起の巻
むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯へと行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると、川上からドンブラコドンブラコと大きな桃が流れて来たのです。
「おじいさんと一緒に食べましょう」
おばあさんはそう思い、その大きな桃を家へと持って帰りました。
「おぉ、ばあさん。なんと大きな桃じゃ」
「そうでしょ」
おばあさんが包丁を取りだし、振り上げたとたん。桃が2つに割れてしまいます。
「おぎゃーおぎゃー」
二人は驚きました。なんと桃の中から元気な赤ん坊が生まれてきたのです。二人はこの子はきっと神様が授けてくださったにちがいない、そう思い、桃から生まれたので『桃太郎』と名付け大事に大事に育てましたとさ。
…これが少年が祖父母から聞いた、自分の出生の経緯だった。少年の名前は『桃太郎』、齢15になる男の子だ。祖父母が人間嫌いのためか森の奥深くで暮らし、人間の友達など一人もいなかった。だが桃太郎はそれでも満足だった。祖父母がいるし、山で遊び川で遊び自然が友達だったからだ。そして桃太郎はとにかく優しかった。そして強かった。拳1つで木を薙ぎ倒し、獲物を捕らえる。しかし最低限しか取らず、祖父母にほとんどを渡した。
「あなたも食べなさい」
そう言われてから自分が口にする、それほどまでに優しいのだ。
ある日の事だ。いつものように桃太郎は山で遊んでいた。ガサガサという音が聞こえ振り返ると、白髪の老人が立っていた。
「誰ですか?」
桃太郎は初めてみる祖父母以外の人間に喜んだ。しかし、同時に違和感を覚えた。
「た、助けてくれぇ」
今にも消え入りそうな声で老人はそう言った。明らかに元気がなさそうなその老人に桃太郎は狼狽えた。
「助けてくれぇ。他には誰かおぬか?」
桃太郎は我に返った。そうだ家に祖父母がいるじゃないか。老人を急いで担ぎ上げ、家へと走る。
「すまぬ。痛たたた…」
「大丈夫です。家に帰れば薬がある。祖父母もいます」
桃太郎は人1人を担いでいるとは思えないスピードで森を駆け抜けた。
「は、速い。すごい子供じゃ」
「これくらいなんてことないですよ」
家に着いた桃太郎は、急いで扉を開けた。
「おじいさん、おばあさん。怪我をした人が」
桃太郎の予期せぬ発言におじいさんとおばあさんは動きを止めた。
「人が?」
心底驚いた二人の様子に桃太郎は困惑した。
「どうしたんです?」
「…い、いや」
「それよりこの人が怪我を…」
二人は桃太郎の背中に身を預ける白髪の老人に目を向けた。
「…ま、まさか…いや…まさか」
「助けてくれぇ」
老人は痛そうに自分の体を押さえた。我に返りおじいさんは老人へとかけよった。
「もう大丈夫ですじゃ、ばあさん薬を」
「はいな、じいさん」
戸棚の引き出しから薬を取り出したおばあさんは、急いで老人へとかけより、怪我をした箇所に薬を塗った。
「ありがとう」
老人は礼をいった。3人はいえいえと謙遜し、老人の怪我の理由を聞くことにした。
老人いわく、鬼にやられたとのことだった。鬼達はとても強欲で村々を遅い、財宝を奪っていくという。老人の村も数日前に襲われ、1人命からがら逃げ出したとのことだ。
「鬼…」
桃太郎が呟く。老人は鬼が許せないと泣き、鬼ヶ島に行きだれかに退治して欲しいと話した。
「…桃太郎や」
おじいさんが桃太郎に話しかける。
「お前は神が与えてくださった子、そう教えたな」
「はい」
「お前は人より優しくそして強い。ならば、鬼を退治する、これもその運命なのかもしれぬぞ」
「はい」
桃太郎は頷いた。老人の鬼を退治して欲しいという言葉を聞いた時からそうしようと思っていたのだ。
「寂しくなりますねぇ」
おばあさんがホロリと涙を流す。
「大丈夫。桃太郎は強い子じゃ。そうじゃ…」
おじいさんは何かを思い出したようにすっと立ち上がり、奥の部屋へと向かった。
「あったあった。桃太郎や。これを受けとれ」
おじいさんは手にしていた刀を桃太郎に渡した。
「鬼を退治するには必要じゃろう」
桃太郎は刀を受けとると、それを腰にさした。そしておばあさんが手に袋を持っている事にも気づく。
「これはな桃太郎。きびだんごじゃ。不思議な力をもっておる。大切にたべなさい」
桃太郎は二人の優しさに感謝した。そして鬼を退治する為に気をはる。
「それでは行ってまいります」
桃太郎はさっそく家を飛び出した。桃太郎の背中が見えなくなるまでおじいさんとおばあさんはその姿をずっと見続けた。
「大丈夫ですかねぇ」
「大丈夫。きっと旅をしながらあらゆる事を学んでいくはず…」
二人は桃太郎の背中が見えなくなるとくるりと振り返り、家の中に帰っていった。
桃太郎は山を抜けてすぐ、おじいさんから貰った地図を広げ鬼ヶ島への道を確認した。周辺の地理を理解し歩を進めようとした時、なぜか違和感を感じた。
(ん?…見られている?)
違和感の後、何者かの視線を感じた桃太郎は、さっと振り返る。しかし誰もいない。
(気のせいか…それにさっきの…)
桃太郎は地図をもう一度見直し懐にしまった。違和感はぬぐえず、背中に張り付く何者かの視線がいったい何なのかも、今の桃太郎には分かることはできなかった。
しばらく歩いた後、村の残骸らしき場所にたどり着いた。
「…ひどい」
破壊された家々から未だに煙があがり、多くの死体が転がっていた。死体を見ると焦げ目や切り口が多数あった。言葉を失いながら歩いていると、驚きの光景が桃太郎の目に止まった。
「折り曲がって…」
人間が紙のように折り曲がっているのだ。しかも逆向きに。後頭部と踵がくっついている。
「これが鬼の力…」
桃太郎は息を飲んだ。恐ろしいまでの強さ、しかし鬼を退治して欲しいと言われたのだ、退治せねばなるまい。桃太郎はそう思った。しばらく村の中を歩いていると、奇妙な死体に気づく。頭にハチマキをして、腰に袋をぶら下げたその死体はどこかで見た気がする。しばらく考えて、その死体が自分の姿とそっくりな事に気づいた。もちろん背丈も顔も違うが、服装がそっくりだった。桃太郎は自分にそっくりな死体に手を伸ばした。死体の懐に何か入れてある事に気づく。
「…紙?」
取り出してみると、それは何か文章が書かれた紙だった。文章の最初を読んで桃太郎は驚愕した。その紙に書かれた『桃太郎伝説』、祖父母からよく聞かされていた伝説と同じ。やはり運命かと桃太郎は思った。さらに続きが書いてあり読んでみる。文章の続きはこうだ。
『ある時、桃太郎は村人から鬼という存在を聞きます。鬼達は村々を遅い人間を困らせていました。
「おじいさん、おばあさん。僕は鬼を退治しに鬼ヶ島に行きます」
桃太郎はおじいさんとおばあさんにそう告げます。二人は桃太郎に刀ときびだんごを持たせ、鬼退治へと送り出しました。
道中…』
文章を最後まで読み終えた瞬間、背中を叩かれた桃太郎は後ろを振り返った。そこには3匹の動物が…。
「桃太郎さん。お腰に着けたきびだんご1つずつ僕たちにくださいな」
突然、一匹が口を開く。
「え?きびだんご?はいどうぞ」
桃太郎は3匹の動物に迷いなくきびだんごを渡した。
「え?本当にいいんですか?」
なぜか3匹の動物の方が戸惑っている。
「もちろん。さぁどうぞ」
「いきなり現れた僕たちが不思議じゃないんですか?」
「…え?まぁ3匹同時なのは不思議だけど…」
桃太郎はキョトンとした顔をしてみせた。
「微妙に違う事もあるんじゃないかなと思ったんだよ。それにこの紙に…」
桃太郎は文章の途中を指さした。
「ほらここ、桃太郎の前に犬が現れてきびだんごを1つくださいなって書いてある。それに続きに猿と雉のことも書いてある。さっき言った様に微妙に違うけど、3匹の動物が俺の前に現れた、聞かされた伝説の通りさ」
そう、桃太郎の前に現れた3匹の動物は『犬』『猿』『雉』、紙に書いてある動物と同じだった。
「聞かされた伝説?」
「小さい頃からおじいさんとおばあさんに『桃太郎伝説』の話をよく聞かされてたんだ。俺は『桃太郎伝説』に出てくる桃太郎と同じように桃から生まれ、こうして鬼を退治する為に旅に出ている。これはきっと運命なんだと思う」
犬が口を開く。
「桃太郎さんは自分から進んで鬼を退治に?」
「まぁ、俺が住んでいた山奥に怪我をした老人が逃げてきたんだ。多分位置的にこの村からだと思う。それでその老人が泣きながら鬼を退治して欲しいっていうんだ、あの時これは運命だと思ったんだ」
3匹の動物は黙り何かを考えはじめた。そして何かを決心したように拳に力をこめた。
「桃太郎殿」
猿が口を開く。
「俺たちを桃太郎殿の家来にしてもらえませんか?」
「え?家来?一緒に鬼退治に行ってくれるんだな。ありがとう」
桃太郎は頭をさげた。
(やはり桃太郎殿は…)
「ありがとうございます。俺のこの握力、必ずお役にたちますから」
猿はそう言うと落ちていた石を手に取り、一気に握りつぶした。
「私は空を飛ぶことができます。偵察などいくらでも」
続けて雉が口を開き、華麗に空を舞ってみせた。
「最後に僕は最高の嗅覚を持っています。あらゆる敵を見つけ出します」
犬はそう言うと、周りを匂う仕草をした。
「すごい、なんて頼もしい仲間だ。これなら伝説通り鬼退治も間違いなくうまくいくよ」
桃太郎は笑った。しかしどこか3匹の表情はうかない。なぜか不安そうだ。そして、それとは別に何かの悩みも感じる。
「しかし、この村の有り様を見ると…」
桃太郎は辺りを見渡し、被害の大きさに改めて驚いた。
「僕達は何度か鬼が暴れる所を見たことがあります。鬼は3人いて、名を『剛鬼』『風鬼』『雷鬼』と言います。奴らは圧倒的に強い。奴らを討ち取ろうと何人もの人間が戦いを挑み、そして死んだ」
「…やっぱり、かなり強いみたいだな」
「はい。だから戦う時には心して挑まなければ…死んでしまいます」
「わかった。忠告ありがとう」
(…やはり桃太郎さんは)
犬が少し悲しそうな表情をする。
ここで場面はかわり、ここは鬼ヶ島。辺りを海で囲まれた小さな孤島。
「がっはっはっ。またバカがいたなぁ」
スキンヘッドの男が手にもった1枚の紙を見ながら大笑いしていた。
「まぁ、人間ってのはそんなものってことですゴウ兄さん」
長髪の男は鼻で笑うと、山の様につまれた武具に目を向けた。
「しかしよぉ、今回の奴は余りにも手応えがなさすぎじゃねぇか?あれでよく名乗ったもんだっ」
単発の男が怒りを見せる。
「まぁまぁ落ちついてくださいライ兄さん。いいじゃないですかこんなに武具が手に入ったんです」
「しかしよぉフウ。俺はもっとこう歯応えのある奴だと…」
「がっはっはっ。俺たちが強すぎるのさ」
彼らは三兄弟。長男『ゴウ』次男『ライ』末っ子『フウ』。彼らはとても強欲でそして強かった。ある力を使い鬼へと姿を変え、村々から財宝を奪っては逆らう者はみんな殺してまわった。
「まぁた少ししたら新しい奴が出てくるさ」
3人は酒を飲みながら、大いに笑ったのだった。