって」
マッケンジー老師は、私の方を不憫そうな目で見ます。
全く。口喧嘩で私に勝とうなど、私も舐められたものです。
「いえ、私も男ですからね。少し女心というものを理解してみようと思いまして。街から女を拐かしてくる外道や、そんな勇気もなく週三回も娼館へ通っている小悪党にはなりたくありませんしね」
「なっ!」
弟は今までになかった突然の私の反撃に、顔を真っ赤にして目を白黒させていました。
「あ、ところでアレクセイ、こないだ街を歩いていると、ある女性に声をかけられましてね、アレクセイ様は昨日うちに来ませんでしたけど、どうしているか知っていますか? と聞かれたのですが、何か心当たりはありませんか? そういえば、その女性は娼婦でしたね?」
「に、いさん? いいのか? 俺にそんなことを言っても」
そこで私は不思議そうに首を傾げて見せます。
「はて? 何のことでしょうか。私はあなたに自分の志と、こないだ娼婦に言われたことを話しただけですし、何かおかしな事を言ったでしょうか?」
ピクピクとアレクセイの頬が引き攣っています。
その後ろでマッケンジー老師が顔を真っ青にしているのがおもしろいですね。
「ぃさま……ぇかけばぁの分際で」
おや、何か言っていますね。
怒り故か、もしくは理性で押さえ込んでいるのか、声が小さくなっていますが、何を言っているのかは十分わかります。
貴様、妾腹の分際で、ですね。
気分が悪くなりました。今日の魔術の訓練はやめにしましょう。
毎朝と寝る前にしていますしね。
……自分で言い訳をしていてさらに嫌な気分になりました。
というか、誰に言い訳をしているのでしょうか……。