第24話『お見舞い』
羽村がいなかったけれど。普段とほとんど変わりなく今日の授業はつつがなく終わった。今日返却された期末試験もどれも高得点だったので安心した。
放課後。
明日香と美波は部活があるために終礼が終わるとすぐに教室を出て行く。2人とも、コンテストに出品するための絵画の制作を頑張っているそうだ。先週と先々週は期末試験で活動停止中だったことで、描きたい欲が溜まっていたらしい。
「さてと、今日もどこかでお昼ご飯を食べて一緒に帰ろうか」
「ちょっと待って、翼」
「うん。どうかした?」
「……羽村君のために、あたし達にできることは何かないかって考えているんだけど」
真剣な表情で僕のことを見つめながらそう言った。一度目が合うとしっかりと視線を鷲掴みされるというか。彼女に引き込まれる感じがする。そして、懐かしくも思えて。
「学校に来ているならともかく、体調を崩して欠席しちゃったからね。僕も……何かができればいいなとは思っているよ」
もちろん、そっとしておくことも、僕らにできることの1つだと思っている。ただ、咲希はそう思っていないんだろうな。
「どうしたの? 急に笑って」
「笑ってたか。小さい頃から咲希は変わっていないなと思って。誰かのことを想って、進んで行動しようとするところが」
「そ、そうかな」
「うん。あのときの咲希を見ているようだった。背も高くなって、綺麗な女性になったけれど、10年前の面影があるって分かって僕にとっては嬉しいよ」
「……そっか。そう言ってくれるとあたしも嬉しい」
すると、咲希の表情が緩んでいき、ニヤニヤとした顔になる。昔から爽やかな笑顔はよく見せていたけれど、今みたいな顔にはならなかったな。
「よし、そうと決まれば、一緒に羽村の家へお見舞いに行くか。確か、お腹は壊していないみたいだから、栄養のあるものを途中で買っていこう」
「そうだね、翼」
できることが見つかったことが嬉しいのか、咲希は元気さを取り戻す。転入して1ヶ月ほどしか経っていないのに、僕の親友のことで色々と考えてくれるなんて。
「ありがとう、咲希」
気付けば、そんなことを呟いて咲希の頭を優しく撫でていた。
すると、咲希は頬を赤くし視線をちらつかせて、
「教室じゃなかったら、きっとキスしてたよ」
そう呟くと足早に教室を出て行ってしまう。僕はすぐに彼女のことを追いかける。
「咲希、待って」
「……ごめん。こうでもしないと、嬉しすぎて本当にキスしちゃいそうだったから。さすがにみんなの前でするのは恥ずかしい」
好きだと告白はできてもキスは恥ずかしいのか。どんな基準で線引きされているのかはさておき、そんなところも咲希の可愛らしさの1つだと思っている。
「さっ、一緒に行こうよ。途中でお昼ご飯を食べてさ」
「そうだね」
すると、咲希は僕の手をぎゅっと掴む。ついさっきまで恥ずかしそうにしていたからか、その手はとても熱い。
僕と咲希は学校を後にし、羽村の家へ行くためにまずは桜海駅の方へと向かう。その途中、駅の近くにある定食屋さんでお昼ご飯を食べた。
「何だかこうしていると、東京にいた頃を思い出すよ」
咲希がそう呟いたのは桜海駅のホームで電車を待っているときのこと。僕と目が合うと彼女は嬉しそうに笑った。
「東京にいたときは高校まで電車通学していたんだね」
「うん。といっても、15分くらいだったけどね。あたしが住んでいるのは八神市っていう郊外だから、神奈川にある天羽女子にも近かったんだ。ちなみに、ここから桜海大学前駅までも15分くらいだからちょうどいい感じだった」
「そうなんだね。僕なんて電車をあまり乗らないから、15分乗るだけでもちょっと遠いところに行くって感じるよ」
「それ分かる。あたしも天羽女子に通い始めたときは、高校が遠く感じたから。しかも満員電車だからさ……」
「そうなんだ。それを平日は毎日体験するのは辛そうだ」
数えるほどしかないけれど、僕も人生の中で満員電車を経験したことがあるけれど、あれは心身共に疲労が溜まる。学校や会社に行くときに満員電車に乗ったら、それだけで疲れて勉強や仕事に集中できない気がする。
そんなことを話していると、桜海大学方面の電車がやってきた。
乗車するとお昼過ぎという時間帯もあってか、空席があるほどに空いていた。僕と咲希はさっそく隣り合って座る。ただ、羽村の家の最寄り駅は隣の桜海川駅なので、こうしているのは数分もない。
「こうしていると、まるでデートみたいだよね」
「確かに。行き先は羽村の家だけど。電車もそんなに乗らないからデートのように感じるのかも」
「ふふっ、デートだったら……もっとくっついてもいいよね?」
すると、咲希は腕を絡ませて僕の肩にそっと頭を乗せてくる。人は少ないけれど、こういう場で僕とベッタリくっつくことはできるんだな。多少の気恥ずかしさはあるけども、車内が涼しいこともあって咲希の温もりが心地よく感じる。
ただ、そんな穏やかな時間もすぐに終わって僕らは桜海川駅で降車。途中のコンビニでスポーツドリンクや、消化の良く栄養のある食べ物を買って羽村の家に行く。
これまでに何度も行ったこともあるし、お見舞いに来たことを伝えると羽村のお母さんは嬉しそうに迎え入れてくださった。
「羽村、どうだ?」
「具合はどうかな?」
羽村の部屋に入って小さな声でそう言うと、ベッドで横になっていた寝間着姿の羽村はゆっくりと僕らの方を見る。
「……蓮見に有村か。処方された薬を飲んでつい10分くらい前まで眠ったから、朝に比べるといくらかマシになった。ただ、体はかなり熱いし、今もこうして横になるのが一番楽に思えるよ」
「そうか。少しでも良くなっているなら良かった。お腹は壊していなさそうだったから、コンビニでスポーツドリンクとカステラを買ってきた」
「……おお、両方好きなものだ。ありがとう」
口元だけだけど、羽村は静かに笑った。
「何か、羽村君……寝間着を着ていて、メガネを外しているからかいつもと雰囲気が違うね。意外と爽やかっていうか」
「ははっ、そうか。そういえば、メガネを外した姿を有村に見せたのはこれが初めてか。メガネがなくても本を読んだり、勉強したりすることに支障はないんだが、メガネをかけている方が落ち着くからな。風呂と寝るとき以外は基本かけてる」
そういえば、僕もこれまでにメガネを外した羽村を見たのは、夏の旅行で海に入ったときや、修学旅行で同じ部屋で眠ったときくらいか。
「あと、フィギュアとかポスターが多いね」
「ああ。推しているキャラのフィギュアは買ったんだよ。ポスターは漫画とかを購入した特典が多いけど、あの絵は蓮見に描いてもらったんだ」
「へえ、とても上手だね! 結構可愛い女の子だね」
「だろう? 蓮見の絵は俺好みだ」
「これは綾香ちゃんか。アニメにもなったラブコメ漫画のヒロインで、羽村にとって人生一番の推しキャラなんだ。描いたのは高校1年のときだったかな」
物腰の柔らかい穏やかな女の子で、主人公に対して一途に深い愛情を抱いている。羽村曰く、ヤンデレとも受け取れる行動を取るのがたまらなく好きらしい。
「あっ、このポスターの子のゴスロリワンピースのコスプレはしたことある」
「へえ、有村がコスプレなんて意外だな」
「確かに、僕もそう思った」
咲希は女子としては背も高いし、美人なのでコスプレをするなら男性キャラクターのイメージがある。
「中学まで一緒だった同い年の友達がコスプレ好きで。都心の方でやっているこの作品のオンリーイベントで一緒にコスプレ参加したんだ。最新刊まで読んでいる作品だから、コスプレも楽しかったよ」
そういえば、咲希の部屋の本棚に漫画が綺麗に並べられていたな。受験勉強の気分転換に恋愛系の少女漫画を読ませてもらっている。
「そうなのか。有村とも漫画とかの話で盛り上がりそうだ。これは朗報だ」
ここにも同志がいたと分かってか、羽村は部屋に入ってから一番嬉しそうな表情に。あとでコスプレの写真があったら見せてもらおうかな。
「体調を崩していても、クラスメイトの顔を見ると元気になれるものだな。昨日は家に帰ったら、妙にほっとしてしまったけれど」
「やっぱり、三宅さんのことを考えていたのか?」
「ああ。生徒会室にはもちろん三宅の姿があって。他のメンバーもいるから、普段通りに接することさえも難しかった。四六時中、彼女のことばかり考えていて……昨日はあまり眠れなかった。そうしたら、今朝になって体調が崩れてしまったんだ」
「そうだったんだな」
三宅さんにフラれ、彼女のことを色々と考えたことによる心の疲れと、それに伴う寝不足で体調を崩してしまったんだな。
「しかし、こうして家で静かな時間を過ごしていても、三宅のことが頭に浮かんでくる。それだけ、彼女のことが好きなんだと思い知らされるよ。昨日も言ったかもしれないが、告白する前よりもその想いは強くなっている。あと、さっきも夢の中で、ナース服姿の三宅と綾香ちゃんが俺のことを看病してくれたんだ……」
「……三宅さんへの好意の深さが色々な意味で分かったよ」
気持ちがネガティブな方向ばかりに進んではいないと分かって安心した。あと、夢や妄想は次元を超越するんだな。
「三宅もそうだけど、生徒会のみんなはしっかりと仕事をしているだろうか……」
「きっと大丈夫さ。ちなみに、クラスはいつも通りだったよ。今日返されたテストは全部、羽村が100点で1番だと先生が言っていた」
「……そうか」
はあっ……と羽村は大きく息を吐いた。
「ねえ、羽村君。今、これを訊いていいのかどうか分からないけど、今でも三宅さんと恋人として付き合いたいって思ってる?」
さっきまでとは違い、咲希は真剣な様子で羽村にそう問いかける。フラれてもなお、三宅さんに好意を抱き続けている。それなら、三宅さんと付き合いたい気持ちも持っているのかということを咲希は知りたいんだと思う。
羽村は僅かに口角を上げて、
「今も三宅と付き合いたいと思っているさ。三宅が他に誰か好きな人がいたり、付き合っている人が実はいたってことが分かったりしたら、そのときは諦める。でも、そうじゃないなら諦められない。だからこそ、きっと……思い悩んで、体調を崩してしまったのだと思っているよ。いつかはけじめを付けなきゃいけないことも分かっているけれどな。生徒会もあるし、受験もあるし。いつまでも体調が悪いままではいけないって」
これじゃ生徒会長失格かもな、と羽村は苦笑いをしていた。
「ただ、それだけ三宅が本当に好きなんだって思う。あの綾香ちゃんよりも。次元問わず俺にとって三宅が一番に好きな人だ」
小さな声だったけど、僕達のことを見てそう言う羽村はとても立派な人間に思えた。そして、生徒会長として相応しいとも思った。
「そうなんだね。教えてくれてありがとう、羽村君」
「気にしないでいい。友人に自分の想いを口にすると、心が軽くなる。話していたら喉が乾いてきたし、お腹も空いてきた。2人が見舞いで持ってきてくれたものをいただこうかな」
「ああ」
少量ではあるけど僕と咲希で羽村にスポーツドリンクを飲ませて、カステラを食べさせた。そうしたら眠くなったということなので、僕らは羽村の家を後にしたのであった。




