華嫁降誕 群馬黙示録 狂信者たち
二日目 昼
前橋(水没) 心中教会 二階 礼拝堂
「失礼します」
扉が開かれ、十兵衛たちが姿を現す。
「おっ、新入りじゃねえか。ここには慣れたかい?」
異形のシスターがフレンドリーな態度で出迎える。
「シスター。質問したいことがあるのですが、お時間よろしいですか?」
「ああ、構わねえよ。言ってみな」
「では、単刀直入にお訊きします。神様の考えている救いとは、本当に文字通りの意味ですか?」
礼拝堂に居る人間たちが十兵衛を凝視する。
「……何が言いてえんだ?」
「神様に人を救う気はあるのかって訊いてるんです。どうなんです?」
シスターは何も言わない。
「それから、ここに居る人たちを楽園に連れていくと仰ってましたが、その楽園は本当にあるんですか? 仮にあったとして、それは文字通りのものなんですか?」
黙秘。
「シスター、答えてください」
「そんなこと訊いてどうすんだ?」
「質問してるのは俺です。答えてください」
「……。神様は必ず楽園に連れてってくれるよ。不要な肉体から魂を解き放ってさ」
「それって、死ぬってことでしょ!? そんなの本当の救いじゃない! それを救いだなんて騙る奴なんかお断りだ!」
「私たちも同意見だ」
永久が十兵衛の横に進み出る。
「お前ら……。救いを拒むのか?」
「当たり前だ! ついでに神様もぶっ倒す!」
信者たちがさわつく。
「神様を、倒す、だって……!? ふざけんじゃねえ! この背教者ども! この方舟から出てけ!」
「望み通り出てってやる。お前を倒してからな!」
十兵衛の戦意に呼応したペンタゴンが戦闘形態に変身する。
「アタシは神様の使いだ。こんなとこでやられるワケにはいかねえ。野郎ども、頼むぜ!」
そう言ってシスターは回れ右して走り出し、入口から見て右奥、主祭壇横にある扉を開けて礼拝堂から逃走する。
「待て!」
追いかけようとした十兵衛たちの前に信者たちが立ちはだかる。
「シスターをやらせはしない」
「神に仇なす罰当たりめ! 全員死刑だ!」
ヒョロガリの大学生と中年警察官を先頭に狂信者たちが一斉に襲いかかる。
あっという間に礼拝堂が乱闘会場へと早変わりする。
「ひいっ!」
恐怖に駆られた堕天使が礼拝堂を飛び出す。
一方、十兵衛は向かってきた大学生を説得しようとする。
「ま、待って! 待ってください! 皆さんが信じてる神様は、皆さんが思ってるような存在じゃないんです! さっきのシスターの言葉を聴いたでしょう!? 不幸から救うなんて言って人の命を奪ってるんです! 目を覚ましてください!」
「目ならとっくに覚めてる!」
大学生が言い返す。
「そんな! なら、どうしてシスターの味方をするんだっ!?」
「決まってんだろ! 現実から救ってもらうためだ!」
「何!?」
「俺は今まで真面目に生きてきた。勉強とか部活とか委員会とか、とにかく真面目にやってきた。真面目にやってきたんだ……。なのに何故だ!? 女子には後ろ指を差され悪口を言われ、俺の成果はイケメンの手柄だ! 何故だ!? 俺は真面目にやってきたんだぞ!」
取っ組み合いの最中、怒濤の独り語りが続く。
「高校はクソでも、大学に行けば変わると思った! でも、何も変わりはしなかった! むしろ酷くなるばかり! イケメンとかリア充とか、ああいう連中だけが得をして真面目に生きてる奴が損をする……! そんなのおかしいだろ!」
大学生の細い腕による右ストレートをまともに喰らい、十兵衛が礼拝堂の床の上を転がる。
「お前、見た感じ、俺と同じタイプだろ? なら、俺の気持ちが分かる筈だ。もう一度、神様に忠誠を誓って、一緒に現実からおさらばしようぜ」
「俺は違う! お前と一緒にすんなっ!」
差し伸べられた手を払いのけ、顔面に頭突きを当てる。
背中から倒れたところでマウントをとり、大学生の顔面に往復パンチを打ち込む。
「うおーっ!」
とどめの一発を繰り出そうとした瞬間、中年警察官の拳銃が火を噴き、十兵衛が左肩を撃ち抜かれる。
「君の気持ちは分かるよ。同類だと思いたくないんだろ? しかし、残念ながら事実は変わらない。君も我々と同じ側の人間なんだよ」
狙いを十兵衛に定めながら警察官が話す。
「真面目にやってきた者が損をして、そうじゃない奴らが得するのは警察官も同じ。不公平だらけ。でもね、一つだけ、全ての人間に平等なものがある。……死だ。死だけは平等。別に楽園に行けなくていい。今まで得してきた奴らは死に、損してきた者たちは現実から解放される。最高じゃないか」
「そうだ! そうだ!」
「現実はクソだ! もうやってらんねーよ!」
警察官の主張に他の狂信者たちが同調する。
「そんな……。まだ、生きてる、のに……。生きることを、放棄、するん、ですか……?」
出血多量で朦朧としながらも立ち上がる。
「じゃあ、逆に訊こう。八方塞がりの頭打ちの現実で、どう生きていけと言うんだ?」
「そ、それは……」
「人生経験浅いガキが大人を諭そうとするな!」
「判決を言い渡す。死刑だ!」
今度は脇腹を撃たれ、十兵衛がその場に膝をつく。
「死ね!」
「やらせん!」
永久が警察官に掴みかかり、拳銃を奪おうとする。
「やめなさい! 人が人を殺してはならない!」
「放せ!」
一人だけじゃ無理だ……。加勢しないと……。
しかし、足に力が入らず立つことができない。
「乃木くん! 大丈夫!?」
狂信者たちを凪ぎ払い、ペンタゴンが駆けつける。
「俺は、大丈夫。それより、永久さん、を……」
その時、くぐもった銃声が聞こえ、永久が倒れた。
「永久さん! あなた……! よくもーっ!」
ペンタゴンが怒りの鉄拳を中年警察官に当てる。
警察官は主祭壇まで吹っ飛び、飾られていたマリア像に背中から激突して破壊した。
「治癒の両手! 永久さん! しっかりして! 私の声が聞こえますか!? 永久さん!」
スキルで治療するが、永久は目を開けない。
「何で!? 傷は塞がったのに! どうしてよ!?」
焦りで周囲が見えなくなり、隙ができたペンタゴンに狂信者たちが飛びかかる。
「この化け物が!」
「悪魔をやっつけろ!」
殴る、蹴る、引っ掻くなどの暴行の数々を一気に受け、ペンタゴンの全身が傷だらけになる。
ペンタゴンは永久を庇い、ひたすら耐えている。
化け物、悪魔……。ふざけるな……! 自分たちと違うものに容赦ない、お前らの方が化け物で悪魔だろ……!
怒りがこみ上げるが、撃たれた箇所が痛み、身体を動かせない。
畜生! 目の前の嫁一人すら守れないのか! 俺は……!
悔しさに拳を震わせたその時、カセット式ガスバーナーを手にした堕天使が礼拝堂へと駆け込んできた。
「お姉ちゃんを虐めるなあああ!」
トリガーを引き、ペンタゴンに群がる狂信者たちに最大火力の炎を浴びせる。
「背教者め! 覚えてろ!」
「ただで済むと思うなよ!」
シスターの後を追うように、狂信者たちは奥の扉を開けて逃げ去り、礼拝堂には十兵衛たちが取り残される。
「堕天使くん。君のお陰で助かった。ありがとう」
狂信者たちのリンチから生き残った徳永が賞賛の言葉を贈り、堕天使の頭を撫でる。
「そんなことないです。まぐれです」
「まぐれでも立ち向かった勇気は本物。自信を持ちなさい」
堕天使の脇を通り過ぎ、スキルによる治療を続けるペンタゴンに歩み寄る。
「ペンタゴン。もういい」
「そんな! まだ決まった訳じゃありません! 何回かやれば必ず目を……」
「どんなに完璧に手を尽くしても、身体が元通りになっても、去ってしまった魂は二度と戻らん。諦めたくない気持ちはよく分かる。ワシだって諦めたくない。でも、それが自然の摂理だ」
ペンタゴンと自身に言い聞かせるように話す。
「あなたのお陰で、永久は傷一つ無い綺麗な身体で逝くことができた。それでもう十分だ。ありがとう」
「……分かりました」
「それよりも、瀕死の旦那様を助けなさい」
「え? あっ! 乃木くん!」
三途の川の一歩手前、十兵衛はペンタゴンの治療により復活を果たした。
「ありがとう。ペンタゴン」
「どういたしまして」
礼を述べたのち、永久の遺体に目を向ける。
永久さん……。
「徳永さん、ごめんなさい。永久さんが死んだのは俺のせいなんです。撃たれそうになった俺を庇って、それで……」
「十兵衛くん、よく聴け。人は皆、命を燃やすべき時が必ず訪れる。永久は自分の意思で動き、その命を燃やして君を生かした。そこに後悔は微塵も無かった筈だ。謝る必要は無い。君がすべきことは生かされた命を無駄にせず、生きて神を倒すこと。いいな?」
「はい……!」
「おっと。長話してしまったな。あのシスターを追わなければ」
「そうですね」
十兵衛は床に落ちていた拳銃を拾い上げ、ズボンのポケットに差し込む。
「行きましょう」
さようなら、永久さん。
礼拝堂の奥の扉を開け、十兵衛たちは屋上に通じる廊下を進むのであった。




