第73話『恋人としての初夜』
「気持ち良かったね、つーちゃん」
「うん。夏でもお風呂って気持ちいいよね」
「そうだね。でも、その後の冷たい麦茶を飲んだときはもっと気持ちいいよ」
「確かに」
お風呂から出た僕と明日香は、冷たい麦茶を持って明日香の部屋に戻る。冷たい麦茶を飲むと気持ちいいし癒やされていく。
「明日香、髪を乾かすよ」
「うん、お願いします」
ドライヤーと使って明日香の髪を乾かしていく。
洗ったばかりということもあってか、櫛がすっと通って、柔らかくて。芽依の髪もいいけど、明日香は特別に思える。今すぐにでも顔を埋めたいくらいだ。
「素敵な髪だな」
「……ありがとう」
「あっ、声が漏れていたんだ。恥ずかしいな」
「ええっ、恥ずかしがることないのに。本当に嬉しいよ」
すると、明日香はゆっくりと振り返ってにっこりと笑った。そんな彼女の前髪も乾かしていく。可愛い顔なのでどんな髪型がいいかなと思うけど、やっぱりいつもの髪型が一番いいなと自分の中で勝手に結論づけた。
「よし、これでいいかな」
「ありがとう、つーちゃん。じゃあ、今度は私がつーちゃんの髪を乾かすね」
「うん、お願いします」
僕は明日香に髪を乾かしてもらうことに。ドライヤーの温かな風が心地よくて、また眠くなってきたぞ。
こうやって誰かに髪を乾かしてもらったのもひさしぶりだな。家に帰ってきてから、懐かしい気持ちになることが多い。それらのことが、これから少しでも『普通』にすることになっていければいいなと思う。
「このくらいでいいかな、つーちゃん」
「うん。ありがとう、明日香。……お礼って言えばいいのかな。明日香とキスしたい」
何度もキスしているのに、してみたいって言ってみると意外と気恥ずかしい。
「つーちゃんから言ってくるなんて珍しいね、嬉しい。……もちろんいいよ。私も……つーちゃんとキスしたいって思っていたから」
「……ありがとう」
僕は明日香のことをそっと抱きしめてキスする。
シャンプーとボディーソープ、明日香自身の混ざった匂いが香ってきて本当にドキドキする。寝るまでの間、ずっとこのままでいたいくらいだ。
唇を離すと、明日香はうっとりとした表情を浮かべて、
「ねえ、つーちゃん。今夜は……キスで終わらないよね?」
甘い声で僕にそう言ってきた。
「……どういうこと?」
本当はその言葉を言われた瞬間に、明日香が僕とどんなことをしたいのかはっきりと分かった。ただ、恥ずかしがる明日香の顔が可愛らしくて、わざとそんな言葉を言ってみた。
「え……ええと、最後までしようってことだよ。恋人の営みって言えばいいのかな? ……つーちゃん、本当は私が何をしたいのか分かっているんじゃない?」
「……実はすぐに分かった。でも、今の明日香も可愛かったから、つい。あと、夫婦の営みは聞いたことがあるけれど、恋人の営みっていうのは初めて聞いたよ」
「……つーちゃんのいじわる。あと、間違いくらい誰にだってあるよ。でも、つーちゃんとは、その……絶対に結婚したいし、恋人の営みでも間違いじゃない気もする」
すると、明日香は不機嫌そうな表情を浮かべて少し頬を膨らませる。
「からかいすぎた。ごめんね」
そう謝って、明日香のことを抱きしめ頭を優しく撫でる。
すると、程なくして明日香は笑みを浮かべて、
「そんなに気にしていないよ。だから、最後までしよう? つーちゃんのことをもっと感じたいから。つーちゃんに私のことを感じてほしいから」
「……いいよ。初めてだけど、明日香に辛い想いをさせないように気を付けるね」
「ありがとう。私も初めてだから、その……一緒に勉強しよう? このことは受験に関係ないけど」
「そうだね。試行錯誤しながらやってみようか」
「うん。じゃあ、そうと決まれば……」
すると、明日香は勉強机の引き出しから小さな箱を取り出した。
「それは?」
「……つーちゃんに付けてもらうもの。で、できちゃわないように。まとめ買いしたんだ」
「そ、そうなんだね。……今後の人生を考えると、とても大切なことだ」
どれだけ僕と営もうとしているのか。実は僕も持ってきているんだけれど、今夜は明日香が用意していたものを使おう。
「……これ、実は旅行の荷物の中にも入れておいたんだ。旅行中につーちゃんと恋人同士になれたときのために」
「な、なるほど。しっかりと準備していて偉いね」
思わず明日香の頭を撫でてしまう。明日香は僕と恋人同士になることができたら、すぐに……営み的なことをするつもりでいたんだな。
「でも、これをつーちゃんに使えるときが来て良かった」
明日香、とても嬉しそうだ。きっと、買ったときに今のような状況を想像していたんだろうな。
考えてみると、明日香って一緒にお風呂に入ろうかって誘うし、寝ぼけて指を舐めたお詫びに指じゃないところを舐めてもいいって言うし……意外と厭らしい女の子だ。
「じゃあ、つーちゃん。……しよっか」
「うん」
それから、僕と明日香は体を介して、何度も深く愛し合った。
初めてということもあって、最初は辛そうにしていた明日香も、段々と幸せそうな表情になっていって。それがとても愛おしく思えて。これまでよりも、これからよりも、今の明日香がとても恋しい。
明日香と何度好きだと言い合い、キスをしただろうか。それは分からないけど、確かなのはこれまでよりもずっと明日香のことを好きになり、愛する気持ちが大きく、そして強くなっているということだった。
「……何度もしちゃったね。私の初めてをつーちゃんにあげられて、つーちゃんの初めてをもらえた。とっても幸せだよ」
「僕も明日香のおかげで幸せだよ。……気持ち良かった」
「凄く嬉しいな。私も気持ち良かったよ。つーちゃん、上手だね」
「……相手が明日香だからだよ。明日香以外とはしないけど」
「……照れちゃうな。私もつーちゃん以外とはしないよ、絶対に。それにしても、今日は家に私達しかいなくて良かったよ。たまに凄く大きな声を出しちゃったから」
「それも含めて可愛かったけど」
「……もう、つーちゃんったら」
すると、明日香は僕にキスをしてきた。今夜は数え切れないくらいにしているのに、今の口づけでまたドキドキしてきて。
「つーちゃんとしたことで、より離れたくない気持ちが強くなったよ。つーちゃん、お互いに第一志望の大学に合格できるように頑張ろうね」
「そうだね。僕は理系の学部を第一志望にするから、今まで以上に頑張らないといけないな」
「来年の受験での合格はキツそうな気もするけど。里奈先生が言っていたように、つーちゃんは頭がかなりいいから合格できそうな気がする」
「さすがに文系学部よりはキツくなると思うけど、数学と英語と国語、地歴公民は授業や夏期講習で対策をしてきたし、物理や化学は2年までの教科書やノートを軽く見返したらすぐに思い出せたから、これからしっかりと対策を取れば何とかなりそうな気もする」
物理は好きだし、化学も嫌いではないから。とりあえず、夏休み中はこの2教科を中心に勉強していこうかなと思っている。
「つーちゃんが何とかなりそうだって言うと、本当何とかなりそうだなって思わせてくれるから凄いよ。1年のときからずっと2位をキープしていたからかな」
「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、ちゃんと勉強するよ。大学は違うけれど、一緒に頑張ろうね」
「うん! 今はまだコンクールの作品の制作があるけど、たまには一緒に受験勉強をしてもいいかな」
「もちろんだよ。僕にできることがあれば協力するよ」
「ありがとう」
美術大学の受験はスケッチだけではなく、学科の試験ももちろんある。その部分で明日香のサポートをしていくことができればいいなと思う。
「違う大学を目指すけど、つーちゃんと未来について話せて嬉しいよ」
「そうだね。……ずっと一緒に歩いて行こう」
「うん!」
明日香は嬉しそうな笑みを浮かべて、僕にキスしてきた。
「……今日は花火大会にも行ったし、ベッドの上でたくさん体を動かしたからか眠くなってきちゃった」
「そっか。僕も疲れたな。でも、心地よい疲れだよ」
「私も。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
明日香は僕の腕をしっかりと抱きしめてゆっくりと目を閉じる。それから程なくして気持ち良さそうな寝息を立て始めた。
「……寝顔も可愛いな」
毎晩見たいくらいだ。何も衣服を着ていない彼女の姿はとても艶やかで。ただ、体が冷えて風邪を引いてしまわないように、彼女の肩までふとんを掛ける。
「おやすみ、明日香」
明日香の額にキスをして、僕もゆっくりと目を瞑る。明日香の柔らかさと温もりを肌で直に感じて。甘い匂いも強くしてきて。今夜はとてもいい夢を見ることができそうな気がする。そこに明日香が出てくれると嬉しいな。
色々なことがあって、とても愛おしく大切な一日となった今日は、明日香の隣で静かに終わるのであった。




