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·恋愛禁止条例

恋愛絶滅少女 祝井シャクティの罪と罰


『第一章 運命の出逢い!? 完璧美少女と秘密の恋』



・恋愛禁止条例


恋愛は犯罪である。


「恋は幻、愛は夢、儚い想いは消えてしまえ! 恋愛取締局犯罪対策課、フレディ・ロックハート! あなたたちの恋愛を取り締まります! 観念して唇を離してください!」


アルカトレイル島に住まう九十七万三千五百人の学生たちで構成された「学園都市」。


周りを広大な海に囲まれたこの島は、実にその人口の九割を十八歳以下の子どもたちが占めるという、まさに学生にとっての夢の国である。


そうした島国の中で俺、フレディ・ロックハートはボランティア活動としてカップルたちを追い掛けていた。面積一八〇〇平方キロメートルを誇るこの島で恋愛行為は犯罪として名高い。


「お願い、私が全部悪いの! ただ私を愛してるって言ってくれただけで、彼は何も悪くないの! だからお願い、彼のことはどうか……!」


通報により恋愛局に取り囲まれ、抱き合う男女の一人が言った。その目元は今にもこぼれ落ちそうな雫を必死に受け止めている。


恋が正式に病気として認定されたのは今からちょうど五十年前のことだ。


病名を「緊張性合一症候群」と言い、個人が特定の異性に対して特別な愛情を抱き高揚して、精神的および肉体的な一体感を欲することが主な症状とされる。


当人の心を病み他者から比較的発見が困難であることから性質タチが悪く、仕事や勉学に対するパフォーマンス力の低下、歓喜や不安などによる感情の異常な昇降、世界を自分だけのものであると誤認する判断能力の低下などもこれの症状として確認されている。


時には相手のために自分を犠牲にしても構わないという半ば倒錯的思考も見られ、過去には実際に社会的立場の相違、金銭の有無、両親からの関係否認、戦争など時代変化に伴う諦観ゆえの自発的な死の誘発など、症例を挙げれば際限キリがない。


政府はこうした症状を伴う「恋心」を異常であるとし、また個に依る自由生殖から国に拠る管理生殖の時代の過渡期に至ったことから、これを正式に病気として認定した。


「ふ、ふざけるな! おれとゾーイの問題に、他人がとやかく口出しする権利はない! いいから放っておいてくれ!」


激昂する犯人。これも「恋の病」の症状だろうか。


俺は当初犯人確保のために構えていた携帯型スタンガンを腰元のホルダーに仕舞い、代わりに大型警棒タイプのそれを取り出した。


カチャカチャカチャ、と三段式でコンパクトに収納されていた武器を引き伸ばし、スイッチを入れる。


電源がオンになったことによりバリバリバリッ、と十万ボルトの電圧が唸りを上げ、途端に青褪めていく容疑者たち。


「人が人に恋をして、何が悪いって言うんだ! こんなのおかしいだろ! 寄ってたかって人を犯罪者扱いしやがって! いったい何様だ!」


「世間の味方様だ、この馬鹿野郎共ッ」


口が悪い俺の同僚、嶺男萩斗みねお しゅうとが腕のリングからホログラム映像を出現させ、容疑者の照合を始めた。


「ハンプトン・テイラー。犯罪歴なし。十七歳の男。二〇六八年四月三日午後三時二十八分、通話リングが発した恋愛警報により恋愛が発覚。女子生徒ユリファス・ゾーイとキスしようとしたところを通報され、現在に至る……と。キスだなんて汚らわしい! よくもまあ抜け抜けと恋愛なんてものをしようと考えたな! この犯罪者どもめ!」


萩斗は空気中に固着させた犯罪データを読み終えると、吠えるように言い発つ。


街の歩道橋の真ん中まで追い詰められた男性容疑者ハンプトンは、下方の道路を眺め自動車が走っていることを確認すると、想い人を背に護るようにして俺たちのほうを睨みつけた。


相当焦っているに違いない。今やハンプトン容疑者は総勢十二人の恋愛局隊員から女の子を連れて逃げ出し、両端を俺たちに塞がれた歩道橋の中央に立ち尽くしているのだから。


よって、彼らが歩道橋から飛び降りたことは想定する範囲内の出来事だった。


大量の砂山を積載した大型トラックの荷台に飛び降りたかと思えば、俺もその一瞬のタイミングを見逃さず、二人の容疑者の後を追う。


半ば賭けにも近い衝動だった。ひとたび出遅れていれば大怪我にもつながりかねない逃走劇に、彼らの想いの強さを見る。


「萩斗はああ言ったが、俺は君たちに手荒な真似をするつもりはない。大人しくしてくれれば誰も傷付けずに済むことなんだ。だからもう恋なんて終わりにして、ただの友達同士に戻ってくれないか? この世界で恋愛が犯罪であることは二人共わかっているはずだろう? 俺たちは恋の病に罹患した君たちを助けに来たに過ぎない。……お願いだ。お互いを大切に想っているのなら今ここでその手を離し、キスをしようとした事実を忘れてまともな学生に戻るんだ! 今ならまだ間に合う。遅くはない!」


俺はなるべく優しく説得を試みると、手にした警棒をトラックの荷台の中で揺れる、砂山の上へとそっと置いた。


その仕草によってほんのわずかだが緊張がほぐれた様子で、男女のカップルはつないだ手と手をさらに強く握り締め、お互いの瞳を見つめてゆく。


「ゾーイ、たとえ犯罪者になってでも、おれは……!」


「やめて、テイラーくん!」


信心・信仰・信頼――つまりは、叶わない恋だった。恋愛犯罪者ハンプトン・テイラーとユリファス・ゾーイの決して添い遂げられることのない運命は、恋愛が犯罪として認められた世界において、ひとえに罪である。


「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


突撃してくるハンプトン容疑者。


トラックの荷台の上には砂が舞い、二つに分かれては俺の後方へと吹き荒れる。


そうした黄砂のカーテン中央から彼の拳が見え、俺は咄嗟に仕舞われた携帯型スタンガンをその手に引き戻す。


「させるかよ!」


ハンプトンの拳が俺の手首に直撃し、いっときにして形勢は逆転。武器を失った俺は過ぎゆく道路へと落ちていってしまったスタンガンを横目に見遣ると、格闘戦へと移行する。


好戦・好意・好機――テイラーの眼は愛する人を守るため、必死の形相で俺という敵を見据えている。彼にとって、まさしくゾーイさんは自分の生命いのちにも等しくかけがえのない人なのだろう。


振りかぶられた握り拳を寸前にて躱し、俺も彼へ向けて攻勢に入っていく。


「わかってくれ! たとえどれだけ想いを馳せたところで、社会のルールは変わらない!」


「うるせえッ! おれのルールは、自分で決める! ゾーイには指一本触れさせやしねえ!」


「わからず屋……!」


俺は恋愛感情を起因とした彼の戦意を止めるため、もうどうしようもなくなって、容赦なく次々と打撃を打ち込んでいく。


ジャブ、ストレート、フック、アッパー、ジョルト……左右のコンビネーションを彼に喰らわせているはずなのに、依然倒れる気配のないハンプトン・テイラー。


動作が大きいテレフォンパンチの直後、俺の放ったジョルトブローは瞬く間にして打ち出されたカウンターによって返り討ちに遭う。


「ぐあ……ッ!」


痛恨・痛撃・痛烈――俺は何をしているんだ。……自分でもわかっている。人の想いを踏みにじるような所作かもしれない。他者を犠牲にして生まれる平和かもしれない。それでも、誰かが歯を食い縛ってこの「学園都市」の治安を守っていかなくちゃいけない。


全身全霊を込めたパンチは、砂上から浮かび上がるステップインとともに放たれた、俺の決め手となる攻撃のはずだった。


……しかしどうだろう。今や地に倒れ伏しているのは俺のほう。攻撃を仕掛けたはずの自分自身が不利になっていたのである。


「どんなことをしてでも、おれはァ……!」


彼の野心か執念か。ハンプトンは歩道橋からトラックに飛び降りたことも然ることながら、確定的な一発を繰り出すため、あえて俺の拳に耐えていたと見える。


砂の上、車の走行音に合わせて揺れている警棒タイプのスタンガンを手にしたかと思うと、それを地面に背を着ける俺の目の前へと向けてきた。


「な……ッ!?」


あるいは油断だったのかもしれない。がたがたと揺れる車上では視界が目まぐるしく変わってゆく。


そんな折、蹴り出される足払い。砂の上に立っていたこともあり、その攻撃は見事に決まった。


「せいッ!」


俺は慌ててハンプトン容疑者の手より電気警棒を引ったくると、すかさず路面へと投げ捨てる。


二人横並びのまま荷台の上で寝そべった状態となるも、すぐに両者立ち上がり、俺はとどめの一撃を彼に与えるべく拳を握り締める。


「が……ッ」


強烈なボディーブローを互いに打ち込み合うも、どちらも倒れず。まさしく、我慢比べといったところか。


何度もなんども相手の身体に拳を打ちつけていっては、やがて俺がハンプトンのどてっ腹に向けてきつい一撃を打ち上げる。


「ぐふ……っ!」


間違いなく効いているはずだ。その証拠に彼の吐息は荒いものとなり、腹からタイヤを空より落とした時のような重い音が聞こえ、口を伝って熱く洩れ出ている。


「恋にさよならを。あきらめろ、お前の恋路はここが終点だ」


ドゴァッ!


彼に悪いとは思いつつも、真剣勝負。俺は弱り目に祟り目、最後の一撃をお見舞いしては、後退りしていく容疑者の姿を認めた。


ユリファス・ゾーイ、彼女の胸元に迎えられたハンプトンは恋を諦めたように目を細めると、恋人へと言葉を発つ。


「ゾーイ、おれはおまえを愛している。たとえどんなことがあっても、おれとおまえは常に一緒だ。離ればなれの運命にあっても、その心は変わらない。それがおれの約束だ」


運転手は三人の人間を載せて走行していることに気づいていないのか、ぐんぐんと速度を上げて荷台を揺らし続けている。


もちろん学生たちが乗ることのできる車輛は自動運転車のみに限られる。


自動運転機能は現代の主流で、運転免許も十六歳になれば取得することが可能である。おそらくこの大型トラックの運転手も人口九十パーセントの内の一人だろう。


「……うれしい。あなたの言葉は絶対に忘れない。私、いつまでだって待っているから。きっとあなたと結ばれる日が来るって信じてるから……」


お互いの台詞とは別のところで、二人の瞳が会話している気がした。そしてすぐさま嫌な予感に思い当たって、俺は一目散にカップルへ向けて走り出していた。


「やめろーーーーーーーーーーーー!」


それは数刻の悲劇だった。


結ばれない男女が悲恋の末に選ぶ結末は何か。


俺は勢い良く二つに分かれた人影が何を意味しているのかを知っていた。恋の症状にも記述があるように、諦念感情を理由におこなわれる死という結末エピローグ


二人は荷台から左右に別れて飛び降り、今もなおたくさんの車が並走する道路に向けて、その身体からだを投げ出したのだ。


あきらめてしまった――いや、俺たち恋愛局の取り締まりによって諦めざるを得なくなってしまった恋心。その責任は誰にあるか。


俺は法律という、自分が正しいと思うことを信じて今までやってきた。だが、誰かが悲しむ姿なんて見たくない!


がしっ。


俺はなんとか二人の手首を掴まえ、道路や、その上を走る車に彼らの身体がぶつかる前に支えた。なれど勢いのついた男女の決意は揺るぎないものであった様子で、足場が砂山の上にあり不安定なことも相俟って、ついその手を離してしまいそうになる。


「させねえええぇぇぇぇぇぇ! 恋愛は悪いことだ! してはいけないことなんだ! けど、自分で自分の生命を絶つことは、もっとやっちゃいけない! お互いを大切に想っているのなら、今ここで生き残るべきだ!」


――随分勝手な物言いじゃないか。


自分でもそう思った。彼らを追い詰め、恋愛行為をおこなう容疑者を逮捕するという名目でこの場所に来て、カップルが悲恋の末に想いを遂げようとするその行為にさえ歯止めを掛ける。


ハンプトン――彼が言ったように、こんな行為はおかしいのかもしれない。人が人に恋愛感情を抱いてしまうことは「恋の病」の所為であり、彼らそのものが悪いというよりも、病気に罹患したという事実にこそ糾弾するべきだろう。


けれどこうして大衆の目の前で逃亡劇を繰り広げ、大勢の人々に迷惑を掛けても仕方ないと思わせてしまう「恋の病」のおそろしさには、恋愛取締局犯罪対策課として目を瞑るわけにはいかない。


「恋愛禁止条例に従い、悪いが逮捕させていただく!」


俺は力任せに男女二人の腕を取り、もう二度と手と手が離れないよう手錠を掛けた。


カチリッ、という小気味の良い音が聞こえ、自死を望んだ容疑者二人の確保が完了した。


その後、安全を重視して幼馴染みの萩斗に連絡し、これまた自動操縦システムを駆使したパトカーが俺たちの乗る大型トラックを取り囲んだ。


やはりトラックの運転手は学園都市の例に漏れず学生であり、ただ事件に巻き込まれただけの彼はブレーキを踏み、困惑とも不安ともいった表情を見せていた。


一つの手錠で繋がれた二人はまるで最期の言葉を交わすようにお互いの気持ちを吐露していたが、やがて連行の時がやってきた。


「おーい、フレディー、萩斗ー!」


透明翼プテロン・ステルスを備えた犯罪者護送用ヘリコプター「スカイエア」。


その自動操縦席から拡声器スピーカーを使って俺と萩斗に呼び掛けるもう一人の幼馴染み。


瑠加るか・エバーフィールドがパトカーを誘導灯にした広大な自然公園に降り立ったのは、彼女が「スカイエア」に着陸命令を出した後のことだった。


「よーよーお二人さん、任務のほうはどうよー?」


知り合って十年ほどになる瑠加が俺と萩斗の肩を同時に叩き、仕事を終えた幼馴染みが報告をする。


「見ての通りだ。今回はフレディに手柄を取られてしまった」


「なになに悔しいのー? 悔しいんでしょー?」


「悔しくなどない! ただこいつらのアクティブさに付いていくことが出来なかっただけだ。断じて悔しいわけでは……!」


「負っけ惜しみー」


「くっ……!」


瑠加がひとしきり萩斗のことを詰ると、彼女は俺よりも少し小さい身長を屈ませ、小首を傾げながら言った。


「おつかれさま! ……大丈夫? ヘリの中で報告は聞いていたよ。なんでも容疑者とトラックの荷台の上で格闘戦をしたとか」


「ああ」


恋愛局の白を基調に赤のラインが入った俺の制服の襟を正してくれる瑠加に、容疑者ハンプトンとの戦いでぼろぼろになった俺は、仕事仲間としての発言をする。


「萩斗はあまり役に立たなかったけれどな」


はははっ、と俺の台詞に笑う瑠加。軽口を言われた当の本人は腕を組み、「ったく……」とやはり悔しそうに俺たちから目を逸らしていた。


「それじゃあ私は容疑者を警察に連れて行くね。シュウちゃんも次こそはがんばるのだぞ?」


そう言って瑠加は手錠を嵌められた二人に付き添い、カップルを「スカイエア」に乗る係員へと引き渡した。


彼女は俺たちと同い年ながらも無翼機自動操縦士の資格を取り、今では恋愛局のパイロットとして欠かせない存在となっている。


男二人を置き去りにぐんぐん成果を出している瑠加は実に尊敬できる仕事仲間であり友達だ。


俺と萩斗は空を見上げ、瑠加と捕まえた男女を見送ると、恋愛取締局犯罪対策課としての仕事を終えたのだった。

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