レプリカ・彼女黙示録 華嫁降誕 蜘蛛
西暦二〇一五年 六月十三日 午前九時十五分
旧青葉区 國分町 Bブロック アヘビル五階
「へー。あんたたちがニュースでやってた賞金首なんだ。……にしても、人助けする賞金首なんて初めて聞いた」
坊主頭の女性が十兵衛たちの話を一通り聴いた率直な感想を述べる。
彼女は秋月サダコ。実家のある村田からTHユニバーシティ大学に通う二十一歳の女子大生である。
五日前、喫茶店でのバイトを終えて実家に帰る途中、彼女は連中に襲われて頭を丸刈りにされた上、ワゴン車で店まで拉致され、働くよう脅迫され現在に至るらしい。
「お姉さん。上の階へはエレベーターと階段でしか行けないのか?」
「エレベーターは六階、階段は五階で終わりだよ」
サダコはロング缶のチューハイを飲みながら、シンヤの質問に答える。
「えっ? 階段って五階で終わりなんですか?」
空いてる部屋を探すのに必死で全然気づかなかった。
「このビル、元々はヤクザの事務所で、カチコミに来た奴らが組長のとこにすんなり行けないようにできてんの」
「へえー」
「……ん? エレベーターは六階、階段は五階で終わりなんだよな? それじゃあ、七階にはどうやって行くんだ?」
「エレベーターで六階まで行ったら、六階にある階段を使うの」
「うわ、何だそれ。めんどくせーな」
「七階さ行くには、あの箱に乗るしかないようじゃな」
「でも、エレベーターは止められちゃったし……。どうしよう……」
お通夜ムードが漂い始めた十兵衛たちにサダコが声をかける。
「めそめそしないの。あんたたちが組長だったとしてさ、ビルから逃げなきゃいけないシチュになった時、七階からどうやって降りるの?」
「どうやってって……。そんなの、七階に行く時と逆の手順で……」
「そんなことしたら敵と鉢合わせだよ? 自分から死にに行ってどうすんの? よく考えて」
「……あ! 分かった! 外さ出れる抜け道があるんじゃろ!?」
「当たり!」
「鶴姫。お前、よく分かったな」
「やくざって殿様のことじゃろ? 殿様の住む城には隠し扉とか抜け穴があるもんじゃ」
「なるほどな。さすがは俺の女だ」
「これ! シンヤ! 褒めても何も出んぞ!」
いちゃいちゃし始めたバカップルに構わず、十兵衛が抜け道についてサダコに訊ねる。
「七階の抜け道を使えば外に出られるってことは、逆に抜け道を使って七階に行けるってことですか?」
「理屈上は、ね」
なんか引っかかる言い方だな。
「七階から下の階にリネン・ダストシュートが通ってるの」
リネン……ダストシュート? 何それ?
「あ、知らない? ほら、ホテルで見たことない? シーツとか枕カバーとか、ああいう洗濯物を下に落とすゴミ箱っぽいの」
もしかして、中三の修学旅行で泊まったビジホの廊下にあった金属扉のことか!? チェックアウトの日に回収した部屋のシーツを投げたっけ。あれって、リネン・ダストシュートって言うのか。知らなかった。
「ああ、使ったことあります」
「各フロアの北東……。この部屋を出て廊下を右に進んで、角を左に曲がったところにシュート扉が設置されてるの。シュートの幅は狭いから、両手両足突っ張らせてよじ登っていけるわ。多分ね」
んな、無茶な……。でも、エレベーターは止められちゃったし、それ以外に手が無いなら、やるしかないか。
「情報ありがとうございます」
礼を述べて椅子から立ち上がる。
「シンヤ、鶴姫。行こう」
「おう。じゃあな、女子大生の姉ちゃん」
「サダコ、短い間じゃったが世話になった。ありがとの」
「礼はいいよ。それより、気をつけてね。この店の野郎ども、ケタモノばっかだからさ。ヤバいと思ったら逃げんだよ。死んじゃったら終わりだからさ」
「ご忠告、ありがとうございます」
サダコとのやり取りを終え、ドアに耳を当て、廊下をうろついているであろう敵の気配を探る。
誰かが歩いている音は聞こえない。外に出ても大丈夫そう。
「行こう」
音を立てないように注意を払いつつ、ドアを開けて廊下に出る。そして、静かにドアを閉める。
部屋を出て廊下を右、角で左。……よし! 復習オッケー!
十兵衛を先頭に廊下を進み、曲がり角に差しかかったところで立ち止まって振り返る。
真っ直ぐ伸びた廊下に敵の姿は無い。
背後は大丈夫。……問題は、この曲がり角。連中と鉢合わせしたら怖いな……。
壁に身体を押し当て、少しずつ横に移動し、曲がり角から顔を出す。
連中は居ないみたいだ。……あれは?
廊下の一番奥、突き当たりの壁に金属製の扉があるのを見つける。
あれがシュート扉だな!
シンヤと鶴姫にアイコンタクトを送る。
一気に行くよ!
おうよ!
分かっとる!
一斉に曲がり角から飛び出し、シュート扉まで廊下を一気に走り抜ける。
シュート扉を開け、首を突っ込んでシュート内を覗く。
真っ暗……。この中を登んなきゃいけないなんて……。でも、サダコさんの言った通り、幅が狭いから両手両足を使えば、突っ張ってよじ登れそうだ。
「俺から行くよ」
「分かった」
「気をつけるんじゃぞ」
シンヤと鶴姫に見送られ、シュート内に潜入し、両手両足を突っ張らせて身体を支える。
ヤバい! これ、筋肉痛になるやつだ! こんなことになるなら、日頃から運動しとけばよかった……。今更、泣き言を言ってもどうにもならない。やるぞ!
全身の筋肉を使って少しずつシュート内を登る。
コツを掴めば意外と簡単……かな?
その時、十兵衛の身体に寒気が走る。
な、何だ……!? 俺以外に誰かが居る……!?
暗闇に目が慣れるに従い、その疑惑が確信へと変わる。
十兵衛の行く手に何者かのシルエットが待ち受けていた。そのシルエットは頭を下に向けて十兵衛を見つめているようだった。
「ふ、ふふふ……」
シルエットが不気味な笑い声を出す。
「うっ!うわああ……!」
シルエットの正体は八本の腕を持つ女だった。
長い髪を振り乱し、口から唾液を滴らせて笑っている。
こいつ、合体レプリカか!
「我が名は蜘女スパイダ。主を守る番犬なり」
お前みたいな番犬が居るもんか!
「主の命に従い、貴様を排除する。この八つの腕と舌を使って昇天させてやろう」
スパイダが舌なめずりをしながら下りてくる。
このままじゃ殺される! でも、こんな狭い空間でどう戦えばいいんだ!?
十兵衛は窮地を脱することができるのだろうか。




