転の巻
滅びた村を後にしようとした時、空に雷鳴が轟いた。一雨くるな…桃太郎はそう思い崩れかけた家の中に避難しようとした。
その瞬間、一本の光の線が地上に落ちる。桃太郎はあまりの衝撃と光に目を手で覆い、その場で動きを止めた。
「はっはっはっ、お前が新しい桃太郎かぁっ」
雷が落ちた場所に目を向けると1人の…いや一体の鬼がたっていた。深紅の体に逆立つ金髪。下顎から生えた2本の牙がその攻撃性を表していた。太い両腕も同じ様に攻撃性の現れだろう。
「フウが風から聞いた情報で来てみたが…」
鬼は桃太郎を舐め回すように目で品定めした。
「…ほう、なかなか強そうだ。俺の名はライ…いや今は雷鬼か。雷神の力、とくと味わうがいい」
雷鬼が片手を天に掲げると、たちまち雷鳴が轟き始める。
「まずわ小手調べ」
雷鬼が軽く手をふると雷が一本の線となり桃太郎に降り注ぐ。
「うわっ」
桃太郎は素早くかわし体制を立て直すと、力いっぱい踏み込んだ。
「うりゃぁ」
一気に雷鬼に詰めより刀を降り下ろすがすんでの所で空を切る。
「あっぶねぇ。まじでお前なかなかやるじゃねぇかっ」
上空に浮かんだ自分専用の雲に飛び乗った雷鬼は驚いた様に桃太郎を見つめた。それもそのはず、今まで雷鬼に挑んだ人間はほとんど最初の一撃で死んでいたからだ。ましてや反撃など…
「こいつは久しぶりに戦いがいがありそうだ」
雷鬼は戦闘狂だった。内に秘めていた暴力という欲が雷神の力を得る事により爆発したのだ。三人の鬼達が『桃太郎伝説』を世に広めた理由として雷鬼の戦闘狂の部分がおおいに関係あった。
「そいじゃぁいくぜぇ」
突然、雷鬼の背中に複数の太鼓が現れる。バチを持った雷鬼はその太鼓を何度も叩いた。
「まずいっ」
崩れかけた家の中に身を隠していた犬が飛び出し、桃太郎に鋼鉄の盾を使う様に促す。
「ん?」
雷鬼は突如現れた一匹の犬に視線を奪われる。
(犬?…まじか)
激しい衝突音と共に鋼鉄の盾が何度も発光する。驚くことに桃太郎は降りそそぐ何本もの雷を全て防いでいたのだ。
「…おいおいまじかよ」
雷鬼は桃太郎の反応速度に度肝を抜かれた。雷鬼は太鼓を叩く手を止めると何かを考え始めた。
(桃太郎と名乗る奴は今までたくさんいたが…だれも動物なんか連れてなかった…そりゃそうだ動物からしても鬼との戦いなんて嫌に決まってる。…なら自ら進んで戦いに参加するあの犬はいったい?それに奴の強さ…人間のそれじゃねぇ)
雷鬼の動きが止まった瞬間を見計らって隠れていた二匹も崩れかけた家から飛び出す。どうやら猿は雉の背中に乗っているようだ。
「なっ」
(猿と雉まで?)
猿は雷鬼に飛び移り右腕を掴むと、渾身の力をこめて握り潰す。
「ぐぁっ」雷鬼は苦悶の表情を浮かべ猿を引き剥がすと、地面に向けて投げつけた。
「危ないっ」
すんでの所で桃太郎が受け止める。その瞬間、桃太郎の背筋に冷たいものが走った。
「てめぇらよくも…俺の腕を…」
まさに鬼の形相となった雷鬼の背中の太鼓がパッと消え、目の前に巨大な太鼓となって現れる。
「俺を本気で怒らせやがって」
左手でバチを持つと、凄まじい力で太鼓に叩き突ける。雷鬼が太鼓を何度も叩くと突如空が漆黒の雷雲に覆われ始め激しい雷鳴が轟だした。
「この一撃はでかいぜぇ」
渾身の力をこめて太鼓を叩いた瞬間、巨大な雷の線が桃太郎を襲った。桃太郎はとっさに鋼鉄の盾でそれを防いだ。が、その一撃はあまりに強力っ。鋼鉄の盾はドロドロに溶けてその場に崩れ落ちてしまった。
「嘘…」
3匹の動物達は目を見開いて呆然としてしまう。まさか鋼鉄の盾を溶かすとは思っていなかったようだ。
「次で終わりだ」
雷鬼はニヤリと笑うとさっきと同じ様に太鼓を激しく叩き始め、漆黒の雷雲をさらに大きくしていく。まずいっ。桃太郎はそう思った。しかしその瞬間、2匹の動物が動きを見せる。猿を乗せた雉が空に羽ばたき、空中で猿が雷鬼へと飛びかかる。さらに雉は雷鳴が轟く雷雲の中に突っ込み、死に物狂いで旋回を続けた。
「バカなっ」
雉が巻き起こす旋風により雷雲が散り散りに吹き飛び、おどろき固まる雷鬼の隙をついた猿の体当たりにより、雷鬼は雲から転げ落ちた。
「桃太郎さんっ。このチャンスを逃さないでっ」
犬がそう叫ぶと同時かそれよりも早いかのタイミングで桃太郎が踏み込み、雷鬼に向かって刀を振り抜いた。
「まさか人間に…」
鋭い太刀音が響き渡り、真っ赤な血を吹き出しながら雷鬼が倒れていく。桃太郎の一撃は確実に雷鬼の命を断っていた。
桃太郎は刀に付いた血を振り払うと鞘に納め、雷鬼の死体に目を向けた。その瞬間、何かが地面に落ちる音がして桃太郎は音の元に振り返った。…地面に落ちて来たもの、それはこと切れた雉だった。雷がはしる雷雲の中を感電しながら旋回したのだ無理もなかった。
「ありがとう…」
桃太郎は頭を下げ。猿と犬は悔しそうに泣き、歯を食い縛った。
その後彼らは雷鬼の死体と雉の死体を地面に埋めると、手を合わせその死を弔った。「立ち止まってはいけない」犬と猿の言葉を聞いた桃太郎は旅を続ける事にした。
場所はかわり鬼ヶ島。風からの知らせを受けたフウが兄の死を知りその場に崩れ落ちた。すぐさまそれはゴウへと伝わりゴウも驚きを見せる。
「ライが人間に負けた?神器の力を使わなかったのか?」
「いや、使っていたそうです」
「雷神の力を使って人間に負けるなんて、そんなことありえるか?」
「普通はありえない…しかしあいつなら…」
フウはある人物を頭に思い浮かべた。しかしそれを感じとったゴウがそれを否定する。
「奴は死んだ。俺たち3人が殺しただろう?」
「しかしっ、もし完全に死んでなかったら?それに死体はあのあとなくなっていた。誰かが助けたってことも…」
「…あの傷で助かるとは思えないがな…」
ゴウはあの日の事を思い出す。木の中から見つけたそれを渡した後、ゴウ達は桃太郎の死体があったはずの場所に戻った。戻ったはずだった。しかし死体はそこになかった。周りを見渡しこの場所で間違いないと確認した3人は顔を見合わせた。何か予想外の事が起きているのでは、3人は大きな不安を胸に覚えたのだった。
「しかし、今回ライを倒した奴はガキなんだろ?あれから約15年何にもなかったじゃないか…それが今さら、もし現れたのが奴なら30代のはず…」
「…それはそうですが…もし私たちが持ってる姿を変える神器の様に年齢を変える神器があったら?」
「…そんなもの聞いたこともねぇ…」
瞬間、ゴウはあることを思い出す。
「そういえばヨクサイ村の奴ら何か奉ってたな…あれが神器なら…」
「そうですよ…我々に入れ知恵した奴が言ってたでしょう。昔に神器を作ったって…しかも今回の奴も3匹のお供を連れてるみたいです」
「…くそっ…まじかっ」
まさか桃太郎が生きている?ゴウは頭を抱えた。どう対応するべきか悩み、まずは弟であるライの弔いを考える。
「おいフウ。まずはライの弔いだ…あの墓に入れるもんはないが死を弔ってやらねぇと」
しかしここでフウは予想外の返答をする。
「何を言ってるんですかゴウ兄さん。今すぐライ兄さんの仇をうつべきです」
「…気持ちはわかるが…少し落ち着け」
「これが落ち着けますか?絶対に許さない」
「冷静沈着がお前の売りだろ?風に当たって頭を冷やせ」
「ゴウ兄さんが行かないなら私一人でも行きますからっ」
ゴウの制止も虚しく、フウは鬼に姿を変えると鬼ヶ島から飛び立っていった。
「まったく…せっかちな奴だ…」
ゴウは椅子にどかっと座りため息をついた。
そして場面は戻り、桃太郎達が先程の村を出て数時間ほど。2匹は鋼鉄の盾が無くなった事に頭を抱えていた。
「桃太郎さん…次の攻撃…どうやって防ぎましょう…」
なんとか避けるよ…桃太郎はそう答えた。しかしそう上手くいくのか2匹は心配でたまらなかった。
「やはり…何か盾になる物を…」
犬がそこまでいいかけた時、何かに気づいた様に鼻をピクピクさせる。
(まずいっ、この臭いは風鬼か)
突如突風が吹き荒れ、木から葉っぱを奪っていく。
「桃太郎さんっ、鬼が来ますっ」
荒れ狂う突風を身に纏い一体の鬼が現れる。宙に浮かぶその体は真緑で雷鬼とは対象に上顎から2本の牙が生え、金の髪は下に流れている。
「…貴様らがライ兄さんを」
鬼は怒りの表情を見せ両手を胸の前で交差した。
「まずいっ、風鬼の鎌鼬がきます」
「風神の力を思い知れっ」
風鬼が手を一気に外に降ると巨大な鎌鼬が桃太郎達に向かって飛んでいった。
「ぐっ」
桃太郎は驚く事に刀で鎌鼬を受け止め、すかさず反撃に出る。桃太郎に続けと犬と猿も走りだし、風鬼へと迫っていった。
「え?」
突然、右から風鬼の体が消えていった。あまりの事に驚いた桃太郎は切るタイミングを逃してしまう。
「ふふふっ。私の鎌鼬を刀で防ぐとは…やはり普通の人間じゃないようだ。さっきはつい私の臭いを風に乗せてそちらに飛ばしてしまいました。次は気を付けないと」
風鬼は自尊心が強かった。自分を良く見て貰いたい、彼はいつも冷静だがその大きな欲が風神になったことで爆発した。『桃太郎伝説』を世に広めようといったのも風鬼だった。
「私は風を纏い姿も臭いも隠す事ができる。いったいあなた達は何者なんですか?」
犬と猿の表情が一瞬こわばる。風鬼はそれを見逃さなかった。
「やはり何かあるようだ…という事はやはりその子供はあの桃太郎…」
「違うっ桃太郎殿は…死んだんだ」
どこからかわからない風鬼の言葉に猿が泣きそうな声でそう答えた。
「嘘だね。そうでなければライ兄さんがただの人間に負けるわけがない」
風鬼の悲しみにみちた声が聞こえた瞬間、桃太郎の背中から血飛沫きがあがる。
「ぐっ」
苦悶の表情を浮かべた桃太郎は一瞬よろめいたが、直ぐに体制を立て直し刀を構えた。
(やはりこの子供の体は普通じゃない。人間に比べて頑丈すぎる…)
風鬼はそう思い渾身の鎌鼬を桃太郎に喰らわせようとする。その時、風鬼の右足に激痛が走った。
「ぐぁっ。なんだ?いったい何が?」
急いで右足に目を向けるとそこには必死に噛みつく犬の姿が。
「バカな?なぜ私の場所が?」
「犬の嗅覚をなめんじゃねぇ。いくら風で隠そうがお見通しよっ」
風鬼はそこかっと言わんばかりに猿が犬のいる場所に飛びかかる。しかし、突風で弾き返されてしまう。
「くそがぁっ。離せ糞犬っ。ぐぁぁ」
犬の牙がミシミシと食い込み風鬼が悲鳴をあげた。必死に引き剥がそうと犬を攻撃するが犬は死に物狂いで食らいつく。
(桃太郎さん。ここです。風鬼はここにいますっ)
余りの痛みで冷静さを失ったのか体に纏った風が乱れ、風鬼の体が一瞬姿を表した。その瞬間を桃太郎は見逃さなかった。風鬼からの反撃の風をその体に受けながらも急所へと一気に刀を振り抜く。
「く、くそぉ」
血飛沫をあげながらその場に倒れこんだ風鬼は、最後の力を振り絞り鎌鼬を桃太郎に放つ。しかし、とっさに犬がそれを自分の体で受け桃太郎を守った。
「…兄さん…」
風鬼はついに死んでしまう。そしてそれは犬も同様だった。
「…ありがとう」
桃太郎と猿は雉の時同様に彼らの死体を埋め、その死を弔らった。また1人また1人と仲間が減っていくことに不安を覚える桃太郎と猿は、怪我もあってか鬼ヶ島に向かう前にそこで宿を取ることにした。宿といってもただの野宿なのだが…。
数時間すると日も暮れてくる。桃太郎と猿は焚き火をしながら怪我の回復を待つことにした。
「桃太郎殿…お怪我は?」
「なんとか大丈夫…」
桃太郎は背中と胸についた血を拭い、笑ってみせた。
「きびだんごは残っていますか?」
猿が尋ねると桃太郎はうなずいた。
「それは体力を回復することができる神薬が混ざってできています。しかも人生で一度だけ全ての怪我も治す事ができる」
桃太郎は驚いた。怪我を治す事ができるとは…。
「…正直、今すぐ食べて怪我を治してもらいたい。しかしです。もし桃太郎殿が治った後に大怪我をした場合、今度は治す事ができません…」
猿はどうすればいいか悩んだ。そもそも問題は剛鬼の強さにある。3体の鬼の中で剛鬼の強さは頭一つ抜けていた。
「桃太郎殿と俺たち3匹の力を合わせればなんとか倒せると思いました。しかし今となっては俺一匹…」
困っている猿の姿を見て桃太郎が疑問に思っていたことをついに尋ねる。
「君たちはなぜそんなに鬼退治に協力してくれるんだ?命を落としてまですることじゃない。俺1人に任せればいいじゃないか」
「…実は」
猿たち3匹にはずっと秘密にしてきた事があった。情けなさ故になかなか桃太郎にいいだせなかったこと、それは桃太郎の出生におおいに関係あった。
「…いや、この話をするには『桃太郎伝説』から話すべきかもしれません」
「『桃太郎伝説』勿論知っている。酔っぱらい達は鬼のデマだっていうけど…」
「確かに桃から赤ん坊が生まれた。この部分はデマです。しかし桃太郎という人物は確かに存在しました」
「つまり3匹のお供も鬼退治も本当ということだ」
「…」
猿は神妙な面持ちをした。
「確かに3匹のお供はいたそうです。しかし決して善の奴等ではありません」
「?」
「洗脳ですよ…。桃太郎が問答無用で鬼を倒す為の」
「洗脳?つまり鬼は悪じゃないのか?」
「今回戦った鬼は悪でしょう。しかし伝説に出てくる鬼は悪じゃない。ましてや鬼でもない、ただの人間です」
桃太郎は人間という言葉に衝撃を覚えた。なぜ人間を鬼と呼ぶのか衝撃でならない。
「俺たち3匹はもとは人間でした。今戦っている鬼達もそうです。サイユウ村に奉られていた神器の力により姿を変えているのです」
「神器…」
「遥か昔、村に降り立った神の弟子が造ったと言われています。そして神の弟子は二人いて村は2つあった。現在の鬼ヶ島と財宝置き場の島にそれぞれ村があったのです。名前をサイユウ村とヨクサイ村、そう言いました」
猿は少しばかり遠い目をして自分達三人は兄弟でヨクサイ村の生まれだと話した。男2人と女1人の三兄弟。雉が妹で犬が弟だと話す。
「俺たちは村で嫌われていました。父親と母親が村中から嫌われていた。そうなれば子供もそうなります」
「なぜ両親は嫌われて?」
「優し過ぎたからです。まるで欲のないように振る舞う両親に村中が気味悪がった。ヨクサイ村の人間は皆欲が強いんですよ。神の教えを信仰していたために表にはだしませんでしたがね。そもそも心の底から信仰していたのか…」
そして母親は自分が小さい頃に亡くなったと話す。
「でもね母が死んでも父がいた。私たちは優しい父が大好きでしたから。しかしそれも突然崩れ去りました。約50年前になりますかね、当時の村長夫婦から言われて父が村から追い出されたんです。村にはある禁忌があってそれを破るのを封じるため、村人は村外にでることはなかった。追い出されるなんて前代未聞でした」
そして父がいなくなり残った子供。村中からのいじめはどんどん酷くなったと語る。
「そんな状態が20年程続いたある日、村長夫婦が村中に1人の赤ん坊を紹介しました。村長夫婦いわく神様からの子供だと…桃から生まれたのだというのです。後にそれは嘘だとわかるのですが当時の俺達三人もそれを信じました。桃は神の果実ですから…。村長夫婦はそしてこう言ったのです。「この子にサイユウ村を滅ぼしてもらう」と「たがらサイユウ村の人間を鬼だとも教え込め」とも」
普通の村人なら断るだろう、しかし欲深いヨクサイ村の人間達はサイユウ村の財宝欲しさにそれを快く了承したという。そして村人達はあえて自分達の欲深き性格を隠して桃太郎に接する。神を欺くために欲を隠して来たのだこれくらい朝飯前である。
「その日から俺たち三人に対する苛めはなくなりました。神の目から隠れるような苛めまでもなくなったのです。それほどまでにサイユウ村の財宝が欲しかったのでしょう。自分達は素晴らしい村人だと演じサイユウ村の村人は鬼なんだ悪なんだと教え込み、それは桃太郎が15歳になるまで続きました」
「15歳…俺と同じ歳…」
「正直俺たちは桃太郎に嘘を教える事に抵抗がありました。真実を話すべきだ、優しかった父が悲しむそう思いました。…でも…苛めがなくなったから…あの辛い日々がなくなったから…俺たちは嘘をつき続けた…また苛められる日々が怖かったんです。自分を守るためだったんだ」
猿が情けなさそうに涙をながす。それほどまでに苛めがつらかったのだろう。
「そして伝説通り桃太郎は鬼退治に行きます。何も罪のない村人達ともしらずに…俺たちヨクサイ村の人間も桃太郎がサイユウ村の豪傑達を倒した後乗り込みました。そこで見たのはまさに地獄絵図、たまらず財宝を愛でていたヨクサイ村の村長夫婦に桃太郎に真実を話すよう言いました。しかし村長夫婦は桃太郎を後で殺すきだった」
確かにどんなに強くても桃太郎1人、毒殺ぐらいできるだろう。
「俺たち三人はまた苛められたいのか?そう言われ黙ってしまった…情けない話です」
「…その桃太郎っていったい」
桃太郎は尋ねた。猿の話に出てくる自分と同じ名前の人物。彼はいったい…。
「この話にでてくる桃太郎、それは…」
猿はそこまでいいかけ目を見開く。その視線の先は桃太郎の後ろ。
「危ないっ桃太郎殿っ」
猿は桃太郎をとっさに突き飛ばした。桃太郎の体が宙に浮き、少し離れた地面に着地する。
「ちっ、余計な事を…」
桃太郎は目の前に現れた一体の鬼に驚いた。白銀の髪に長い鼻、真っ赤な体をした筋骨粒々なその姿はなんともおぞましかった。
「フウがなかなか帰って来ないと思ったら…まさかフウまでも倒すとはな」
「桃太郎殿…逃げて…」
猿が剛鬼の拳の下で逃げろと促す。しかし桃太郎は剛鬼に斬りかかった。
「おっとっとっ」
剛鬼は軽やかに身をかわしニヤリと笑った。
「ほう。なかなか頑丈な猿だ」
桃太郎はすかさず猿を救い上げ、刀を構える。
「桃太郎殿…逃げてください」
「でも…」
「今のあなたでは勝てません。あなたには足りないものがある」
猿達3匹は桃太郎が滅びた村に着いた直後からずっと見ていた事を告げた。そして後ろから話しかけた後から何度も思った事を告げる。
「俺たち3匹はいつも桃太郎殿を見て思っていました。…桃太郎殿は自分の意思が全くない」
「自分の意思?」
「そう。自分の意思がないから…人に尽くしたり言われた事をただやり遂げるだけ。それは優しさなんかじゃありません。あなたは今、戦うのは運命なんだと思い剛鬼に挑もうとしています。それは無駄死にだ…逃げたっていいんです」
猿はそう告げると桃太郎からきびだんごを1つ貰い、剛鬼に突っ込んで行った。
「きびだんごには神器の力から身を守る力がある。だからこれを食べさせれば」
「人間に戻るってか?がっはっはっ」
剛鬼は飛びかかる猿を吹き飛ばし落としたきびだんごを踏み潰す。
「その袋に入ってるんだな」
すかさず草の団扇を仰ぎ桃太郎に向け鎌鼬を飛ばす。桃太郎はすんでのところで避けるが腰に着けたきびだんごの袋に当たってしまう。
「ナイスショット」
剛鬼はニヤリと笑い散らばったきびだんごを全て踏み潰した。
「がっはっはっ。これでもう俺を人間に戻すことはできねぇ。…さぁ、ゆっくりと料理してやる。ついでにお前らが何者か教えてもらおうか」
「桃太郎殿っ」
桃太郎に近寄り私が止めますと言ってある物を渡した猿は、剛鬼に飛びかかった。
「この雑魚が何度もしつこいっ。…ん?」
「へへ俺の握力をなめんなよ」
猿は剛鬼の両足にしがみつきその動きを止めた。
「は?両手が動けばお前らを倒すのに何の問題もないが?攻撃も防げるし、お前を殺してからそのガキを殺せばいい」
「わかってるさ。桃太郎殿あの町まで逃げるのですっ。あの町なら悪しき者は入れないっ」
「ちっ逃がさねぇよ」
剛鬼が動こうとするが猿の握力がそれを許さなかった。
「桃太郎殿っ早くっ」
悔しそうな表情をした後、桃太郎は振り返り必死に町へと逃げていった。
「そう、それでいいんです…桃太郎殿…」
(あの時は泣いてしまったが…彼ならきっと…)
「余計なことしやがって」
剛鬼は猿を渾身の力で何度も殴り付けるが、猿は決してその手を離すことはなかった。まさに命をかけて桃太郎を守ったのだった。