第75話『君は次元を越えた』
9月3日、月曜日。
曜日の関係で、今日から2学期がスタートする。夏休みが2日間増えたと思うと得した気分になるけれど、月曜日がスタートというのは気持ち的にキツい。せめて、この残暑が解消されて涼しくなってほしいものである。
「あっつーい。気温は夏と変わらないから、まだ夏休みであってほしいよ」
「咲希ちゃんの言うことに賛成。暑いときはのんびりするか遊ぶかだよね!」
「さっちゃんやめーちゃんの言うことも分かるなぁ。暑い日は涼しい部屋にこもっていたいよね」
どうやら、明日香も咲希も芽依もまだ暑いこの時期からの2学期スタートに不満を抱いている模様。3人の気持ちも分かるな。ただ、学校の教室や生徒会室、美術室などの特別教室にしっかりとエアコンが設置されているのでまだマシかな。
「そうだよね。秋ってさ、始まるときは夏のように暑くて、終わるときって冬のように寒いよね。はっきりしないね」
「確かにそうだけど、私は蒸し暑いよりは寒い方が好きだから、段々と寒くなっていく秋は好きかな。それに誕生日が12月の初めだっていうのもあるし」
「12月3日だっけ、明日香の誕生日は。それだったら、私も10月25日が誕生日だから秋はそれなりには好きだよ。体育祭や文化祭っていうイベントもあるし」
「2人とも今年中に誕生日があっていいなぁ。あたしは1月30日だからまだ先だよ」
「一番寒い時期だから凄く先に感じるね。誕生日がある季節って自然と好きになっていくな、さっちゃん。私は12月3日だけど、秋は好きだよ」
「そうなんだね、明日香。あたしは10月25日だから秋真っ盛りだな」
明日香と咲希はチラチラと見てくる。
「……ちゃんと、それぞれの誕生日にはプレゼントを渡すから楽しみにしてて」
「ありがとう、翼! 楽しみにしてるよ!」
「つーちゃん、ありがとう。3ヶ月後が楽しみだな」
明日香はともかく、咲希は11年ぶりなので忘れてしまわないようにスマートフォンのカレンダーに書いておこう。
そういえば、一昨日から平成最後の秋が始まったのか。受験もあるしあっという間に過ぎていくんだろうな。文化祭や体育祭、生徒会選挙など学校でのイベントは盛りだくさんだけど。あとは咲希の誕生日か。今年は寒さと共に受験が近づいてきていると思いながら過ごしていくんだな。
一昨年や去年の秋はどうやって過ごしていたのか思い返してみたけど、学校関係以外だとバイトかゲーム作りくらいか、あと、一昨年はバイクの免許を取るための講習を受けに行っていたな。果たして、今年の秋はどんな3ヶ月になるのか。
そんなことを考えながら、僕らは4人で登校し、昇降口で芽依と別れて3人で3年1組の教室へと向かう。
「おっ、3人ともおはよう、遅刻せずにちゃんと来たな」
「みんなおはよう!」
教室には既に羽村と常盤さんがおり、常盤さんは明日香のことをさっそく抱きしめている。そんな常盤さんのことを咲希が抱きしめることに。
「暑いのは嫌だけど、こういうので温かいのは好きだな」
「咲希のおかげで前も後ろもあったかいよ」
「温かいのは私も好きだけど、どさくさに紛れて胸を揉まないでくれるかな、みなみん」
「ふふっ、あったかーい、やわらかーい、いいにおーい」
常盤さん、とても幸せそうな表情を浮かべている。夏休み中も部活はあったけど、今日からまた明日香と一緒に学校生活を送ることができるのが嬉しいのかな。
「女子3人は仲がいいな。いやぁ、素晴らしい光景だ」
羽村は満面の笑みを浮かべながら、抱きしめ合っている3人のことをスマートフォンで撮影した。その写真で色々と妄想するのだろう。
「蓮見、女子を見習って俺達もじゃれてみるか?」
「断る」
「ははっ、そうだよな。そういえば、朝霧と付き合い始めて半月くらいになるけど順調か?」
「うん、順調だよ。できるだけ一緒にいるようにしてる。もちろん、そういうときは受験勉強をメインにやっているんだけれどね」
「そっか。朝霧と充実した時間を過ごすことができて何よりだよ」
「ああ。そういう羽村の方は三宅さんとどうなんだ?」
「蓮見と同じように、俺も陽乃とできるだけ一緒にいるようにしているよ。たまに、夕ご飯を作ってくれることもあってさ。陽乃のおかげで、幸せで思い出深い夏を過ごせた」
「僕だって同じだ。明日香と付き合うことになったからか、最高で愛おしい夏になったよ。咲希や常盤さん、羽村達のおかげでもあるけどさ」
「ほぉ、それは親友として嬉しい言葉だ。俺でさえも少し照れくさいから、朝霧はもっと照れくさいかもしれないな」
「えっ?」
羽村にそう言われたので、明日香の方を見てみると、物凄く赤くなった顔をした明日香が僕のことをじっと見つめていた。
「えっと、その……とても嬉しいけど、教室で言われるとさすがに恥ずかしいな」
気付けば、女子を中心にクラスメイトが僕らの方を見ていて。そんな状況に耐えられなくなったのか、明日香は僕のことをぎゅっと抱きしめ、顔を僕の胸に埋めた。
「うおおっ! ついに蓮見と朝霧が夫婦になったぞ!」
「おめでとう、明日香ちゃん! 蓮見君!」
「夏休みの間にそんなことがあったんだ! 2人ともおめでとう! 子供を楽しみにしてるね! あと、咲希はきっとこれからいい出会いがあるよ!」
僕や明日香に対する祝福の言葉や、フラれてしまった咲希に対する慰めと激励の言葉がたくさん出てきて。受験や就活を控えている3年生の教室らしくない雰囲気だけれど、明るく楽しそうなので別にいいか。
「はーい、蓮見君と明日香ちゃんへの祝辞は後でたっぷりと言ってあげなさい。ただ、みんな元気そうで何よりだね。受験や就活に向けてこれから頑張りましょうね。じゃあ、2学期最初の朝礼を始めるよー」
松雪先生のその言葉で、高校3年の2学期が始まった。
月曜日スタートはキツいと思ったけど、今日は授業もなく、始業式とホームルームだけだった。なので、お昼前に終わる。
「そうだ。つーちゃん、さっちゃん。この後、時間大丈夫かな? 大丈夫そうなら、私やみなみんがコンクールに向けて描いている絵を見せようかなって思っているんだけど」
終礼が終わってすぐに明日香がそんな提案をしてきた。
今は午前11時過ぎ。今日は特に用事もないから大丈夫か。
「僕は大丈夫だよ、咲希は?」
「あたしも大丈夫。予備校は夕方からだし」
「俺も行っていいか。生徒会の会議は午後からやる予定だから」
「うん、もちろんいいよ。そうだ、めーちゃんも誘ってみようかな」
「俺も陽乃に聞いてみるか」
明日香が芽依のことを誘うと、今日は月曜日だけど茶道部の活動はなく、絵も気になっているそうなので一緒に見ることになった。三宅さんも羽村と同じ理由で観に来るとのこと。
芽依や三宅さんとは美術室の前で会うことにしたので、さっそく美術室に行くと既に2人が僕達のことを待っている状態だった。
「部員じゃない人にこれから見せると思うと、何だか緊張するね、みなみん」
「そうだね。しかも、明日香は蓮見君の絵を見せるんだもんね。……さあ、みんな。どうぞ」
僕らはまだほとんど生徒のいない美術室の中に入る。ただ、既にいた女子生徒が少し驚いた様子で僕のことをじっと見ていた。
2学期の初日ということもあってか、美術室の中は三脚に絵画が置かれていた。きっと、これらは美術部の生徒が創っている作品なのだろう。
「夏休み明けだから、みんなが作業しやすいようにしてあるんだ。それで、これがあたしがコンクールに出品する作品」
「……これ、別荘の前にあるプライベートビーチから見た景色ですか、美波先輩」
「そうだよ、陽乃ちゃん」
「旅行中に、陽乃先輩や鈴音さんと何度も遊んだので私もすぐに分かりました。いい景色でしたよね」
たくさん遊んだ芽依や三宅さんがすぐに反応した。そういえば、この景色は常盤さんにとって思い出深い場所だって言っていたな。その話を知っているからか、柔らかくて優しい感じがしてくる。
「ねえ、翼。これ……」
「……例の僕の絵みたいだね」
常盤さんの隣は明日香の席らしく、三脚には……シー・ブロッサムで接客している僕の絵が飾られていた。描かれている僕が笑顔だからなのか、少し照れくさくも思えて。色も塗ってあるので、これでコンクールに出品しても良さそうな気がする。
「これがコンクールに出品する予定のつーちゃんの絵です。以前、学校帰りに行ったときにデジカメで撮った写真を基に描いたんだ」
「そうなんだね。僕が言っていいのか分からないけれど、よく描けていると思うよ」
「翼の言う通りだよ。一発で翼だって分かったし、制服姿もよく似合ってる。翼はシー・ブロッサムのバイトが好きだったんだって思えるし、そんな翼のことが明日香は大好きなんだってことがとてもよく伝わってくる」
「……そう言われると凄く照れちゃうな」
明日香は顔を真っ赤にしながらも嬉しそうな笑みを浮かべている。きっと、僕のことを想いながらこの絵を創っていっているんだろうな。あぁ、照れくさい。
既にここに来ている女子生徒が僕のことを見て驚いた理由は、この絵のモデルだって分かったからだったんだ。
「この絵を描いているときの明日香は、桜海川の絵を描いているときとは比べものにならないくらいに楽しそうに描いているよ」
「常盤のその話が納得できるくらいに、この絵には蓮見への愛情が注ぎ込まれているな。この絵の中に蓮見が生きているような気がするほどだ。蓮見、朝霧のおかげでお前は次元を超越したな」
「次元の超越は大げさな気はするけれど、明日香の抱く僕への想いっていうのはこの絵を見ると凄く伝わってくる。……ありがとう、明日香」
「いえいえ。こちらこそ、素敵な姿をありがとう。つーちゃんの絵を描こうって決めたとき、どれがいいかなと思って写真を見ていったら、シー・ブロッサムでバイトしていたときの写真が一番いいな思えたの。だいぶ完成に近づいているから、出品までにちゃんと仕上げて、またつーちゃんに見せるね」
「楽しみにしているよ」
僕は明日香のことを後ろから抱きしめて、彼女の描いた僕の絵を一緒に見る。
シー・ブロッサムで働いていたあの時間が楽しかったな。そんな僕のことが明日香は好きなのだと強く、そして温かく思わせてくれたのであった。




