華嫁降誕 群馬黙示録 大海原への出発
一日目 夜
渋川 コモチソサイエティ体育館前
「ペンタゴン! 裂胸暗黒宮!」
「イエッサー!」
ペンタゴンが自身の胸にある巨大な顔に両手を突き刺し、左右に切り開いて膣口に似た体内器官を露にする。
一瞬痙攣してから吸引口がくぱあという音を立てて拡がり、光すら飲み込む内向きの引力が発生する。
「あ……あなた……」
「ママー……こわいよー……」
次の瞬間、親娘合体魔人が悲鳴を上げながら押し潰され、ブラックホールに吸い込まれる。
「凄い……!」
現場に居合わせた人間たちが、ペンタゴンの圧倒的な力を目の当たりにして呟く。
「乃木くーん!」
マッチョ体型からロリ体型に変態したペンタゴンが十兵衛の胸に飛び込み、十兵衛が押し倒される。
「いてて……。ペンタゴン! 一体どうやって実体化を!? 奴隷娼喚は起動させてなかったのに、どうして!?」
「んーとね、それは……。愛の力ってやつ? ふふっ」
「マジで!?」
「正確に言うと半分くらい本当かな。……実はね、稲姫さんにダブスクを拾ってもらった時に乃木くんのこと話したの。そしたら、好きな時に恋人とイチャイチャできないのは辛いからって、ダブスクに呪いをかけて改造してくれたの」
「呪い!?」
「そ。だから、乃木くんの操作無しで、私の意思で実体化できたの」
「そうだったのか……」
「あ! 呪いの効果は、それだけじゃないよ! ホーム画面開いて!」
言われた通りに画面を開く。
「何か気づかない?」
「んー……。ん?」
バッテリーの電池マークの上に∞が……。何だこれ?
「バッテリーに無限大の記号があるでしょ? 文字通り、バッテリーが無限大になったの。これからは電池切れを気にせず使えるから、手繋ぎデートできるよ」
「マジで!? やったー!」
じゃあ、奴隷娼喚の起動中はスリープ無効になるの、もう気にしなくていいってことか! 姫様、ありがとうございます!
その時、にやける十兵衛とは対照的に困り顔の永久が二人に声をかけた。
「十兵衛くん。……と、そのお嫁さん。お楽しみのところ悪いが、そろそろゴムボートを取りに行こう」
ふと我に返って周囲を見渡すと、いつの間にか結構な数の野次馬が集まっていた。どうやら、派手に戦い過ぎたらしい。
うっわ! 恥ずかしい……!
「し、し、し、失礼しましたー!」
ペンタゴンの手を引き、十兵衛はその場から逃げるように立ち去った。
一日目 夜
渋川 道の駅コモチ レストラン
ゴムボートを手に入れた十兵衛たちは道の駅に戻り、レストランで寝ることにした。
「夜明けと同時に出発するから、明日は三時半起きでいいね?」
「うむ」
「目覚ましなら、俺に任せてください」
「分かった」
「では、任せるぞ。おやすみ」
「おやすみなさい」
新聞紙を掛け布団、段ボールを敷き布団にして床に就く。
冷えるなあ……。
雨のせいで気温は十二度と低く、新聞紙と段ボールで凌ぐには少し厳しい。
でも、俺にはペンタゴンが居るもんね。
自身の腕の中で寝息を立てているペンタゴンを見て、笑みを浮かべる。人生初の異世界生活で心細かった十兵衛にとって、いつでも甘えられるパートナーの存在は心強く、精神を安定させてくれた。
女の子って温かいんだなー。あー、幸せ。
そんなことを考えていると瞼が段々重くなり、やがて十兵衛は深い眠りに落ちた。
二日目 早朝
渋川(水没エリア) 北ダディ町
午前四時、黄色いゴムボートが地盤沈下で湖と化した町をゆっくりゆっくりと進んでいた。
「えいさっ、ほいさっ、えいさっ、ほいさっ」
汗だくの十兵衛が左右のオールを一所懸命に動かす。
「すまないな、十兵衛くん」
永久が疲労困憊の表情を浮かべつつ詫びる。
「ちょっと漕いだくらいでバテるなんて、私も歳取ったなあ。ハハハ」
「すまんな。君一人に任せてしまって……」
「気にしないでください! この中で一番若いんです! 俺がお二人の分も頑張りますよ!」
……とは言ったものの、普段からろくに運動もしない、筋トレも全くしない、小学校から帰宅部一筋のインドア派にはキツい……。それにしても、オールで漕ぐのってこんなにしんどいのか。
ゴムボートには十兵衛、永久、徳永が乗っていた。
ゴムボート自体の定員は四名までだが、オール係の負担を少しでも減らすため、ペンタゴンは気を利かせてダブスクに戻っていた。
それでも、男三人は重い。
俺にもう少し腕っぷしがあれば……。こんなことになるなら、日頃から鍛えておけばよかった。くそう、くそう。元の世界に戻ったら鍛えよう。まずは腕立て伏せ一日十回から始めてみるか。うん、そうしよう。
前橋を目指し、南へと漕ぎ続ける。
それにしても凄いな。見渡す限りの水面。ほとんどの建物が沈んでる。まさに、この世の終わりって感じ。……津波の時を思い出しちゃうよ。嫌な景色だ。
ひたすら漕いでいると、前方に学校らしき建物が見えてくる。
どうやら、水没したのは一階と二階のみで、三階と屋上は水没せずに済んだようだ。
「あ、あのっ! 休憩っ、しても、いい、ですかっ!? 腕が……もう、限界なんです! あの建物に寄っても、いいですかっ!?」
パンパンになった両腕でオールを動かしながら、永久と徳永に問いかける。
「もちろんだ。もちろんだとも。一休みしよう」
「ぶっ通しで漕ぐのはいかん」
「あっ、あ、ありがとう、ござびますっ!」
汗と鼻水を垂らしながらも校舎にゴムボートを横づけし、ペンタゴンに窓ガラスを割ってもらい、窓枠を潜って廊下に出る。
「ふーっ……」
タイル張りの床に大の字で寝転がる。
冷たくて気持ちいい。ずっと寝ていたい……。
暫しの休息を満喫しつつ、廊下の掲示物に目をやると、習字の作品がずらりと並んでいた。
どれも見事な筆遣いで、もずくと書かれている。
みんな、字が上手だなー。
半紙の左側に書かれたクラスと名前が目に入る。
六年三組 佐藤佑馬
六年三組 錦野良平
六年三組 菅原希
六年三組 須田佳苗
六年三組 大坪ゆかり
六年三組 秋月光太郎
六年三組 立花咲哉
六年三組 田中堕天使
田中、堕天使……。凄い名前だな。所謂、キラキラネームってやつかな? 一体何て読むんだろう? エンジェル?
「十兵衛くん、起きてくれ」
永久に小声で呼びかけられる。
「今、向こうから物音がした。もしかしたら生存者かもしれないが、昨夜みたいにゾンビの可能性もある」
「分かりました。ペンタゴン、出番だよ」
自慢の嫁を娼喚する。
「音はどこから?」
「多分、廊下の奥から二番目か三番目の教室だと思う」
「じゃあ、俺とペンタゴンが先頭に立ちますね」
「よし、バックアップはワシらがやろう」
「ありがとうございます。では、行きましょう」
十兵衛たちの運命や如何に。




