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・完璧美少女2

二時間目は、体育。


教室で着替えを済ませた男子生徒が、体育館内にある更衣室から出て来る女子生徒たちと出会う。


俺たちが体育館へ赴く頃には女子たちの半数ほどが着替えを済ませていて、すなわちその中の一人、祝井さんも体操着姿に着替え終わったということだ。


まずはじめに驚いたことは、体育館にやって来た男子全員が、館内に待つ女子たちの中からほんのわずか足らずの時間を用いて、対象の女子生徒に目を向けたことだ。


「祝井さん、今日の合同試合、絶対勝とうね!」「わたし全力で祝井さんにトスするから!」「……よろしく、祝井さん。う、うぅぅ……」


女子たちと談笑しながら授業開始までの休み時間を使って、準備運動を始める祝井さん。


――さて、見逃してはいけない。


準備運動とは列挙するに、簡単な七つの動作によっておこなわれる。

平時とは異なりポニーテールにしたことによって見えるうなじ。彼女が屈伸することで髪が揺れ、あたかも蝶々がその翅を広げたり閉じたりするかのごとく、一つの意思を伴っていると錯覚させてしまう銀色。


彼女の脚が深く下げられそのヒップラインが露わになるたび、男子たちから「おおー!」という感嘆の声が洩れる。


胴に対して細長い脚をまっすぐに伸ばす伸脚と、深い姿勢で為される一つの動作は、それだけで彼女のスタイルの良さを如実に表している。


そして屈伸に並び男子たちから絶大な人気を誇る前後屈は、あるクラスメイトいわく「月草学園に来たらぜひお金を払ってでも見たい絶景ベストテン」に入るほどの仕草と言う。


ひざを開いてぴんと張ったまま地面に向けて手を伸ばす。そののち彼女が腰に手を当て天井を仰ぐことによって、豊満なバストが天へと突き上げられるのだ。


またしてもあるクラスメイトから耳元に囁き掛けられる。彼によると、彼女の屈伸は「神降ろし」と呼ばれているらしい。


「なんじゃそりゃ」と思わなくもないが、なるほど繰り返される祝井さんのストレッチからは、そのような感想を抱きたくなるのも頷けるほどの有益さを思わせた。


身体の回旋、手首足首、アキレス腱伸ばしと続き、二時間目のチャイムが鳴ったその頃には、二年A組の男子たちがなぜ急ぎに急いで服の脱着を完了させたのかを理解することができたし、どうして体育館に入ってすぐ、十五人いる女子たちの中からあっという間に祝井さんを見つけることができたのかにも納得がいっていた。


要はうちの男子たちは、体操着姿の祝井さんの大きな胸とお尻を見たくて、体育の授業を心待ちにしていたのだ。


ともすれば俺自身も体育の時間の楽しみが一つ増えたことを嬉しく思ってしまいそうになっていたし、彼らが大袈裟にも祝井さんに注目してしまう気持ちも素直に呑み込めてしまっていたのである。


それはそうと肝心の体育が始まると、何てことはない、今日の授業はバレーボールであった。


今日は男女分かれて二年B組との合同試合をおこなうそうで、俺は身体を動かせる喜びに胸が高鳴った。


そうして熱中したB組との対戦が終わる頃には、女子たちが歓喜の声を上げつつ祝井さんを胴上げする光景を目にしていた。


「人気者だなあ、祝井さん!」


A組の男子の一人が言う。


「人気者?」


――馬鹿言っちゃあいけない。普通ただの授業、それも勝利することに大きな意味のない試合で、男子よりも非力な女子生徒が一人の人間に対して胴上げをしたいと思うだろうか。


けれどもこの場合、異常なのは胴上げをしている女子たちというよりも、胴上げをされている祝井さんの側にあると見るのが正解だろう。


彼女がB組との試合で活躍に活躍したであろうことは確かだが、女の子たちにあれほどまでに慕われ、頼りにされているという事実。


俺としても彼女の胸とお尻が弾み、球をレシーブする姿をじっくりと拝みたかった。


今さらになって自分の試合なんて放っぽり出してでも彼女の勇姿を確かめるべきであったと後悔し、せめてもの先ほど横目で眺めた彼女の運動能力の凄さを脳裏に思い返しては、現在の祝井さんの姿を見て、その映像を補完したのであった。


三時間目は、数学。


黒板に目を向けてノートを取る祝井さん。誰へ向けたアピールか黒縁眼鏡を取り出すと、体育の時には窺えなかった理智さに心奪われる。

「では、この問題を祝井さん、お願いします」


「はい」


祝井さんの体操着姿。祝井さんの体操着姿。祝井さんの体操着姿。……ああ、どうして体育の授業が五十分しかないんだ!


俺は今さらになって憤り、いっときでも彼女から目を離してしまった自分自身の愚劣さに腹が立った。


クラスの男子たちがあれほどまでに時間を気に掛けていた理由がようやく実感を伴って胸中を襲い始めたことで、俺はもはや数学のノートを取ることなんて忘れて、黒板の前に向かう祝井さんへと視線を移した。


「答えは、3、ですわね」


長いながい数式を一通り眺めてたった一文字、「3」という数字を書き込む祝井さん。彼女の端的にして率直な答えに中年の男性教諭は感心の声を上げて女子生徒を褒め称えた。


「すばらしい! こんな複雑な数式の答えを一瞬で解いてしまうとは! さすが一年生時のテスト、そのすべてに満点を取っただけのことはある!」


「いえいえ、先生の教え方が上手なおかげですよ」


「謙遜! 自分の能力の高さに驕ることなく私の肩まで持ってくれるだなんて、君はなんてすばらしい生徒なんだ!」


普段、男、中年、独身であることから生徒からまったく相手にされていないと聞く数学の教師がここまで熱を上げて祝井さんを支持するとは。


特に学園都市での彼への風当たりは強いものであったに違いない。


そんな折、文武両道、滑脱退弁かつだつたいべん――相手の言葉に異論を唱えることなく謙遜し、一歩下がり敬意を持って振る舞う――祝井さんが自身を認めてくれたとあって、年甲斐もなくはしゃいでいる様子の先生。


俺は人心掌握の作法として、人が人に言われてもっとも嬉しいことを的確に突いてくる彼女に、末恐ろしさすら感じていた。


「それと先生、故意でしたら申し訳ないのですが、黒板に書かれた例題が教科書と少し異なっておりますわ。先生も最近お疲れのご様子。毎日お仕事大変だとは思いますが、今日は早く休んでお身体をご自愛くださいね」


そう言うと祝井さんは教壇を下り、自分の席へと戻っていった。遠くで見る祝井さんも美しかったけれど、やっぱり近くで眺める彼女も麗しい。


今まで祝井さんという存在を知らなかった自分は、なんて色のない世界を生きていたのだろうか。


大の大人さえ惚れぼれしてしまう彼女の魅力。


一人の女子生徒から労りの言葉を掛けられた男性教諭は、まるで少年のようなやる気を見せたかと思うと、それからの授業をさっきまでとは全然違う快活さをもって続けたのであった。

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