神中の巻
村に向かった二人の弟子はそれぞれ『サイユウ』そして『ヨクサイ』といいました。海に囲まれた2つの孤島に村があり、彼らはそれぞれまずはそこから神の教えを布教しようと思います。
二人は神々しいまでの光に包まれながら、天からそれぞれ村に降りていきます。その姿を見た村人達はたいへん驚き、神様がやって来られたとパニックになってしまいました。
「おぉ、神様じゃぁ」
村人達はひれ伏します。
〜サイユウ〜
サイユウは村の人間達に言います。
「みなさん、顔を上げてください。私は神の教えを皆さんに布教しにきた者。決して神などではありません」
「神の教えを布教しに?」
村人達は戸惑います。
「はい。宣教師とでもいいましょうか…。私は師である神の教えに深く感銘を受けました。故にそれを皆さんと分かち合いたい。そう思ったのです」
村人達は神の教えはそんなに素晴らしいものなのかとサイユウにたずねます。
「はい。それはもう」
そしてサイユウは神様から聞いた言葉を村人に伝えたのです。
「なんて素晴らしいんだ」
村人は感動して泣いてしまいます。
「よかった。皆さんに神の教えの素晴らしさが伝わったのですね」
「それはもう…。目から鱗、こんなに感動したのは初めてです。これからは教え通り手を取り合い仲良く暮らしていきます」
「それでは欲を持ってはダメですよ。皆に何でも分け与えるのです。それが手を取り合い生きる事につながりますから」
「はいっ」
村人達はサイユウに神の教えを信仰して生きていくと誓いました。その時です。1羽の鳥が1人の村人の肩に止まったのです。
「その鳥は…?」
「友達です」
村人は笑顔でこたえます。
その光景を見てサイユウは気づきます。
(人間同士だけじゃない、他の生き物とも手を取り合い生きる事も大切なのでは?)
そこでサイユウはある物を造り、村に置いて行くことにします。
「宣教師様…これは?」
「これは他の生き物に変身することが出来る道具です。そうすれば他の生き物とも手を取り合い生きる事ができます」
「おぉ、なんと素晴らしい」
村人達はその道具を神器として崇め、大事に保管する事にします。
しかしサイユウはもしもの危険性を考えてある提案をしました。
「たしかにその道具は他の生き物に変身することができます。しかしあまりにも強い生き物に変身してしまった場合、力の欲に溺れ手を取り合い生きる事ができなくなってしまうかもしれません。なので変身できる生き物に制限をかけてもよろしいですか?」
村人達は快く了承します。
サイユウは道具に制限をかけると同時に、村人達に人間として肉体の強さを与えます。
「この強さがあれば他の村や町から襲われることはないでしょう。襲われてしまっては、手を取り合い生きる事ができなくなってしまいますからね」
村人達はサイユウに感謝しました。
こうしてサイユウは1つの村に教えを布教し、様子を少し見守ることにするのでした。
〜ヨクサイ〜
ヨクサイは村人達にいいます。
「私は神ではありません。しかし、その弟子であり、いつか神の座におさまる者。皆さんに敵意はありません」
村人達は驚きます。
「神様のお弟子様がこんな村にどうされたのですか?」
「私は神様の教えを皆さんに布教しにきたのです」
「教え?」
「はい。今の私は宣教師といいましょうか…」
ヨクサイは神の言葉を村人に話しました。すると村人達は感激し、涙をながします。
「なんて素晴らしい生き方だ…我々はこれからその教えを信仰して生きていきます」
「理解していただいてよかったです」
ヨクサイは嬉しそうに笑い、村人達に人間として肉体の強さを与えます。
「これであなた達は普通の人間には負けません。ですから先ほど話した争いながら生きる、これを続ける事ができます。負けてしまっては争いを続けられませんからね」
「おぉっ」
村人から歓声があがります。その時です、1人の老人が口を開きます。
「わしも若ければ戦う事ができるのにのぉ…」
その言葉を聞いたヨクサイは考えました。
(たしかにそうだ。老人達も戦いたいはず、…いやそれは子供だって一緒…)
しかしヨクサイは困ってしまいます。なぜなら人間には寿命というものがあるからです。人間は生まれた時から年齢を重ね死ぬまでの道のりがきまっており、その道のりが事故や戦い病によって短くなる事はあっても長くなる事はないからです。
ヨクサイはこの事を村人に話します。すると村人は驚く事を口にしたのです。
「見た目と体力が変わるだけでいいんです。そうすれば寿命が変わらなくてある日突然寿命に達してポックリ死んでもかまいません」
ヨクサイは驚き、同時に笑います。
「素晴らしい欲です。早速神の教えを実践していますね。そうです。争いながら生きるにはその欲が大切。皆さん、欲を強く持つのですよ」
ヨクサイは満足そうな顔をし、ある物を作ります。それは年齢を変える道具、これを使えば老人は若返り子供は年を一気にとることができてしまいます。
「おぉ、ありがとうございます。我々はこの道具を神器としてあがめ、大切に扱ってまいります」
「素晴らしいですね。それでは皆さん、教え通りきちんと生きるのですよ」
ヨクサイはそう言って天に帰っていき、様子を少し見守ることにするのです。
それからしばらくたって事件は起きます。
神がある日、二人の弟子が自分の教えを布教したという2つの孤島を、何の気なしに天から覗いて見たのです。
なんということでしょう。神は絶句してしまいます。
自分の教えを理解していたと思っていた二人の弟子は、その教えをきちんと理解していなかったのです。
神は二人の弟子を急いで呼びました。
「お主ら、ワシの言った教えをきちんと理解しとるのか?」
「はいっ」
二人の弟子は自分達が理解した神の教えを話し始めます。
「違う、そうではないっ」
神は立ちくらみがしました。サイユウは1つの間違いを、ヨクサイは2つの間違いをしていたのです。
「なんてことじゃ」
神は二人の弟子を連れ、急いで2つの孤島へ向かいます。
サイユウが降りた孤島の村人達はサイユウの名前を借り、『サイユウ村』として生活していました。
「宣教師様…と…」
三人の姿を見た村人達は何事だと驚きます。
「ワシはサイユウの師である」
「つ、つまり、神様?」
村人達はあわてふためきその場にひれ伏します。
「よいよい、顔をあげよ」
神は村人達に顔を上げさせ、サイユウの教えが間違っていたことを伝えます。そして真の教えを伝えました。
「…宣教師様の教えは素晴らしいと思っていました。しかし神様のおっしゃる真の教えはもっと素晴らしい」
村人達は心のそこから感動し、感嘆の声を上げます。
きっと彼らに欲がないからすぐさま真の教えを信仰できるのだろう。神はそう思い安堵しました。しかし次は危ういかもな、そうとも思いました。
そしてサイユウが造った神器を置いていくことにします。彼らならきっと正しく使える、そう確信したからです。
三人はすぐさまヨクサイが降りた孤島に向かいました。
ヨクサイが降りた孤島の村人達はヨクサイの名前を借り『ヨクサイ村』として生活していました。
「宣教師様…と…」
「ワシはヨクサイの師である」
村人達は神様の出現に驚きます。しかし一番驚いたのは神自身でした。
よくよく村の中を見てみると、屈強な若い男と若い女ばかり、そしてたくさんの財宝が積んでありました。
「…なんてことじゃ」
「神様、あなたの教えの通り、争い続けてこんなに財宝をてにいれました。サイユウ村の奴らは強くて無理だけど、他の村の奴らなんて目じゃありませんよ。欲って素晴らしいですね」
神は気絶しそうになります。
「…実はのぉ」
神は村人達にヨクサイの教えが間違っていたことを伝え、そして真の教えを説明します。
「…なんて素晴らしい教えなんだ」
ヨクサイ村の村人達はサイユウ村の村人同様に感嘆の声を上げました。
しかし、神はどこか不安になってしまいます。欲を強く持った彼らが、真の教えを信仰できるのだろうか…そう思ったのです。強い欲とはそれほど恐ろしい物だと神は理解していました。
「お主達はワシの言った教えを心のそこから信仰しておるか?」
「はいっ、もちろん」
村人達は笑顔で答えます。
神は村人達の笑顔に困ってしまいました。正直な話しヨクサイが造った神器を持って帰ろうと思っていたのです。しかし村人は神器を大切に奉っています。それをここで持って帰ってしまっては村人を信じていないも同じ、されど神器を使えるままするにはあまりにも危険。悩んだすえ神は妙案を思い付きます。
「よいか、ヨクサイが造った神器はあまりにも危険じゃ。本来持って帰りたいところ」
「しかし、私達はその神器を信仰の形ある証として大切に奉っています」
「わかっておる。だから神器の力だけは封印する。そしてそれを信仰の形ある証として大切に奉っていくのじゃ」
「…はい」
村人は答えます。
「本来ならその強さもなくしたいところじゃが…そうするとこの村はたちどころに滅ぼされるじゃろう。だから強さは残す、その代わり争うんじゃないぞ?」
「もちろんです。この力は生活の為に役立てます」
神は村人を信じるしかありませんでした。
「…ん…あの子は?」
神は一人の子供に目線を奪われました。にこにこしながら遊んでいるのですが少しばかりどこか違和感を感じたのです。
「ああ、あの子は私の子です。拐ってきた姫様との間に出来た子供で、めちゃくちゃ美人でいてもたってもいられなくて…」
スケベそうな村人が照れながら答えました。
「…その姫様はどうしたんじゃ?」
「もう逃げてしまいました。いつか探しに行こうと思っていたんですがね、神様の教えを聞いてやめることにしました」
「母親が側におらんでさみしかろうて」
神が哀れみの目を向けると子供が「父ちゃんがいるから寂しくないよ」と言いました。
「…そうかよい子じゃのぉ。しかし…」
「…まぁ、その…違和感を感じてるんでしたら…正直…変わってるんですようちの子」
「変わっている?」
「想像以上に強いんですよ」
「おめぇは村で一番弱ぇのになぁ」
「うるせぇっ」
村人達がヤジを飛ばし笑います。
この瞬間、神は気づいてしまうのです。ヨクサイの2つ目の間違いによって生まれた副産物の存在を…。
(これはまずいことになった…欲とはここまで恐ろしいものなのか…)
神は副産物の被害をこれ以上出さないためにある禁忌を考えます。
「よいか?今からお前達にある禁忌を言い渡す」
「禁忌?」
「そう、これは欲が生み出す悲劇、ヨクサイよ。お前が原因でもある」
神の言葉にヨクサイは戸惑います。
「私が原因?」
「うむ、お前が欲を出した事が原因なのじゃ」
ヨクサイは納得がいかないという顔をしました。
「お主には後できちんと説明してやる。しかし村人達よ、お主らは禁忌の理由を知らぬ方がよい」
村人は不思議そうな顔をし「なぜですか」と神にたずねます。
「それは大きな厄が降りかかるからじゃ…」
「わ、厄?」
村人達は驚きます。
「理由を知れば禁忌を破りたくなってしまうかもしれん。しかし破ったが最後、大きな厄がお主らを襲うであろう」
村人達は恐怖します。
「か、神様、それでその禁忌とは?」
「うむ、それは『村の外の者と結ばれない』と言うことじゃ」
「村の外の者と…結ばれない…」
「そう。それが禁忌じゃ。絶対に破るでないぞ、破れば大きな厄がお主らに…」
村人達は恐れ、神に絶対に禁忌を破らないと誓います。神は思います。彼らは強い欲を持っている、故に厄により得た物を失う事を誰よりも恐れるだろう。副産物の悲劇は起こらないそう確信します。
「それじゃあうちの子はどうしたら…」
神は先ほどの子供に目を向けます。
「…この子は大丈夫じゃ」
「本当ですか?」
「本当じゃ」
スケベそうな村人は神の返事を聞くと嬉しそうに我が子を抱き締めました。
「やっぱり我が子は可愛いもんです」
「ふふ…よいな?これより先は禁忌を破るでないぞ?そして真の教えを信仰するのじゃ」
神は村人にそう告げ、二人の弟子を連れ天に帰っていきました。
それから長い年月、2つの村人達は神の真の教えを守り真面目にくらします。本当に心のそこから信仰しているのか、恐怖から教えを守るのかそれは神にはわかりません。しかし平和な日々が過ぎていったのでした。