実家に帰ると結婚しろとうるさいので、魔王様は人間界を荒らして時間稼ぎをします。
作者の叫びが詰まった暇つぶし短編です
「魔王、やっと追いついたぞ! よくも村を焼き払ってくれたな!」
銀の鎧兜に、白く光り輝く大剣。勇者が憎々しげに、街外れにたたずむ魔王に向かって怒鳴った。
「勇者よ。よくぞここまでたどり着いた。褒めてやろう」
魔王は勇者を見ても、にやにやと不敵に笑う。彼は大木ほどもある背丈に黒衣をまとい、頭には角が生えて不気味な仮面をつけている。魔族の中の魔族にふさわしい風貌に勇者は一瞬ひるんだが、さらに言葉を重ねた。
「貴様を倒すため、聖剣デュランダルを手に入れたぞ!」
「そうよ、これはあらゆる魔を払う剣。いかに魔王といえども一撃よ!」
勇者を援護するように、横に控えていた女魔法使いがやけに説明くさい台詞を放つ。すると、魔王が急にアゴに手を当てて考え事を始めた。
「え、一撃? 普通の剣にしなよ。我が輩も第三形態くらいまで頑張るから」
急にくだけてきた魔王に対して、勇者は舌を出す。
「なんでわざわざ苦労してお前の変身を見なきゃいけないんだ」
「いや、だって、戦いがすぐ終わっちゃったら実家への言い訳にならぬではないか」
「お前アタマおかしいのか?」
「……そもそも実家への言い訳って、なんですか?」
いたって真面目に言い放つ魔王に対し、勇者チームはあっけにとられている。魔王はだからあ、と前置きをしながら大きく腕を広げた。
「この時期。魔族は家族で集まり、近況を報告しあうのだ」
「……ああ」
「まあ、それは私たちもしますけど……」
「魔族にも寿命と繁殖期があってな。私もそろそろ嫁をとれ、子を作れと親族一同がうるさい」
「……まさか……」
「人間界に侵攻していれば、なんやかんやでそのクッッッソ面倒くさい家族会議に参加しなくてもいい。ちなみに今回従軍している連中みんなそれを避けてきた奴らです。おかげで我が輩がなんも言わなくても士気バカ高くてラッキー」
「てめええええ!!」
勇者が大きく剣を振りかぶって突進したが、魔王は身をひねってそれをかわす。空中で呵々と笑う魔王を、魔法使いがにらみつけた。
「そんなどうでもいい理由で!?」
「どうでもいいわけあるか小娘!!」
不用心に質問を放った魔法使いが、魔王の術によって吹っ飛んだ。魔王は拳を握りながら、さらにとうとうとまくしたてる。
「いいか。両親含めロクに責任もとらぬびっみょーな親戚に至るまで、じわじわと首をしめるように向かってくるのだぞ!! しかも奴ら完璧に理論武装しておってな、
『今は楽しい仲間がいるぞ』→『いずれ皆子を持ち、お前はぼっちじゃ』
『戦場に女が少ない故仕方無し』→『この前軍に行ったお隣の子が結婚したわ』
『まあしばし待たれよ』→『もう千年待った』
……このようにこちらの弁解は一切聞き入れられず、ただ黙って傾聴するほかない地獄の裁判状態なのだ。わかるかこの切なさが。武功も学問も関係なし、ただつがう相手がいるかいないかだけで判断されるデス・ゲエム!! それが独身者における親族会議だ、しかと覚えよ!!」
魔王は熱弁をふるったが、その間に勇者と魔法使いは立ち直り、勝手に抱き合っている。
「なんて悲しい叫びなの……愛を知らない魔王はかわいそうね」
「僕たちみたいに、幼なじみで結婚を誓い合ったカップルには縁のない悩みだからね! さっさと彼の魂を解放して、結婚式を挙げよう!」
抱き合う二人を、ゲロを吐きそうな目で魔王は見下した。
「ううむ、こういう奴らが五年後くらいに『ねえ、○○さんはどうして結婚しないの? こおんなに幸せになれるのに』とかいう巨大なお世話をやいて、かわいくもない猿のようなガキを見せびらかす厄介な輩と化すのであるな。証拠映像とっとこ」
「なにぶつぶつ言ってるんだ魔王!」
のんきに水晶玉を取り出して撮影を始めた魔王に対して、勇者が怒った。しかし、魔法使いが彼を止める。
「いいじゃない、チャンスよ。二人の愛の力を合わせて、魔王を倒しましょう!!」
「そうだ……そうだね、正義が勝つ、そして結婚式だ!!」
地上の二人は、ほほえみながらがっちりと手を握り合う。桃色の光が、大きな球へとふくれあがった。
しかし、魔王は勇者たちの狙いなどとっくに気づいている。絶対零度の視線で地上を見下す魔王の口から、コフコフと低いうなり声が漏れた。
「あのなあ」
勇者の光球が地上から上がってくる。魔王はかっと目を見開いた。
「そもそも二対一で襲いかかってるくせに、愛だの正義だのヌルくせえことほざいてんじゃねえええええええええええええええええええええ!!!!!!」
奇声とともに、魔王の右手から漆黒の炎がわき上がる。それは桃色の光をあっという間にのみこみ、勇者と魔法使いごとはじき飛ばしてしまった。一拍遅れて轟音が響く。魔王はもうもうと立ち上がる黒煙を見ながら、「あーやってしまった」と舌打ちした。
煙がようやく流れていくと、無残にえぐれた地面があらわになる。勇者たちの姿は、影も形もない。
「終わっちゃったよ……」
勝ったというのに、つまらなさそうにつぶやく魔王だけが、その場に残された。仕事モードが終わって、完全に子供のような口調になっている。
するとどこからか、骸骨の頭を持つ死烏が飛んできた。気味が悪いというものもいるが、魔王にとっては貴重な連絡役だ。
「魔王様、魔王様―、そんな簡単に勝っちゃってもう。そんな魔王様に、追加のお仕事がありますよ」
「なんだって」
「人間界にはぐれ魔族がおりましてね。有望そうなら仲間にしようかって将軍たちが言ってます。えーと、なんでも
『妹が先に結婚してしまい、闇墜ちしたエルフ』
『そもそも二次元にしか興味が無いのに、三次元に生まれてしまった錬金術師』
『部下に彼女を寝取られて以来、歓楽街の女性にドハマリした黒騎士』
の三名ですが」
「全員採用でいいよ」
「はやっ」
皆深い心の傷を抱えているものばかり、家族の集まりなど針のムシロに違いない。ああ、このようなものたちを救うために日々努力を重ね、王になったようなものだ。魔王はすっかり機嫌を直し、鼻歌を歌い始めた。
「とりあえず食材持ってきて。みんなで宴会でもしよう。勇者たちがどっかいっちゃったから、ちょっとでも時間を稼がないと」
「……勇者、探さなくていいんですか?」
「生きてたらまた時間稼ぎに使える」
魔王はあっさりそう言い放ち、お手製のエプロンで身を飾る。その辺の川をざっくざっくと掘り返す魔王を見ながら、死烏はこっそりため息をついた。