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承の巻

鬼を退治するため旅を続ける桃太郎は、3匹の案内の下、大きな町にたどり着く。その町は不思議な程に栄えていて、神秘的な様相を醸し出していた。


「さぁ桃太郎さん、この町なら安全です。まずあなたには鬼ヶ島と鬼について知ってもらう必要があります」


桃太郎は辺りを見渡した。人々は活気に溢れ、皆笑顔で生活している。町の所々に桃の様なオブジェが飾られており、桃太郎はそれを不思議そうに見た。


「このオブジェ…桃?」


「そうです。桃を形どったオブジェになります。この町には8個の桃のオブジェが飾られていて、神の教えを人々が信仰している証なのです」


「神の教え…」


神の教えを信仰するとは、宗教のことだ。人々は神を崇め、その恩恵を受けとる。例えその恩恵が形に現れなくても心に刻まれればそれでいい。まぁ、この町はその恩恵が形として現れているのだが…。


「桃太郎殿、この町は鬼の危機など存在しないかのようでしょう?」


確かにと桃太郎は思った。この町に入った時から不思議だった。近隣の村は鬼に襲われ壊滅的な状況なのにこの町にはその悲劇感がない。まるで鬼に襲われる危険などないかの様に幸福に覆われ、人々の目には生きる強さを感じた。


「みんな、鬼が怖くないのかな?」


「ふふふ、ここには鬼は入れませんのよ」


雉が優雅に空を舞ってみせ、町の安全を表現してみせる。


「鬼は入れない?」


「ええ、鬼だけじゃないわ。悪しき者が入れないのです。それは神を崇める事による恩恵。この町は神の力によって守られているのです」


「神の力…」


桃太郎は祖父母の言葉を思い出す。「貴方は神が授けてくださった子供」、そして生まれの経緯にでてくる桃と自分の名前、この町に飾られた桃のオブジェと何か関係があるように思えた。


「桃とは…神の果実。僕達はそう教えてもらいました。桃の存在は神の考える、人の在り方そして生き方を表しているそうなのです」


「人の在り方と生き方?」


「はい。桃のオブジェの下には石碑がありそこに神の言葉がかいてあります」


桃太郎は石碑に目を向けた。そこには二行の文が。


『人は心と身で真になる


神は親である新たなる道へ信じて進め』


「これは人の在り方、神とは何かを書いているのです」


「人は心と身で真になる…」


「そう、真の人に成るには心と身体の2つが揃って初めて成るといわれています。そして逆に人を見るときは2つの面を見よという意味も含んでいるんです」


「人だけじゃない、あらゆる物を見るときは2つの面を見ろ、そう言う意味も含んでいるのさ」


猿は桃太郎の腰にさしてある刀を指差した。


「桃太郎殿が腰にさしてある刀1つでもそうさ。刀ってのは切れ味、そして持ちやすさの2つの面が大事さ。よく切れても持ちにくかったら上手く扱えない、だからといって持ちやすくても切れなきゃ意味がない、矛盾してるようだが1つの物は2つでできてるのさ」


「そして桃太郎さん、この石碑に書かれた言葉をよくみてください」


犬が石碑に書かれた文章を指差した。


「この言葉の中に『シン』と読むことができる漢字が8つあります。」


「えーと、『心』『身』『真』『神』『親』『信』『新』『進』、1、2…8、あっ本当だ」


「そしてのこった『人』と『道』をあわせると『人道』となり、人の生き方となります。『シン』の数がその『人道』をといています。それが『はち』の生き方なのです」


「『はち』の生き方?虫の?」


「違います。数えの『はち』です。真の人になるには2つの面を併せ持ち、『はち』の生き方をせよ、これが神の教え…僕達が信仰している考えなのです」


桃太郎は辺りを見渡し、桃のオブジェが8個ある理由を理解した。しかし桃太郎はその教えがいまいち理解できなかった。『はち』の生き方とは何か?そこがよくわからないのだ。


「つまり、神様の教えをこの町が信仰していて、その恩恵で守られているのは分かったよ。でもその『はち』の生き方ってなに?」


「それは…」


犬がその答えを説明しようとした時、会話を遮る様に男の大声が町中に響いた。


「店主っ。酒もってきてくれー、がっはっはっ」


「そうだぁ酒だぁ」


「あっはっはっはっ」


四人組みの酔っぱらいだった。そうとう酔っぱらっているのだろう、路上に酒を出す場所などないのに酒を要求している。


「ただの酔っぱらいですね。この町にはああやって他の村や町から逃げてきて人生をドロップアウトする人達もいるんです」


「ドロップアウト…」


桃太郎は不思議そうに酔っぱらい達を見つめた。四人の年齢は五十代ぐらいだろうか、なんだかとても楽しそうである。


「ほら、桃太郎さん行きましょう。あまり関わるとよくないですよ」


犬が桃太郎をせかした時、突如四人がこちらに視線を向け、近寄ってきた。


「おいおいそらぁねぇんじゃないのぉ?」


四人の中で一番酔っぱらった男が口火をきる。


「俺たちがろくでもないような言い方しやがって」


「そうだそうだ、ひでぇじゃねぇか」


他の男もそう不満げに口にする。


「すいません。失礼な事を言ってしまいました」


桃太郎が頭を下げると、男たちは不思議そうな顔をした。


「なんでおめぇが謝るんだ?ひでぇ事をいったのはこいつだろ?」


そう言って犬を指差す。


「いや、あなた達が怒ってらっしゃるので」


「…は?お前は自分の意思ってのがねぇのか?別にお前が言ったわけでもねぇし、俺たちが怒ったから謝った?なんだそりゃ?」


男たちは不思議そうな不機嫌そうな顔をしながら桃太郎を見た、そして桃太郎の服装に気付き驚いた表情を見せた。


「お前、その格好…もしかして鬼退治にいくのか?」


「?そうですけど…」


「お前もあの伝説に踊らされた口か、がっはっはっはっはっはっ」


男たちは大声で笑った。


「やめとけやめとけ、ありゃあ鬼が流したデマさ」


「デマ?」


「そうさ。伝説の最後に書いているある財宝を持って帰ったって所を見て、みんな鬼の財宝に目が眩むんだよ」


桃太郎は前に手に入れた『桃太郎伝説』と書かれた紙を、懐から取り出した。


紙にはこう書いてある。


『三匹のお供を連れた桃太郎は、鬼退治のため鬼ヶ島にむかいます。


桃太郎は鬼ヶ島につくと、三匹と協力し、あっとうまに鬼をやっつけてしまいました。そして村から奪われた財宝を取り返し、おじいさんおばあさんと仲良く暮らしたのでした。めでたしめでたし』


「そう、それだよ。なにがめでたしめでたしだ。なぁ?」


「そうだよな、普通に考えてよ?ありえねぇだろ?桃から生まれるなんて」


「ばあさんの股から生まれたんだよ」


「ぎゃはっはっはっ」


四人は大笑いして転げ回る。完全に桃太郎をバカにしていた。


「桃太郎殿、行きましょう」


三匹が急いでここから離れようと桃太郎をうながすが、酔っぱらい達はそれを遮るように嘲笑をつづけた。


「財宝が欲しい。鬼を倒してヒーローになりたい。そんな事を夢みて何人ものバカが鬼に挑んでいったよ。勝てるわけねぇのによぉ。ご丁寧に伝説通りの桃太郎の服装の真似なんかしちゃってさ」


桃太郎は滅びた村で見つけた自分にそっくりな服装の死体を思い出した。


「そう言えば俺に似たあの死体がこの紙をもってたんだった…」


「そいつも伝説に踊らされたのさ。そうやってデマ流してバカを自分達に向かわせてそいつを殺す。奴等は楽しんでんのさ。武具を回収して殺戮を楽しむ、その為の罠にかかってどうするんだか」


男は手に持った酒瓶を口にあてた。しかしどうやら酒はもう入ってないようだ。


「あれぇ?酒は?」


「お前バカかよ?ないから酒持ってこいって言ったんじゃねぇか?」


「そういやそうか…はっはっはっ」


勝手に盛り上がる四人をとうざげるために、三匹が桃太郎を引っ張っていく。そうとう悔しかったのだろうか、彼らの目には涙が浮かんでいた。


「あっ、おいおい待てよ、まだ聞いてなかったな。お前はなんで鬼退治にいくんだ?」


「…俺は」


「桃太郎さん、行きますよっ」


「鬼を退治して欲しいって言われたから…それがきっと運命だと…」


桃太郎の返事を聞いた四人組はさらに笑った。


「こいつは驚いた、とんだ理由だ」


離れて行く桃太郎に酔っぱらいが叫びかける。


「おーいバカちんくん。鬼退治なんてやめとけぇ。嫌な物は嫌といえよぉー。自分の意思をちゃんと持つんだぞー。はっはっはっ」


大笑いする四人組から逃げる様に桃太郎達はその場を立ち去った。


あれから町をでて数日、桃太郎達は前の村と同じように滅んだ村にたどり着いていた。


「やっぱりひどいな…」


桃太郎は荒れ果てた村を見ながら町で教えてもらった鬼ヶ島の情報を思い出していた。町に昔から住んでいるという老人の話によると孤島が鬼ヶ島と呼ばれるようになったのは15年前、その孤島と少し離れた孤島に住んでいた村人達が争いを起こしたすぐ後だという。鬼達はその争いの生き残りじゃないかと老人は言った。確かに2つの孤島に住む村人は強かった、しかし鬼ではなかった人間だった筈だとも。今、片方の孤島は鬼ヶ島と呼ばれるが、もう片方の孤島は鬼達が集めた財宝の置き場になっているらしい。その宝を狙った人間達が島に上陸する事があるそうだがそれが鬼達の狙いらしく、島に上陸した人間を殺すこと、そして彼らが持ってきた船や武具を集めることが狙いで宝をおいているそうだ。鬼達は人間の欲というものをよく知っている、きっと自分達が恐ろしい程強欲だからだろう。老人はそう話していた。


「桃太郎さん?」


犬に話しかけられ桃太郎は我に返った。


「鬼達の扱う能力は前に話しましたね」


桃太郎は町で三匹から聞いた鬼達の能力について思い出した。『風鬼』は風を使い、『雷鬼』は雷を使う。そして『剛鬼』は凄まじい怪力を使う様で、それ相応の準備がいる。そこで桃太郎は町で最強の防御力を誇るという鋼鉄の盾を準備した。この盾とおじいさんからもらった刀、そして持ち前の強さで戦うということにした。


「なぜ鬼達の能力を詳しく知っているんだい?」


鬼達の能力を聞いた時、桃太郎は不思議そうにそう尋ねた。


「え?前に鬼達が暴れている所を見たことがあるって言ったじゃないですか」


桃太郎はああそうだったと思い出したが、どこか違和感を感じる三匹の言動に少し疑問を持った。しかし聞く必要もないと思い、その疑問を聞く事はしなかった。

そして現在、桃太郎は町で手に入れた鋼鉄の盾を見て安堵していた。それがあればきっと大丈夫。そう店の店主が言っていたからだ。


「あと数日ほど歩けば鬼ヶ島が見える海岸に着きます。もう少しですよ」


「わかった」


気合いを今一度いれなおす桃太郎達を嘲笑うかの如く空は曇り始め、まるでこの先の運命を暗示するかのように薄暗い空模様を見せ始めるのだった。

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