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・恋愛警報発令2

祝井さんがトイレに立ったことによって、俺には彼女の部屋を見回す時間が生まれた。


ゲロ事件のことを許してもらえた手前、こんなことを思うのは何だけど、俺は女の子の秘密を知ってしまったことで祝井さんを辱めたいと感じていた。


――なぜかって? それは彼女の部屋に秘められた「隠し部屋」を見てみればわかる。


「な……な、何を見ているんですのッ!」


男の子にゲロを吐き掛けられても怒りの表情一つ見せなかった祝井さんが、ここにきて、顔を真っ赤にして怒鳴ってきたのであった。


「いやあ、つい覗いてみたくなっちゃって。……ごめんね? 祝井さん、ライトノベルなんて書いているんだ?」


「な……ああ……ッ」


祝井さんの表情は今やぎこちなく固まり、口を大きく開けて信じられないものを見ているかのようにしていた。


「ロックハートくん? どこでそれを……?」


「ん? この投稿した形跡のある小説のことか?」


「勝手に見ないでくださいますっ!?」


どうしてか俺は、ことこの秘密に関しては、祝井さんに怒られてもいいと感じていた。


俺が泣き止み、ハーブティーを飲んで落ち着き、祝井さんがトイレに立ったその時、俺は広い彼女の部屋に一筋の光が漏れているのを発見してしまった。


おそらく電気を消し忘れていたのだろう。俺が本棚の後ろに秘められた隠し扉を開け放つと、そこには夢の空間が待ち受けていたのである。


「なになに……? タイトル、『美少女機関』」


「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


祝井さんが美少女らしくもない呻き声を上げた。


彼女の部屋に秘された隠し扉を開けると、まず一番に祝井さん自身の顔が飛び込んできた。顔、顔、顔……。それは祝井さんを写して拡大コピーした写真だった。


なんと彼女の「隠し部屋」の壁一面には、さまざまなコスプレ衣装に身を包んだ祝井さん本人の写真が貼られていたのである。


「『美少女機関』あらすじ。

百人のおじさんは、一人の美少女と同じだけの価値を持つ。

人間の九十パーセントは見た目で決まる。美少女がもて囃された世界で、お金、人望、権力は見た目の『可愛さ』と『美しさ』に比例して獲得することができる。

そうした世の不条理に嘆いた老魔術師は、日本全域に住まう中年男性たちを美少女に変えてしまった――!

『美少女ランク』と呼ばれるパラメーターによって世界を自分の思い通りにできると知ったおじさん主人公が、今まで大きな顔をしていた”元“美少女たちに仁義なき戦いを仕掛けていく常識改変ラヴコメディー!

……ふむふむなるほど、意味がわからないね、これは!」


「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええッ!」


またしても祝井さんのライフポイントがごりごりと削れていく音を確かめると、俺は彼女の小説とともに付された二枚の評価シートを手に取った。


出版社の名前が書かれていることから、彼女は実際にこの小説をライトノベル新人賞に送ったということなのだろう。


祝井さんの部屋の隣に位置する「隠し部屋」。


俺はメイド服、スクール水着、チャイナ服、ネコ耳衣装、女児アニメコスチューム、男装などありとあらゆるコスプレに身を包んだ抜群のスタイルを誇る祝井さんを見て、不覚にも鼻血を噴き出してしまっていた。


そうして自身の鼻から垂れてくる血をティッシュで拭いながら引き続き散策していると、壁全体にコスプレ写真が貼られた部屋の机、その上に置いてあった原稿の束を見つけてしまったのである。


「評価シート……結果、一次選考落選。以下、審査員コメント。

・発想が突飛で、読者が置いてけぼりになってしまっている。中高生読者の目線を意識して、あなただけの物語を創作してください。

・起承転結の盛り上がりがあまりなく、メリハリが感じられません。おじさん主人公を優遇する世界観なのは構いませんが、困難や障害があまりに無さ過ぎるのも、読者さんが飽きてしまいます。クライマックスへ向けて、主人公の感情導線を設定してみてはいかがでしょうか。

・アイデアはおもしろいが、それがストーリーのおもしろさにつながっていない。新しいものを創ろうという意欲は感じるが、読者目線で作品を俯瞰できていないため、面白味に欠ける。既存のアイデア2に対して新規性のある独自のアイデア1をプラスするなど、読者が受け入れられる設定にするべき。今後に期待。

……それにしても、評価項目がこれだけあるのに、各評価ポイントが1と2ばっかりだね?」


「お願いですすいませんでした何でもしますからもうそれ以上読まないでください謝りますから……!」


祝井さんがとうとう念仏を唱え始めてしまった。


俺自身小説というものを書いたりしないからわからないが、自分の書いた文章や講評を読まれるのってそんなに恥ずかしいことなのかな? やはり俺には、わからなかった。


「隠し部屋」にて見つけた、祝井さんが書いたと思わしき小説。


すぐ横に「評価シート」と書かれた紙が置いてあったので、そこに書かれた文字を見て、それが「ライトノベル」であることがわかった。祝井さんは、ライトノベルを書いていたのだ。


――そうして「隠し部屋」を見つけた俺と、自分の書いた原稿を読み始めた俺を発見した祝井さんが、今こうして対面しているというわけである。


「祝井さん、ライトノベルなんて書いているんだ?」


「あ……ううぅ……っ」


俺がライトノベル「なんて」という言葉を遣うそのわけは、彼女の書く小説の評価が一次選考にも通らないほど酷評されているからでも、俺がライトノベルに対して偏見を持っているからでもなかった。


ひとえに雑。この小説あらためライトノベルもどきは、自己顕示欲と承認欲求の塊でしかなかったのだ。


「祝井さん、普段こんな風に褒められたいんだあ。ちょっと幻滅だなあ」


祝井さんの書いたその小説の主人公は、自分のことを「世界一可愛い」だとか、「完璧美少女」だとか過剰なまでに自画自賛しており、果てには自身のスリーサイズまで描写してしまう有り様であった。


そこから祝井さんがいつも思っている自己評価が透けて見えてくるような気がして、俺はそんな彼女を、辱めたくなってしまったのだ。


「ロックハートくん。いえ、ロックハート様。どうかこのことはご内密にしてくださいましっ!」


懇願だった。ロックハート様!? 今や祝井さんは先ほどの俺と同じように頭を下げ、その額を自身「隠し部屋」の床にぴたりと付けていた。


「あの……ごめん。少しからかうつもりだったんだ。祝井さんの秘密を知って嬉しくなって、またしてもついはしゃぎ過ぎてしまったというか……。俺のほうこそごめん! 恥ずかしがる祝井さんがあまりにも可愛くて!」


「か……可愛い……?」


「う、うん! とっても可愛い!」


土下座をしたかと思えば、祝井さんは真っ赤に熟したりんごのような色となった顔を上げ、俺のことを見つめていた。


その表情はとても女の子らしかったし、とても美少女然としていた。


「それにこのライトノベルも、一次選考で落ちちゃったとはいえ、祝井さんの努力の結晶だもんね。アイデアはおもしろいと思うよ。アイデアは」


「……あ、ありがとうございます」


祝井さんは赤くした頬のまま、複雑そうな顔をして見せた。あれ、何か褒めかた間違えたかな……?


「それはそうとあの写真は何なのかな? 可愛い祝井さんがコスプレしているのはとっても良いことだと思うけれど、自分の拡大写真を部屋にべたべた貼っているだなんて、やっぱり祝井さんは自分のこと大好き人間なのかな? ねえ、どうなのさ?」


「あ……ううぅ……ッ」


祝井さんは実に困ったというような顔をして、目線をきょろきょろと彷徨わせた。


消しゴムを拾ってもらった時と違い、今では合わせようとしても合わせてくれない視線に、俺の中のドS心がめきめきと芽生えてくるのを感じていた。


「……あ、あの写真は小説の取材用のものですわ! ……そ、そうですわ! その通りですわ! あの写真は自分自身で女の子の描写について研究するためのセルフ取材なのですわ!」


「セルフ取材!?」


聞いたこともない言葉に、俺は真っ赤に染まったままの祝井さんを見て、驚くとともにさらに言及した。


「ということは祝井さんは、作中に出てくる美少女の格好を真似して、この部屋でひとり撮影会をしていたというわけかな? ねえ、どうなの?」


「はううううぅ……っ!」


言葉によって祝井さんに追撃を与えていくと、彼女はその両手のひらで顔を覆い、俯いてしまった。なんと耳まで真っ赤だ。そして、とどめの一撃を与えていく。


「祝井さん?」


「はい?」


俺は彼女の前に立ち、銀色に輝くその髪をぽんっ、と撫でた。


「可愛いよ、祝井さん」


三度目の褒め言葉を彼女に掛けると、その場で祝井さんは泣き出してしまった。驚く俺は、優しく彼女の頭を撫でる。


「どうして泣いているの?」


祝井さんは話し始めた。


「だって……だってロックハートくんがわたくしをいじめるんですものぉ――――!」


ふえーんっ、としゃがみ込み、大きく声を上げて泣き始める彼女。……さ、さすがにやり過ぎたか。


「ご、ごめん祝井さん。つい祝井さんが可愛くていじめたくなっちゃってさ。でも祝井さん優しいから、こんなことで俺のこと嫌いになったりしないよね?」


その身体にゲロを吐き掛けられても相手を許してくれる完璧美少女だ。自身のライトノベルとコスプレ写真を見られたくらいで、俺のことを嫌いになったりはしないはずだろう。


「嫌いですわ!」


「へ?」


今、なんて言った?


「祝井さん、今なんて?」


俺が自分の耳を疑いふたたび問い掛けると、祝井さんはここにきて、はっきりと告げた。


「もう一度だけ言います。わたくしは、あなたのことが、大っ嫌いですわ!」


パリンッ、と俺の中で何かが砕け散った音を聞いた。


祝井さんが俺のことを嫌い? 誰からも好かれ、誰にでも優しい祝井さんが、俺のことを嫌いに?


「えっと……嘘だよね?」


「嘘なんかではありませんわ。わたくしはフレディ・ロックハートくんのことが、世界で一番大嫌いになったのですわ。気安く話し掛けないでくださいますか?」


「あ……ああい……」


俺は才色兼備で文武両道、学園一の人気者である彼女に嫌われてしまったということなのか!?


――するとそんな時、恋愛警報が鳴り響く。

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