第47話『クールスポット』
参拝した後は受験や健康などの御守を買ったり、おみくじを引いたりした。ちなみに、咲希は大吉で明日香は中吉。先生は小吉で、僕はというと――。
「きょ、凶か……」
人生初の凶を引いてしまった。午後になったら急に曇りだして、寒気も感じるのは全てこのおみくじの前兆だったのかな?
「つ、つーちゃん! 落ち込む必要はないんだよ。凶なんていう滅多にないものが引けたのは、逆に運がいい証拠なんじゃないかな?」
「明日香の言う通りだって! それに、凶のおみくじは気を付けるべきことが書かれてあるから、その通りにすればいいことが来るって前に友達から聞いたことあるよ」
「それに、凶なのは今日だけじゃない? 凶だけに!」
松雪先生のダジャレを聞いた瞬間、全身に悪寒が走ったような気がした。洞穴に入ったら凍え死ぬんじゃないだろうか。
「本当にごめん、蓮見君。担任として、一人の大人として……落ち込む若人に笑いを提供したかったんだけど、やっぱりスベっちゃった」
「気にしないでください。その気持ちは十分に伝わってきましたから。それに、凶を引くなんて平成最後の夏がより思い出深くなりそうですから」
とにかく、書かれてあることを読まないと。
勉強は……『一層の努力が必要』か。受験勉強は頑張らないとダメか、やっぱり。健康や旅行などを見てみると……どれもこれも『十分に気を付けよ』とか『たくさん努力せよ』ということしか書かれていない。
そして、恋愛については、
『どんな状況になってもよく考え必ず決断せよ』
と書かれてあった。今のところは平和だけど、よく考えた上で決断しないといけないってことなんだな。心に留めておこう。
「あそこでおみくじを結ぶところがあるけど、つーちゃんはどうする?」
「僕は持っておく。御守みたいに日頃から持っておきたい」
「分かった。じゃあ、私達だけで結びましょう」
運勢が良かった3人はおみくじを結びに行く。
まだ、明日香か咲希のどちらと付き合うかはっきりと決められていない。ただ、いずれはこういう風に過ごせなくなるような気がして。おみくじに書いてある通り、よく考えて決断しないと、気付いたときには2人とも僕の側から離れているかもしれない。そういう事態にだけにはならないようにしなければ。
「結び終わったよ、翼。さあ、例の洞穴に行ってみようよ!」
「そうだね。でも、涼しいを通り越して寒いくらいだから覚悟した方がいいよ」
「うん!」
暗い所が好きなだけあって凄く楽しそうだな、咲希。
僕らは夏山神社のすぐ側にある夏山洞穴へと向かう。今はそこまで暑くないものの、夏休みのお盆ということもあってか、神社よりも人が多いな。スマホで調べてみたら、夏山町のクールスポットとして紹介する記事がいくつもヒットした。これもあって、夏山町の人気の観光地の一つになったのかな。
入洞料金は、中学生以上は300円だけど、松雪先生が僕ら3人の分も払ってくれた。太っ腹だけど、言ってはいけない気がした。そう思う中で、咲希が「太っ腹!」と言って、松雪先生に苦笑いを提供する結果となった。
前に人もいるのでゆっくりとしたペースで夏山洞穴へと向かう。入り口は狭いので一列になり、咲希、明日香、僕、先生の並びで中へと入っていく。
「うわあっ、結構寒いね! でもワクワクする!」
「チケット売り場の近くにあった案内板に、洞穴の中は大体15℃から17℃くらいって書いてあったよ、さっちゃん」
「それなら結構寒く感じるわけだ。多くの人が来るのも分かる気がするよ。明日香、腕を組んで歩こう」
「うん、いいよ」
「……あったかい」
中の通路は広くなっていることもあって、明日香と咲希は腕を絡ませながら歩いていた。
半袖のYシャツだと結構寒く感じるな。所要時間は10分って書いてあったけれど、前方には人もちらほら見えるし、もうちょっとかかるかもしれないな。外に比べたら暗いとはいえ、所々にライトがあるので歩く分には問題ない。
「ひゃあっ!」
背後でそんな女性の声が聞こえた瞬間、僕の背中には温かくて柔らかい感触が。
ゆっくりと後ろに振り返ると、そこには怯えた様子の松雪先生がいた。
「先生、どうしたんですか?」
「ご、ごめんね、蓮見君。頭に冷たい水滴が落ちてきたからそれに驚いちゃって」
「そういうことですか」
それは人によってはかなり驚くな。僕の頭にも冷たい水滴が落ちた。耳をすませば、人の声に混ざって水滴が落ちる音が聞こえるな。
「案内板には水滴が落ちることがありますって書いてありましたね」
「地面も湿っているし、よく落ちる場所なのか所々に水たまりもありますね」
「……そうなんだね。あと、さっきは言わなかったけど、私も明日香ちゃんと同じく暗いところはあまり得意じゃないんだ」
思い返せば、散歩中にこの洞穴の話をしたとき、先生はあまり顔色が良くなかったな。あれは寒かったからじゃなくて、暗い洞穴が怖かったからだったんだな。
「そうだったんですね。じゃあ、手でも繋ぎますか? 先生さえ良ければ咲希みたいに腕を組んでもかまいませんよ」
「その気持ちは嬉しいけど、明日香ちゃんや咲希ちゃんがいるところでやっていいのかなって。あと、教師としてその……」
「そうですか。ただ、前に来たときは先生と同じように、暗いのが苦手な芽依が僕の腕にしがみついて離れなかったので」
「なるほどね。さすがは女性慣れしているだけある……」
女性慣れなのかなぁ。洞穴じゃないけれど、別の暗い場所では明日香にしがみつかれた経験もあるから、女性慣れというよりはしがみつかれ慣れの方が正確かも。
「私は先生がつーちゃんにしがみついても何とも思いませんよ。こういうところが怖くてしがみつきたくなる気持ちも分かりますし」
「むしろ、翼と手を繋いだり、腕を組んだりしてもらった方が安全じゃないかと。地面も濡れているんで下手するとスベって転んじゃうかもしれませんし。既に先生はダジャレを言ってスベってますけど。あっ、何だかより寒く感じてきた」
「……咲希ちゃん。後で覚えておきなさい。じゃあ、2人がそう言ってくれるなら……手を繋いでもいいかな、蓮見君」
「ええ、いいですよ」
僕は松雪先生と手を繋ぐ。寒いのか、それとも怖いのか、はたまた緊張しているのか先生の手が震えていた。
「先生、手を繋いでいますから大丈夫ですって。僕らの前には明日香や咲希がちゃんといるんですから」
「う、うん。そうだね」
僕らは再び洞穴の中を歩き始める。何だか、ようやく洞穴に来たって感じがしてきた。
「先生、歩きづらくはないですか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう。あと、蓮見君の手って温かいね。安心する」
「そうですか。先生の手からも強く温もりを感じていますよ」
「……そっか」
松雪先生から笑顔を見られて良かった。今は先生ではなくて、27歳の大人の女性って感じがするな。
「何だかいい雰囲気だよね、明日香」
「そうだね、さっちゃん。昨日は酷く酔っ払ったとはいえ、つーちゃんのお部屋のベッドで一夜を明かしているし……」
「油断できないね」
僕が先生と手を繋いでいても何とも思わないんじゃなかったのか。2人にとっては色々と思うところがあるんだろう。
「後ろをチラチラ見ながら歩くと危ないよ」
僕がそう言うと明日香と咲希は前を向くようになってくれた。それと同時に先生の手の握り方が強くなった気がする。
それからは先生の温もりを常に感じながら、出口まで歩き続けるのであった。




