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第54話『仲直りする方法』

 リビングに戻ろうと1階に降りようとしたとき、リビングからカレーと野菜スープ、麦茶を持っていこうとする月影さんと出くわした。


「常盤さんに持って行くんですか?」

「ええ。食欲はあまりないですが、少しは食べておきたいということで。ただ、リビングには明日香様がいるかもしれませんし、みなさまにご迷惑を掛けてしまって気まずいので、自分のお部屋で食べたいと言われまして」


 常盤さんも食欲が多少あるだけで、明日香と同じような感じか。


「そうですか。明日香の方は食欲が全くないので、何か食べたくなったらそのときには連絡するという形にしました。今は部屋でゆっくりとしています」

「分かりました。とりあえず、私はこれを美波お嬢様のお部屋に持って行きます。みなさまは既にリビングで朝食を食べていますので、蓮見様も」

「はい」


 とりあえず、僕も朝食を食べよう。

 リビングに戻ると、咲希達7人は楽しそうに朝食を食べていた。カレーの匂いがさっきまであまりなかった食欲を湧かせてくれる。


「翼、明日香はどうだった?」

「今は食欲がないから、食べたいときには一言言うって。あと……旅行中なのもあって、常盤さんだけじゃなくて僕らに迷惑を掛けているとも思っているみたいで。それの気まずさもあるみたい」

「明日香も同じような感じか。美波もあたし達に罪悪感があるみたいで。美波の場合はまだ少しは食欲があって部屋で食べるみたい」

「さっき、部屋に食事を持って行く月影さんと会って、その話を聞いたよ。そういえば、月影さんと一緒に作った野菜スープはどうかな?」

「すっごく美味しいよ! あたし、おかわりしたもん」

「ははっ、今日もいつも通り咲希は食欲旺盛だなぁ。でも、嬉しいよ。僕も朝食を食べようかな」


 咲希の屈託のない笑みを見ると、ちょっと疲れが取れた気がする。さっきの明日香の口づけのときも同じような感じだった。これが好きな人が持っている力なのかな。

 僕はチキンカレーと野菜スープをよそって、指定席となった咲希の隣の席へと運ぶ。

 普段なら僕の隣に明日香、更に隣に常盤さんと並んで座っているけれど今は空席。2席並んで空席だとやけに寂しさを感じる。


「いただきます」


 僕も朝食を食べ始める。一晩経ったカレーって一段と美味しくなるんだよな。


「……美味しい」


 やっぱり、昨日の夜ご飯のときよりも美味しくなってる。月影さんと一緒に作った野菜スープも飲んでみるけど、こちらも美味しくできている。


「ひさしぶりに見たよ、翼の笑顔」

「えっ?」


 気付けば、僕のすぐ側で咲希がにっこりと笑っていた。


「咲希は……いつも以上にいい顔をしているね」

「ふふっ、ありがとう」

「ただ、僕も普通に笑顔は見せていたと思うけど……そうじゃなかった?」

「少なくとも、昨日の夜に明日香と美波のことを話に行ってからは見せてなかったよ。月影さんと話しているときに微笑んでいたくらいで」

「……そっか」


 少なくとも、月影さんと話していたときは普通に笑っていたような気がしたけど。それは僕の勘違いだったのか。


「しかし、これで朝霧や有村の元気を取り戻し、2人が仲直りする方法が見えてきたような気がする」


 羽村はいつもの落ち着いた笑みを浮かべながらそう言う。そういえば、朝、僕の部屋から立ち去る間際に、2人が仲直りできる方法を考えてみるって言っていたっけ。


「あの後、部屋で考えたり、蓮見や月影さんが2人を呼びに行っている間に7人で話し合ったりしたのだが、具体的な方法はあまり思いつかなかった。とりあえずは2人の様子を見守りつつ、俺達はそれぞれのことをするのがいいんじゃないかって」

「僕もそれが一番いいと思うけど。2人が少しでも元気な様子を見せたら、話を聞いて僕らに何ができるか考えればいいんじゃないかな」


 2人とも、自分達の喧嘩で迷惑を掛けたと思っている。それなら、僕らは今日やろうと思っていたことをなるべく普段通りにやるのが一番いいんじゃないだろうか。


「蓮見もそう考えるか。今、カレーを美味しそうに食べる蓮見を見て、2人の好きな料理やお菓子を作れば元気になるんじゃないかと思ったのだが……」

「宗久会長の考えもいいとは思いますけど、美波先輩はまだしも食欲が全くない明日香先輩にはキツいかと。昨日のパンケーキのように作ればいいですけど、2人のために作ったら気を遣わせたと思って、ますます罪悪感を膨らんでしまう可能性もありそうです。もちろん、好きなものを食べて元気になることも十分にあると思います」

「なるほど。陽乃の言うことも分かるな。2人の食欲がある程度戻ってからやった方がいいかもしれない」


 食欲が出てくれば、それも効果がありそうだ。月影さんも常盤さんの小さい頃、お姉さんと喧嘩したときは好きなお菓子を作ってご機嫌を取っていたと言っていたし。


「お菓子作戦……私はとてもいいと思っております。すぐに食べるのではなくても、お二人が好きなお菓子を私が買ったり、作ったりしておきましょう。さて、私も朝ご飯をいただきましょう」


 気付けば、月影さんはリビングに戻ってきていた。お菓子があると分かるだけでも、2人も元気になるかもしれない。

 彼女はカレーとスープをよそい、僕の隣の席に座った。チキンカレーを一口食べる。メイド服を着ているからか、何だか非現実的な光景だ。


「あら、このカレーはとても美味しいですね」

「あたしと陽乃ちゃん、芽依ちゃんの3人で作りました」

「そうなのですか。辛さがしっかりとありますが、鶏肉の旨みや牛乳のまろやかもあって食べるのが止まらないほど美味しいです」


 月影さんはパクパクとカレーを食べている。そんな彼女のことを、カレーの作り手である芽依、三宅さん、鈴音さんは嬉しそうな様子で見ていた。


「そうだ。私は仲直りの方法として、肝試しなんていいんじゃないかなって思ったよ、お兄ちゃん」

「き、肝試し?」


 どういう発想で、芽依は仲直りをするのに肝試しがいいと考えたんだろう。


「うん。明日香ちゃんと美波ちゃんをペアにして、肝試しに参加させて怖い想いをさせれば喧嘩したことなんてどうでも良くなって、気付けば距離が縮まって……みたいな。吊り橋効果ってあるじゃない」

「吊り橋効果っていう理論はあるけど、それって怖い状況の中で出会った人に対して、恋愛感情を抱きやすくなるっていう話じゃなかったかな。ただ、怖い体験を一緒に乗り越えられれば、仲直りできる可能性はあるかもね」


 ただ、どちらかが逃げたりして、より険悪なムードになってしまうリスクもあるけど。常盤さんは分からないけど、明日香は心霊系があまり得意な方ではなかった気がする。


「まあ、先生だったら裸のお付き合いってことで、女の子なら一緒にお風呂に入れば大抵は一発で仲直りできるかな……」

「それは里奈さんの場合じゃないですか? でも、一昨日も昨日も、明日香ちゃんと美波ちゃんは特に仲良くお風呂に入っていましたから、いい雰囲気にはなれそうですね。夏でもお風呂は気持ちいいですし」


 昨日の朝も明日香と常盤さんは一緒にお風呂に入りに来たほどだ。2人とも気持ち良さそうに入っていたし。いい方法かもしれない。

 それにしても、お菓子に肝試しにお風呂か。みんな色々と仲直りのきっかけを考えてくれている。ただ、それらは今はやらずに今後の2人の様子次第かな。


「そういえば、みんなは今日、どんなことをするつもりでいるのかな? 先生は別荘でのんびりするしようかなって思ってる。もちろん、昨日みたいに勉強で分からないところがあったら教えるよ」

「それは嬉しいですね。俺はとりあえず、午前中は勉強するつもりです」

「あたしも羽村君と同じかな。昨日は昼ご飯の後から遊んでばかりだったので」

「あたしは昨日の翼君達の話を聞いて、午前中に陽乃ちゃんや芽依ちゃんと一緒に夏山神社と洞穴へ観光しに行こうかなと」


 みんな、旅行だからか何をしようかちゃんと考えているんだな。


「洞穴は結構寒いから羽織るものがあった方がいいかも。翼や凛さんはどうします?」

「そうだな……昨日はあまり眠れなかったし、自分の部屋やリビングでゆっくりするよ。気分転換に何か作ったり、勉強したりするかもしれないけれど」


 あと、明日香と咲希のことについて、少しでも考えを纏められることができればいいなとも思っている。


「私はお屋敷のお掃除と、美波お嬢様と明日香様の様子を見ることですね。あとは、お菓子や昼食を作ろうかと思います。蓮見様、何かあったら遠慮なくお申し付けください。お勉強でも、お料理でも、お買い物でも、海で遊ぶことでもお付き合いしますので」

「分かりました、ありがとうございます」


 といっても、月影さんに付き合ってもらうとしたら、ここで一緒にコーヒーを飲むか、キッチンで何かを作るくらいだろうな。勉強は……教科によっては松雪先生よりも教え方が上手だったりして。ただ、月影さんは常盤家の専属メイドなのだから、あまり甘えてしまわないようにしよう。

 それぞれがやりたいことをやる。それが明日香や常盤さんが元気になることにも繋がると信じて、旅行3日目を過ごすことにしよう。

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