第67話『打上花火-前編-』
8月18日、土曜日。
今日は朝からよく晴れている。天気予報によると桜海市は多少、雲が広がる時間があるものの雨が降る心配はないという。これであれば、桜海川での花火大会は今夜、予定通りに開催されるだろう。
日を跨いでからベッドに入ったけれど、明日香に告白すると思うと緊張してあまり眠れなかった。それでも、不思議とあまり眠くはなかった。
今日も夏期講習はあるけれど、受講している講義の関係で正午過ぎには終わった。
「う~ん、今日も終わったぁ」
「お疲れ様」
「今夜は花火大会だし、明日は講義もないから結構な開放感だよ」
「ははっ、そっか」
旅行に帰ってきてからはずっと、夏期講習があったからな。開放的な気分になる咲希の気持ちも分かる。
「そういえば、翼。進路を決めたからか表情がいいね」
「そうかな。その進路のことを考えると、これからはもう、咲希とは一緒に夏期講習を受けることはないかもしれない」
「……そっか。もしそうなったら寂しくなるな。でも、あたしはあたしで頑張るよ。だから、翼も勉強を頑張ってね」
「ありがとう」
「でも、まずは今夜だよね! 明日香に頑張って気持ちを伝えないと」
「そうだね。明日香からの告白の返事だけど、こっちから告白するくらいのつもりで明日香にしっかりと気持ちを伝えるよ」
「……うん。頑張れ!」
そう言って、咲希から背中を思いっきり叩かれる。痛いけど、そのおかげで今からある緊張が解けてシャキッとなった気がする。
咲希と一緒に予備校を後にする。
「花火大会、楽しみだなぁ。小学1年生のときに一度だけ行ったよね」
「そうだね。あのときは小さかったから蓮見家、有村家、朝霧家の3つの家族みんなで行ったか」
人がとても多かったこともあってか、迷子にならないように明日香と咲希はずっと僕の手を強く握っていた気がする。
「みんなで行ったよね。お父さんとお母さんに色々なものを買ってもらって、本当に楽しかった。花火も綺麗だったし。あのときと変わっていなければいいけど」
「変わっていないのもいいけど、新鮮な気持ちでお祭りや花火大会を楽しむのもいいと思うけどな。咲希にとっては11年ぶりだし、小学1年と高校3年じゃ受ける印象も違いそうな気がするよ」
僕は毎年行っているけど、今年は咲希や鈴音さん、三宅さん、先生も一緒だから新鮮な気分でお祭りや花火大会を楽しめそうだ。
「言われてみればそうだね。何にせよ、楽しむのが一番いいよね」
「そうだよ。楽しくて思い出深い夜にするためには……頑張らないと」
「翼って意外と緊張しやすいタイプなんだね」
「特に緊張しやすいわけじゃないんだけれど、さすがに明日香のことだとね」
それだけ、明日香に気持ちを伝えることがとても大事なんだって、体でも分かっているんだ。ただ、それは明日香や咲希も通った道だと思う。僕もしっかり言わないと。
「ふふっ、それだけ明日香のことに向き合っているってことだね。翼をそんな風にさせる明日香が羨ましいよ」
「想いを伝えるって緊張するんだね。でも、咲希に伝えたときも緊張したよ。特に部屋で咲希がコーヒーを持ってきてくれるまでの間とか」
「そうだったんだ。あのときは写真を見て笑っていたけれど……」
「それは緊張を少しでもほぐしたかったから。2人の笑顔が僕にとって最高の癒しだから」
「……そっか。そんなことを言われると、いつまでも翼に恋しちゃうな」
咲希は白い歯を見せてにっこりと笑った。今夜、明日香に想いを伝えて彼女も、今の咲希のような笑顔になってくれると嬉しいな。
午後は家で両親に新しく決めた進路のことについて伝えた。
この時期での進路変更を認めてもらうのは難しいかと思ったけど、行きたい進路が見つかったのだから頑張りなさいと言ってもらえて安心した。
その後に松雪先生にも同じことを伝えると、担任として精一杯にサポートすると言ってくださった。本当に有り難い。
あと、明日香に何を伝えたいのかを纏めるために今一度、気持ちを整理した。スマートフォンに保存されている彼女の写真を見ながら。
段々と日が傾いてきて、茜色の陽差しが部屋の中に入ってくるようになった。
――コンコン。
ノック音が聞こえる。時計を見てみると午後5時半過ぎなので、芽依の仕度が終わったのかな。
扉を開けると、そこには赤地に白い花柄の浴衣を着た芽依が立っていた。
「おっ、可愛いね。よく似合っているよ」
「ありがとう、お兄ちゃん。これ、明日香ちゃんからもらった浴衣なんだ」
「……どおりで見覚えのある浴衣姿だと思った。浴衣、一人で着られるようになったんだね」
「最後にお母さんに確認してもらったけど。お兄ちゃんは今年も普段着で行くんだ」
「浴衣も悪くはないけど、これが一番落ち着くんだ」
「……そっか。今日は明日香ちゃんに大事なことを伝えるし、普段通りの格好の方がいいかもしれないね」
芽依、ニヤニヤしながら僕のことを見ているぞ。花火大会のときに明日香に想いを伝えることを知っているせいか、今朝からずっとこんな感じだ。
「今はいいけど、明日香の前では変な表情は見せないでね。まあ……明日香はあまりそういうところは鋭くないけど」
「ふふっ。気を付けますよ。……応援してるよ、お兄ちゃん」
「ありがとう」
そういえば、花火大会で明日香に想いを伝えることを最初に伝えたとき、みんな芽依のように応援するってメッセージをくれたな。
常盤さんの提案で、告白する場所は花火を見る際に常盤家が貸し切っている高台に決定。みんなで会場に行き、それぞれ散らばり、僕と明日香が最初に高台に行って明日香に決断したことを伝えるという流れだ。明日香の想いは既に分かっているけど、上手くいくといいな。
――ピーンポーン。
インターホンが鳴る。明日香や咲希が来たのかな。
「行こうか、お兄ちゃん」
「ああ」
芽依と一緒に玄関に行って扉を開けると、そこには青地に水色の花柄の浴衣を着た明日香と、緑地に白いストライプ柄の浴衣を着た咲希が立っていた。
「こんばんは、翼、芽依ちゃん」
「こんばんは、つーちゃん、めーちゃん」
「こんばんは。明日香も咲希も浴衣がよく似合っているね」
「そうだね。さっき写真を見たんだけど、特に咲希ちゃんは11年前と比べて本当に美人になった!」
「ふふっ、ありがとう、芽依ちゃん」
「確かにさっちゃんは浴衣美人だね」
明日香も咲希も本当に浴衣姿が似合っている。この浴衣姿の明日香に告白するのか。絶対に忘れられない夜になりそうな気がするよ。芽依が2人の浴衣姿の写真をスマートフォンで撮っているので、僕も便乗して撮影する。
「そういえば、翼は普段着なんだ」
「うん。ここ何年かはずっとそうだよ。じゃあ、少し早いけれど桜海駅に行こうか」
「そうだね、お兄ちゃん」
僕らは常盤さん達との待ち合わせ場所である桜海駅へと向かい始める。月影さんは準備のために例の高台におり、現地で落ち合うことになっている。
陽もかなり傾いており、湿度もそんなにないので風が心地よく感じられる。ここ1週間は朝晩が涼しい日も増えてきて、秋の気配が感じられるようになってきた。
「雨も降らず、しかもちょっと涼しくて最高だね、明日香」
「そうだね、さっちゃん。まさか、高校最後の夏にさっちゃんと一緒に花火大会に行けて嬉しいよ」
「……あたしも」
明日香も咲希も楽しそうな笑みを浮かべている。
少し早めに待ち合わせの場所である桜海駅に行くと、常盤さん達が既に到着していた。
「あっ、明日香達が来たよ!」
いち早く気付いたのは常盤さんで彼女がそう言うと、みんなでこちらに手を振った。それに答えるように僕らも手を振る。
まさか、もう全員到着していたとは。常盤さん、三宅さん、鈴音さんは浴衣姿、羽村は甚平姿、松雪先生は学校のときとあまり変わらずロングスカートにブラウス姿だ。
「鈴音先輩も美波も陽乃ちゃんも浴衣姿可愛い!」
「咲希ちゃん達だって可愛いよ」
「そうですね、鈴音さん。先輩方と芽依ちゃん、とても似合っています」
「そうね。咲希が浴衣姿が似合うのはちょっと意外かも」
「ははっ、そうかな。普段はこういう服は着ないからね」
確かに、常盤さんの言うように咲希の浴衣姿が似合うのは意外な感じはする。あと、ポニーテールにしていることで、露出しているうなじにそそられるかな。
「これで全員集合かな、美波ちゃん」
「はい。凛さんは花火を見学する高台で準備していますから」
「そうか、分かった。確か、花火の開始時間は確か午後7時からだっけ?」
「そうですね。お祭りはもうスタートしているので、午後7時までは縁日を楽しんで、7時になったら貸し切った高台から花火を見ましょう」
僕の希望としては想いをきちんと伝えて花火を堪能したいから、告白まではあと1時間くらいか。そう考えると途端に緊張してくる。
「じゃあ、その流れにしようか。みんなで会場に行って、そこから午後7時までは自由に行動しようか。それぞれ、やりたいこともあるだろうし」
そう言って、先生は僕のことをちらっと見て微笑んでくる。しっかりとやれよということだろうか。一応、計画としてあの高台には僕と明日香の2人で行くことになっており、そのときには明日香以外のみんなに連絡を入れる予定になっている。
僕らは9人でお祭り兼花火大会の会場である桜海川へと向かう。桜海市で最大の夏のイベントということもあってか、明日香達のように浴衣を着る人がたくさんいる。羽村のように甚平を着る人も意外といて。
会場に到着するとたくさんの人で賑わっていた。
最初は9人で屋台を回っていたけど、集合したときに花火大会まで自由に回ろうと言ったこともあってか、回り始めてすぐの段階で僕、明日香、咲希、常盤さん。羽村と三宅さん。芽依、鈴音さん、松雪先生の3組に分かれることになった。
「ある程度の時間になったら、明日香と2人きりにするからね。そうしたら、高台に行って明日香に想いを伝えるんだよ。みんなへの連絡はあたしからしておくから」
「分かったよ、常盤さん」
「うん。告白のシーンを見たいから後からついていくよ」
ということは、みんなに見守られながら、明日香に想いを伝える可能性もあるのか。告白するつもりなのは既にみんな知っているしそれでもいいけれど。
「どうしたの、みなみん。つーちゃんとコソコソ話して」
「たくさん人がいるから、明日香や咲希のことを気に掛けないとダメだよって。特に明日香ははぐれちゃうかもしれないから」
とっさの機転で常盤さんがそう言うと、明日香はクスクスと笑う。良かった、怪しまれたかと思ったよ。
「そうだね。私、昔ほどじゃないけど迷子になりやすいし。さっちゃんは……あれ? さっちゃんはどこ?」
まさか、さっそく咲希が迷子になってしまったのか?
周りを見渡してみると……いた。近くにあるたこ焼き屋さんの屋台でたこ焼きを買っている。咲希、今日をとても楽しみにしていたけれど、その理由の一つは屋台だったか。
「たこ焼き買ってきた!」
「美味しそうだね。食べ物に目を眩むのは分かるけれど、迷子にならないように気を付けようね、さっちゃん」
「分かった! ……うん、美味しい! みんなも食べて」
僕達は咲希からたこ焼きを一つもらうことに。確かに美味しい。
そんな咲希に先導されたこともあってか、食べ物系の屋台を中心に回っていくことに。回った屋台全てで買ったわけじゃないけど、咲希が気前よく分けてくれることもあって意外とお腹に溜まってきている。
明日香への告白の時間が刻一刻と迫ってきているので緊張はするけれど、3人が楽しそうにしている姿を見ると気持ちが落ち着いていく。
「そうだ。花火を見るときに何か食べ物があった方がいいよね」
「そうだね、みなみん」
常盤さんが「花火を見る」という言葉を発したので、僕は腕時計で時刻を確認する。今は6時40分過ぎ。ついにそのときが来たか。
「今からでも凛さんに連絡すれば用意してもらえるけど、せっかくのお祭りだから自分で買った方がいいよね。それに、大食いの咲希もいるし」
「確かに何か食べながら花火を見たいよね。まだまだ食べたいし」
咲希はそう言うけれど、既に屋台で色々なものを買って食べていたような。さすがは大食い。ただ、お祭りのときって意外とたくさん食べられるよな。
「咲希とあたしで食べ物を買うから、明日香と蓮見君でいつもの場所へ先に行ってくれるかな」
そう言うと、常盤さんは僕らにウインクしてくる。
「分かった。じゃあ、明日香、一緒に行こうか」
「うん。じゃあ、さっちゃん、みなみん。また後でね」
僕は明日香と手を繋いで、常盤家が貸し切っている近くの高台に向かって歩き始めるのであった。




