ブラックホールの魔人
消せないエロ広告を消すため、アルケミーはノートパソコンの電脳世界にダイブした。
そして、ここはデスクトップ。ノートパソコンの電脳世界の中心地。
「あれか……」
見上げると巨大なエロ広告が目に入る。
「消えろ!」
エロ広告に向かってジャンプし、全力のパンチを当てるが弾き返されて地面に墜落する。どうやら力業では消せないようだ。
「誰?」
気配を感じて振り返り、女の子と目が合う。フォルダの陰からアルケミーの様子をうかがっている。
「俺はこのパソコンのユーサーのアルケミー。君の名前を教えてよ」
「えっと、ノーポンです」
モジモジしながら姿を現す。見た目は十歳くらいでアルケミーより十センチ背が低い。身長は一五〇センチだろうか。髪の色は栗色。ポニーテールとレモン色のワンピースがよく似合っている。ベストマッチ。
「ノーポン……?」
ノーポンの首から直径十五センチの金色の円盤がぶら下がっており、円盤中央に西洋甲冑のシルエットが刻まれている。アルケミーはこのマークに見覚えがあった。
思い出した。あれはこのパソコンに入っているセキュリティソフトのマーク。ということは、目の前に居るノーポンはショートカットを擬人化したものなのだろう。
ん?セキュリティソフト……だと?
「ノーポンってセキュリティソフトだよね?」
「はい!あなたのパソコンをあらゆる脅威からお守りする鉄壁の騎士団、ノーポンです!」
満面の笑みで元気に答える。多分、プログラムされている宣伝文句なのだろう。
「ノーポン。あれは何かな?」
ノーポンの目線に合うよう中腰になり、空中に浮かぶエロ広告を指差して問い掛ける。
「ポップアップですね」
「さっきのもっかい言って」
「はい!あなたのパソコンをあらゆる脅威からお守りする鉄壁の騎士団、ノーポンです!」
「バカヤロー!守れてねぇじゃねぇか!」
「消えませんが無害なので問題ありません!」
「大有り!パソコンは無害で済んでも家庭内が冷えるよ!」
「パソコンの冷却がしやすくていいと思います!」
「違うよ!そういう冷えるじゃないよ!家族にネタにされて一生弄られ続けられちゃうってこと!」
「家族の会話が増えていいと思います!」
ダメだ。この子、話にならない。俺が頑張るしかないのか。
空中のエロ広告を見据え、助走をつけてジャンプし、一回転して跳び蹴りを繰り出す。
が、ダメ!やはり弾かれて墜落する。
「諦めてたまるか!」
何度も破壊を試みるが弾かれてしまう。墜落する度に生傷が増え、デスクトップの青い地面が紅く汚れる。
「こんちきしょーめ!」
全力の跳び蹴りを放った。その時だった!
「何!?」
エロ広告の前方に黒い円が出現する。黒い円はマイナスのエネルギーの塊なのか、ブラックホールのような吸引力を持っていた。
なす術も無くアルケミーは黒い円に吸い込まれ、真っ暗な空間に投げ出される。
「ここはどこだ?俺はどうなったんだ?」
真っ暗で何も無い空間。普通の人間では耐えられず発狂する状況だが、真っ暗な田舎の夜に慣れているアルケミーには問題なかった。
「貴様か。しつこく壊そうとしたのは」
低い男の声が響く。
「誰だ!?どこに居る!?」
「ここだ」
闇の中で赤く光る両目と目が合う。ゴツい靴音と共にガタイのいいスキンヘッドの大男がやって来る。アルケミーよりずっと背が高い。恐らく二メートルは確実にある。
「誰だ!?あんた一体……」
「貴様が一所懸命に消そうとしたものの本体だ」
「じゃあ、お前がエロ広告の正体!」
「そうだ」
「頼むから消えてくれ!家族で使っているパソコンなんだ!頼む!」
「貴様の事情など知ったことか。我は我の使命を果たす」
「使命!?」
「広告で宣伝し、我が創造主の収益に貢献する。それが我の使命であり存在意義」
「迷惑な存在意義だな!」
「貴様、我が想像主を侮辱したな?万死に値するぞ」
「万死に値するのはお前の方だ!」
先手必勝で右ストレートを顔面にぶちかます。しかし、大男は微動だにしない。鼻血すら出ていない。
「この程度か。ふん!」
アルケミーの細い腕を大きな右手で掴んで握り潰す。
「うっ!うああああ!いだいいだいいい!」
だらんと垂れ下がった右腕を押さえてのたうち回る。
「痛かろう。苦しかろう。楽にしてやる」
ゴツい右手でアルケミーの首を掴んで持ち上げる。気管が圧迫されて息苦しくなり、足をジタバタさせる。
「……だが、我は赤子を殺すような畜生ではない。殺すのは我より強い奴だけ」
真っ暗な空間に白い円が出現する。円の向こうにはデスクトップが広がっている。
「さらばだ。小僧」
円に向かって投げられたアルケミーはデスクトップへと帰され、地面に叩きつけられる。
「覚えてろよ、このハゲ……!」
アルケミーが意識を失うのと同時に白い円は閉じた。