第58話『線香花火』
お昼ご飯のときに、明日香と常盤さんが仲直りしたことを伝えると、嬉しそうにする人もいればほっとする人もいた。ちなみに、お昼ご飯は月影さんが腕によりを掛けて作った醤油ラーメンだった。美味しかったな。
午後になると僕は咲希や羽村と一緒に受験勉強をし、明日香と常盤さんは昨日のようにスケッチをすることに。心なしか昨日よりも捗ったような気がする。
そして、今夜が最後の夜ということで、芽依と三宅さん、鈴音さんが買ってきた花火を浜辺でやることにした。
「綺麗だね、つーちゃん、さっちゃん」
「うん」
「そうだね、明日香。花火するの懐かしいなぁ」
そういえば、咲希とは1年間しか一緒にいなかったけど、夏休みにはちゃんと花火をやったな。しかも、それぞれの家の庭で。
「会長。この花火をくっつけたら何色になるんでしょう?」
「おっ、それは面白そうだ。やってみようじゃないか」
羽村と三宅さんは本当に仲良くしているなぁ。花火よりも熱いんじゃないだろうか。2人の世界ができあがっている気がするので、あまり触れない方が良さそうだ。ヤケドしそう。
「あっ、点いた! うわあっ! このネズミ花火凄い!」
「思ったよりも動きが激しいですよ、鈴音さん!」
「いざとなったら、そこに水がたくさんあるから飛び込んじゃえば大丈夫だよ」
「それは名案です! さすがは美波先輩!」
芽依や常盤さん、鈴音さんはネズミ花火か。みんなはしゃいでいるな。常盤さんも元気になって本当に良かったよ。
あと、あのネズミ花火がこっちに来ないかどうかが心配だ。いざとなったら、常盤さんの言うように、本当に海へ飛び込むか。
「まさか、この歳になって大勢で花火をやるとは思いませんでした」
「そうですね、里奈様」
「ただ、子供の頃は派手なやつが好きだったんですけど、大人になると線香花火が凄くよく思えてきました」
「ふふっ、そうですか。私も線香花火は大好きです。楽しそうにしている美波お嬢様のことを見ながらする線香花火は格別です。ここ何年かしていなかったので、何だか今がとても幸せです。忘れられない夏になりそうです」
「凛さんは本当に美波ちゃんのことが好きなんですね。……私もみんなのおかげで忘れられない夏になりそうです。平成最後の夏でもあるので尚更」
大人の女性である松雪先生と月影さんは線香花火か。花火の光のおかげか、2人がやけに艶っぽく見えるな。
2人が線香花火をしている姿を見ていたら、僕もやりたくなってきたな。今持っている花火ももうすぐ終わりそうだし。
花火の火が消えると、線香花火を1本取って、サマーベッドに座って線香花火をすることに。みんなとワイワイするのもいいけど、こうして静かに花火を眺めるのもいいな。個人的には線香花火が一番好きだったりする。
「隣、座ってもいいかな、つーちゃん」
線香花火ばかりを見ていたからか、気付けば火の点いていない線香花火を持った明日香が僕のすぐ近くやってきた。
「うん、いいよ。明日香」
「ありがとう。さっちゃんはロケット花火が気になるんだって」
「そっか」
咲希らしい感じもする。見てみると、芽依や常盤さん、鈴音さん達と一緒にはしゃぎながらやっているな。
「火、もらうね」
「いいけれど……線香花火で点くのかな」
「きっと点くって」
明日香は僕のすぐ側に座って、線香花火の先端を僕の線香花火にくっつける。すると、すぐに明日香の線香花火も点いた。
「ほら、点いたでしょ」
「よく点いたね。こうやって一緒に花火をすると、小さい頃のことを思い出すな。僕らが小学生くらいのときまでは夏休みになると芽依、明日香のお兄さんと一緒にどっちかの家の庭で花火やったよね」
「うん。もちろん、あの年の夏はさっちゃんも一緒だった」
「ああ。ただ、あのときも咲希は芽依と一緒にワイワイとやって、それを少し離れたところでこうやって線香花火をしながら見ていたよな」
「ふふっ、そうだった」
咲希と花火をしたことは遠い昔の思い出になっていた。まさか、11年ぶりにまた一緒にできるなんて。しかも、旅行先で。世の中、思いもしないことが起こるな。
「綺麗だね、線香花火。つーちゃん、線香花火が一番好きだよね」
「ああ。打上花火とか派手なヤツもいいけれど、一番好きなのは線香花火だよ」
「……私も線香花火が一番好き。今みたいにつーちゃんと一緒に線香花火をするのはもっと好き」
えへへっ、と明日香は優しい笑みを浮かべる。2つの線香花火の光だけでも彼女の輝かしい笑顔ははっきりと見えた。
「……つーちゃん、ありがとね。つーちゃんも関わっていたのに、私とみなみんのことで色々と話を聞いてくれて。本当にありがとう」
「お礼を言われるほどじゃないよ。でも、常盤さんと仲直りできて良かった」
その言葉を言われたとき、少し寒気がした。明日香の笑みが段々と遠ざかっていくような気がして。
「みなみんと喧嘩した後、みなみんへの怒りもあったけど、凄く遠くに行っちゃうような気がして寂しかった。来年、みなみんは東京の大学を受験するし、きっと合格もするだろうから。このままみなみんの後悔を桜海や夏山に残したくなくて。もちろん、できるだけ早く仲直りしたいとは思っていたんだ。でも、みなみんがどんな顔をするのか恐くて、私も逃げていたんだ。時間が解決してくれればいいなって甘えている部分も正直あった」
「でも、今朝……僕と部屋で話したときは、常盤さんのことを真っ直ぐと見つめていた気がするよ。だから、常盤さんも謝りたい気持ちがあれば、仲直りする日も近いって思えたんだ」
「だけど、ここまで早く仲直りできて、午後に楽しくスケッチをできたのはつーちゃんのおかげだって思ってる。だから、お礼を言わせて。ありがとう」
「お礼を言うのはこっちだよ。きっかけは明日香と常盤さんとの喧嘩だったけど、僕も自分の甘さに気付くことができたから。こちらこそありがとう」
「……何だか複雑な気分だなぁ」
そう言いながらも、明日香はどこか嬉しそうだった。
「……そうだ。つーちゃん、私、この旅行を通して決めたことがあるんだ」
「うん」
そして、明日香は僕のことをじっと見つめて、
「私、みなみんと同じように、東京にある美術大学を第一志望にすることに決めたよ」
僕にそう言ってきたのだ。普段のように話すけど、今の声にはとても力が込められているような気がして。その決意は確固たるものであるとすぐに分かった。
「……そっか。決めることができたんだね」
「うん。だから……もし、つーちゃんが桜海大学に受験して進学することになったら、来年から離ればなれになっちゃうね」
「……そうだね」
その瞬間、僕の持つ線香花火が消えてしまった。そのことに何とも言えない気分になって。明日香の持っている線香花火はしっかりと点いていた。
「つーちゃんの消えちゃったね」
「……ああ」
「きっと、この線香花火みたいに私達が一緒に過ごす高校生活もいずれは終わるんだよね。来年の3月で、自然と終わっていく。できれば、つーちゃんとはそれ以降も、違う大学になってもいつも会える関係でいたいなって思ってる。それはとんでもないわがままだけどね。もちろん、つーちゃんの目指したいことを全力で応援するから」
「……ありがとう」
明日香のいつもの優しく可愛らしい笑顔を見た瞬間、明日香の持っている線香花火も消えてしまった。
「あぁ、私の方も消えちゃった。線香花火持って来よっと。つーちゃんはどうする?」
「じゃあ、お願いしてもいいかな。なかったら、別にいいから」
「うん、分かった」
明日香は小走りで咲希達のいる方へと向かっていった。行き先は見えているのに遥か遠くに行ってしまうような気がして、彼女に向かって手を伸ばそうとした。
明日香と常盤さんは一緒に東京にある美術大学に受験すると決意した。咲希は桜海大学に、羽村は東京にある大学の法学部を目指して1学期からずっと頑張って勉強している。
じゃあ、僕の目指したいものって何なのだろう。
今まで桜海大学の文学部を第一志望にはしてきたけど、そこへの道が見えなくなってしまった。それどころか、僕はどこにも行けないような気がして。今まで築き上げてきたものが、どんどん崩れていくのが分かる。
僕だけがここで立ち止まってしまったような気がした。常盤さんも、羽村も、咲希も、明日香も、自分の目指すところに向かってしっかりと歩いていっている。
「まだまだ線香花火あったよ。はい、つーちゃん」
「……ありがとう」
再び、明日香は僕の隣に座ってきて線香花火を1本渡してきた。
明日香の笑顔はすぐ近くにあるのに、腕や脚が触れて温もりだって感じているのに。まるで、それが夢のように思えてしまって。
僕のことを明日香はちゃんと見えているのだろうか。そんなことを彼女に訊けるはずもなくて。これが夢でもいいから、彼女の笑みや温もりに触れていたい。
さっきの線香花火よりもだいぶ早く、火が消えてしまうのであった。




