そらのそこのくに せかいのおわり 〈 vol,07 / Chapter 03 〉
王子が『ザイオン』に来店したことは、翌朝には新聞記者らに知れ渡っていた。今朝の紙面に間に合わなかった分、明日の一面をより充実した内容にすべく、新聞社はクラブ関係者やダンサー、DJへの取材に人員を割いた。おかげで今朝はちょっとした時間調整のみで出勤できたのだが――。
「え? ボイラーが故障中?」
「はい! んもう、昨日はお湯が出なくてすっごく困っちゃったんですぅ~! 営繕課も施設課も頑張ってくれたんですけど、結局、故障の原因はわからないみたいで……」
二階の総務部に立ち寄ったマルコは、特務部隊の専属事務員、リナからその話を聞いた。
昨夜、女子寮のボイラーが突然故障。シャワーも給湯器も使えなくなり、やむを得ず訓練棟のシャワーブースを使用したらしい。一週間前に情報部のボイラーが故障したときも原因が特定されず、数日後に自然に復旧して現在に至る。それ以前にも訓練棟、グラウンド横のロッカールーム、ランドリースタッフらの休憩室、車両管理部のボイラーが原因不明の不具合を起こし、数時間から数日、お湯が使えなくなるという『怪現象』が続いている。
機械はまったく壊れていない。それぞれ導入時期の異なる小型~超大型のボイラーはガス式、重油式、電気式、原子力式、魔導式と、どれも異なるシステムで稼働していた。燃料もしくはエネルギーは問題なく機械に流れ込み、配管内に引き込んだ水を加熱。熱湯にして機械の外へ――と、そこまでは正常な動作が確認されている。
おかしいのはそのあとだ。
熱湯が出るはずの給湯口、適度な湯温で供給されるべきシャワーヘッドから出てくるのは、どういうわけか、キンキンに冷えた水なのだ。今は七月。水道水の温度は十五度前後ある。まるで氷水のように冷たい水なんて、冷水器からしか出てこないはずなのに――。
「設備課の人、配管の外側に十センチ間隔で温度計を貼って、どこで温度が下がるのか確かめてみたらしいんですぅ。そしたらなんと、ボイラーから出てたった一メートルのところで、百度のお湯が一瞬で零度になっちゃったって……」
「それは……怪現象ですね……」
「ね? 説明できませんよね? 魔法や呪詛による嫌がらせとか悪戯って可能性も考えたらしいんですけどぉ、さすがに情報部の庁舎内までは……」
「あそこは本部以上に厳重な警備システムがありますからね。幻術で姿を消しても、すぐに見つかってしまうでしょうし……」
「幽霊です! きっと幽霊の仕業なのですぅ~!」
「幽霊……ですか……?」
確かに目には見えない何かが関与しているのだろう。だが、それはリナには言えない話である。
怪現象の正体に勘付きながらも、マルコはリナの話にいつも通りのリアクションで相槌を打ち、必要書類を受け取ってオフィスに向かった。
五階の廊下に足を踏み入れた瞬間、それは始まった。
「マルコ! そいつ捕まえろ!」
「はいっ⁉」
反射的に手を伸ばすが、一瞬遅かった。それはマルコの横をすり抜けて階段を上っていった。咄嗟に追いかけようとするマルコの両脇を、ロドニーとトニーが駆け抜ける。
「お前も来い!」
「はい!」
それは階段を駆け上り、六階、七階を通過。屋上へと飛び出した。
屋上は立ち入り禁止ではないが、わざわざ上がってくる職員はいない。四階から五階に上がる踊り場に記録用カメラがあり、特務部隊員と団長、副団長以外は上層階に上がる目的をカメラの前で口述し、映像記録を残さねばならない。それは五階から六階、六階から七階に上がるときも同様で、合計三回も『屋上でお弁当を食べます』と宣言することになる。そこまでして弁当が食べたくなるような魅力的な屋上でもないため、必然的に人の出入りが無いのだ。
人狼とケルベロスの後を追うマルコは、一瞬見たそれの姿について、妙な既視感を覚えていた。
不気味な黒い髪、病的に白い肌、ぼろ布のような服、傷だらけの体――なにより、髪の間からチラリとのぞいた漆黒の瞳。
白目と黒目の区別がない真っ黒な眼窩は、コニラヤによく似ていた。
(インカの神が他にも? いや、しかし……生き残ったのはコニラヤさんお一人だと……?)
足元には、それが残していったと思われる血痕が続く。
生々しい深紅の血痕から、ごくわずかに立ち上る黒い霧。
あれは、闇堕ちになりかけている。
屋上に出たマルコが最初に見たのは、炎の壁だった。
トニーが出現させた炎をロドニーが風で煽り、指向性を持たせて壁のように成形している。炎属性と風属性が好相性であることは知っていたが、屋上全域を囲い込む炎の壁だなんて、見たことも聞いたこともない。
水や氷、防御系魔法の使い手であれば、この炎の壁を突破して逃げることも可能だろう。しかし、この相手はそういった属性の存在ではなかったようだ。
炎に囲まれ逃げ場を失い、唯一の退路である階段前には人狼とケルベロスが待ち構えている。どうしたらいいか分からないといった様子で、おろおろと視線を彷徨わせる。
「おい! なんで逃げるんだよ! 声掛けただけだろ!」
「貴様は何者だ! 答えろ!」
コニラヤに似た何者かは、怯え切った様子で後ずさる。
「……来るな……来るな……」
ガタガタと震えるその体から、かなりの量の闇が噴出している。マルコは玄武と出会ったときのことを思い出した。あの時の玄武は心を闇に呑まれかけ、ひどく感情的になっていた。まずは落ち着かせなければ――そう思ったマルコは、剣とナイフ、銃を外し、上着を脱ぎ棄てた。武器は何も持っていない、貴方を攻撃する気はないのだと、目で見て分かるように示す必要があると考えたのだ。
薄手のシャツ一枚で、両手を広げて進み出る。
「お願いです、話を聞いてください。我々は、貴方の敵ではありません」
マルコの中から『キュポン』と飛び出し、玄武も声を上げる。
「そうだよ! ボクたち、キミと戦いたいわけじゃないんだ! ねえねえ、お話ししようよ。ボク、玄武。司るものは闇と大地と癒しと……あと色々あるけど、とにかく、君と同じ『地球から来た神』だよ! キミも、地球のカミサマでしょ?」
「……闇の神……だと? なぜ、人間の中に……?」
マルコと玄武の姿を見て、その神は、ようやくこちらの話を聞く気になったようだ。ロドニーとトニーは炎の壁を解除し、自分たちにも敵意がないことを示すため、両手を武器から離してみせる。
玄武は短い脚でノコノコと、玄武なりの猛ダッシュでその神に歩み寄った。
「僕のこと、ゲンちゃんって呼んで。キミのことは、なんて呼べばいい?」
「……私は……」
足元にたどり着いた玄武に、その神は名乗る。
「私はザラキエル。闇を司る天使……だった者だ……」
「ザラキエル⁉」
「月天使ザラキエルですか⁉」
「マジかよおい!」
「副隊長とレインの言っていたあいつか⁉」
一斉に身構えるマルコたちだが、ザラキエルは動かない。悲しそうな顔で首を横に振る。
「そんなに警戒しなくていい。今の私には何の力もない。私は翼を捨てた」
「翼を……?」
「天使にとっては、翼こそが主より給わった力と役割の証。それを自ら切り落とした今、私は天使でも何でもない。ただの死にぞこないだ」
ザラキエルの様子に、三人は顔を見合わせる。
自分たちを攻撃しに来たわけではなさそうだ。しかし、ロドニーらに見つかって一目散に逃げだしたことから、正面から堂々と訪問するつもりもなかったようだ。ならば一体、何の目的でこの騎士団本部に現れたのか。
誰が聞く?
声に出さずに尋ね合う三人に代わり、オオカミナオシが姿を現す。
ロドニーの中からスッと抜け出た純白の獣は、ごく自然な仕草でザラキエルに近付き、玄武に寄り添うように腰を下ろした。
「我が名はオオカミナオシ。この世の不具合を修正、もしくは削除する役目を持つ存在である。貴殿は月天使ザラキエルとのことだが、その姿、いかなる事情があってのことか? まるで他の神族のようではないか。役目を終えた天使は堕天したのち、信徒らの祈りによって救済されるはずでは?」
ザラキエルはオオカミナオシを凝視し、その言葉に対し、自嘲気味に笑って見せた。
「……そうか。なんだ。やはり、私は知らされていなかったのだな……」
「知らされていなかったとは、何を?」
「私が属するシステムとは別に、君のような管理システムが存在することをだ。不具合を修正だと? ハハハ! なるほどな! 不具合か! はっ! 馬鹿馬鹿しい! 君たちは、我々天使とは別の存在か……!」
「……貴殿について、話が聞きたい。向こうで何があった?」
ザラキエルは血まみれの顔を歪ませ、笑顔とも、怒りとも、悲しみともつかない引きつった表情を見せる。
「アジア、アフリカの土着神らが狂暴化している。天使たちが食い止めているが、じきに限界が来る。なにせ、数が多いからな……」
「天使らに止めきれぬほどの数だと? まさか、闇堕ちが増殖を始めているのか?」
「いいや。増えているわけではない。全員、私が堕とした神々だ。堕とされたその日の姿のまま、彼らはその場にとどまり続けている」
「誰に討たれることも、救われることもなく?」
「ああ。私は、彼らも我々と同じ救済システムで成り立っていると信じていた。だから堕としたのに……信仰を失った彼らを、新たな神として生まれ変わらせてやろうと思っていたのに……なんということだ。これでは、もう……」
「まさか、貴殿はそれを確認するためにこちらの世界へ?」
「ああ、そうさ。翼も、主より仰せつかった役割も、何もかも投げ出してな。しかし……なるほど。やはり、間違っていたのは私か……」
フッと溜息を吐き、ザラキエルはそのまま倒れた。
ロドニーとトニーは警戒してその場を動かなかったが、マルコは何のためらいもなく駆け寄り、ザラキエルを抱き起こす。
「おい馬鹿! そいつ、もう堕ちかけてて……!」
「死ぬ気かヘボ王子!」
二人の声は聞こえているが、我が身の危険より怪我人の救護を優先してしまうのがマルコである。自分の体にまとわりつく闇の気配を感じながらも、マルコはザラキエルに治癒魔法をかける。
「大丈夫ですか? しっかりしてください! ザラキエルさん⁉」
翼を自切したというだけあって、背面の損傷が著しい。けれどもその傷口は、刃物や風の魔法でスパッと切断したものとは違う。ズタズタに破れ焼け焦げた皮膚から、血と体液が染み出している。今の彼の姿は、まるで爆破テロの被害者だった。これを自分でやったというのだから、どれだけの覚悟を持ってこちらの世界に渡ってきたのだろうか。マルコの胸には、何とも言えない空恐ろしさがこみあげていた。
「……離れろ、人間。お前も闇に呑まれるぞ……」
「いいえ、離れません! 少なくとも、貴方の治療が終わるまでは!」
天使に人間の魔法が効くかは分からない。それでもマルコは全力で治癒魔法をかけた。
一度かけても、二度かけても、ザラキエルの傷はちっとも治らない。めげずに三度目の治癒魔法をかけたとき、突然、マルコの体から光が溢れ出した。その光は創造主から役割を与えられたときに見た、あの光と同じものである。何の色もない純粋な『光』は、ザラキエルの体を柔らかく包み込んでゆく。
「この光は……主の……? 人の子よ、お前はいったい……?」
「まだ動かないでください! 今なら、きっと……!」
もう一度治癒魔法をかけると、ようやく効き目があった。
ザラキエルの体から滲みだしていた血と闇はピタリと止まり、黒一色だった眼窩は、人と同じく白目と黒目の区別のある眼球に変わった。肌は血の気を取り戻し、髪からも闇の色が抜け、本来の色彩に。
ザラキエルの瞳は透明感のあるルビーレッド、髪は柔らかな桜色。肌はまるで赤ん坊のような、ごく淡いベビーピンクだった。
これまで抱いていたイメージとかけ離れた姿に、ロドニーとトニーは目と口を真ん丸にして驚きを表している。
インカ文明を滅亡させた天使?
東京大空襲で一夜にして十万人を焼き殺した天使?
幾多の神族を襲撃し、壊滅させた残虐な破壊の天使――?
それがこのピンク色のふわふわ天然パーマだなんて、何かの間違いだろう。そんな心の声がありありと分かる表情で、ロドニーが言う。
「え~と、ほら、アレだ。マルコ? とりあえず、そいつが逃げ出さないように捕まえておけよ? 騎士団本部への不法侵入の現行犯だから」
「地球の天使に我が国の法律は適用されるでしょうか……?」
「前例がないならこれが初の適用例だろ?」
「そうだ。ネーディルランド国内にいる以上、我が国の法が適用される。その程度も分からないのか、このヘボ王子」
「いえ、それは相手が人間の場合であって……」
「うるさい! 治外法権が認められるのは外交特権を持つ大使だけだ! 天使なんぞ知るか!」
ケルベロスの力強い宣言に押し切られる形で、法学部卒のマルコも腹をくくった。
「あ、あの、では、現行犯で逮捕させていただきますね……?」
天使に手錠は掛かるだろうか。捕まえるほうも、捕まえられるほうも、それを見ている神獣たちも、誰もが微妙な表情で手錠が掛けられる瞬間を見守る。
チタン合金製の手錠は意外にもすり抜けることなく、ザラキエルの手首を拘束することに成功した。
不法侵入の天使を取り調べるのに、映像記録を残す必要はあるだろうか。その後の裁判を見据えた調書作成の必要があるのかないのか、取り調べに当たる特務部隊長と副隊長にも、ベストアンサーが分からない。
なんとなく勢いで始まった取り調べは、グレナシンの体を借りたツクヨミが主導することになった。
「つまり君は、これまでの自分の行いが正しいかどうかを確認するためだけに、翼を自切してこちらに来たと?」
「ああ……そうだ」
「一晩で十万人を焼き殺してから半世紀以上が経過しているが……これまで疑問に思わなかったのかい? 自分が何をしているのか」
「疑問は無かった。私は、人の魂も我々同様の救済システムに乗せられているものと信じていた。死の瞬間にわずかに苦痛を感じるだけで、主の御許に召された後にもう一度再生されるものと……」
「人の魂に救済システムはないよ。死んだら天に召されて、それで終了だ。特例として生まれ変わることもあるようだけれど、基本的に、元の人格は失われる。死んだ本人がそのままの心で、もう一度地上に舞い戻ることはできない」
「では、やはり私がしていたのは……」
「ただの破壊と殺戮だ」
「……すまない。だから、君はあの時……」
「ああ。確かに言ったよ。『やめろ、殺すな』とね」
「……本当に、すまない……」
机と椅子以外何も置かれていない殺風景な部屋に、うつむいたザラキエルの嗚咽が響く。
グレナシンはこの天使の顔を、幾度となく夢で見た。ツクヨミの記憶の中で、最もつらいその夜の記憶。それは降り注ぐ焼夷弾と、炎上する東京の街並みだった。
若い男は皆戦地に行っていて、逃げ回っているのは女と子供、年寄りばかり。硬い甲羅も丈夫な皮膚も無く、防御魔法も結界呪符も使えない。衣服に一つ火の粉が掛かれば、たちまち火だるまになって焼け死んでいく。
地球の人間たちのあまりに無力な様に驚愕し、戦慄した。
背中に火が付いたまま駆け回る人。
のたうち回る人。
狂ったように泣き叫ぶ人。
川に飛び込んで溺れる人。
後から飛び込んだ人に押しつぶされる人。
水のつもりで被った防火用水は、輻射熱で煮えたぎる湯に変わっていた。
飛び込もうと覗いた井戸には、すでに死体がぎっしり詰まっていた。
いくつかの無事な建物に避難者が殺到し、圧迫死する者もいた。
グレナシンが夢に見るのはその日の『神』の記憶。必死に差し伸べる手は人の体に触れることもかなわず、呼びかける声はその耳に届かない。神の姿を見て、その声を聞けるのはごく少数の人間のみ。ツクヨミはその数人を必死に守り抜いた。自らが守護する社の境内に誘導し、ありったけの力で防壁を構築し――ザラキエルに会ったのは、まさにそのときだ。
天からふわりと舞い降りた、淡紅色の翼の天使。それは涼やかな声でこう言った。
「邪魔をするな。破壊無くして、再生はかなわない」
それはつまり大和の神も、その神に守護される民も、皆、自分たち天使と同様の救済システムの中に存在すると信じ、リセットを試みていたということ。ずるずると長引いた戦争に終止符を打つため、一度壊して作り直す。建物も、自然も、神も、人も。その場に存在するすべてのものを、何もかも、同時に。
そのときのザラキエルは、それができると信じていた。
東京を焦土に変え、一夜で十万人を焼き払う。それをためらいなく実行に移した彼が、なぜいまさら己の行為に疑問を感じ、異界にまでやってきたのか。
その点を問うと、ザラキエルはツクヨミの顔を見た。
「君がいなかったからだ」
「私が?」
「ああ……私は、自分が破壊した町のその後には興味がない。主のお力によって、しかるべき時に創り直されているものと信じていたから、自ら足を向けることはしなかった。もし別の用事で赴くことがあっても、一度は私に堕とされた神々だからな。私の前には姿を現さず、どこかに隠れているものと考えていたんだ。けれど、ひと月前のことだ。フィリピンで船が沈んだ。ひどい嵐で、何百人もの人間が死んで……なぜか、土着神の加護は無かった。不思議に思っていたら、他の天使から、あの土地の神がおかしくなっているという話を聞いた。だから様子を見に行ってみたら……」
言葉を濁すザラキエルに代わり、ツクヨミが続ける。
「嵐の原因は、闇堕ちした土着神だったのだろう?」
「そうだ。あの神は間違いなく、私が堕としたものだった。あれは、信徒らの祈りによって浄化されただろうと思っていたのに……」
「生憎だね。フィリピンの土着神にそんなシステムはない。堕ちたら堕ちたままだ。そういう神が暴れはじめると、主さまからオオカミナオシに指令が下り、修正、もしくは消去される。それが天使以外の『神システム』なんだが……君は、暴れる闇堕ちをどうしたんだい?」
「戦った。戦って、殺して、死体を浄化して……正直、わけが分からなかった。私は正しいことをしてきたはずなのに、なぜこんなことになったのかと……それで、かつての戦場を巡ってみた。巡って、己の目で見て知った。堕とした神も、やむを得ず殺した神も……誰一人、再生していなかったんだ……」
「その戦場巡りの一環で日本に?」
「ああ……戦場でまともに言葉を交わしたのは、君だけだったからな。君のことが気になった。なぜ私に『なにも殺してはならない』と言ったのか……君の話が聞きたかった。君なら、答えを知っていると思ったから。だが、君はあの社にいなくて……」
ツクヨミは口元だけで小さく笑った。
「私の代わりに宇迦がいただろう? あまり名は知られていないが、あれは私の秘蔵っ子でね。現時点で、世界最強の豊穣神だと思うよ? 彼女は、私についてなんと言っていたかな?」
「ツクヨミは異界送りにされた、とだけ。それ以上は何も語ってくれなかった。私は『異界送り』という言葉を、そのときはじめて知った。力と役割を失った者だけが移住できる世界とは……こんなシステムがあったのだな……」
「あるよ。ずっとずっと、ずぅ~っと昔から、ね。大和の国はキミのところとは、根本的にシステムが異なる。おそらく『異界送り』のシステムに含まれない『例外』は、人間たちの言う区分ではキリスト教とイスラム教、ユダヤ教の天使たちだけではないかな?」
「そう……なのか? まさか、我らのほうが『例外』だったとは……」
ザラキエルは再び俯き、改めて詫びた。
「すまない。何度謝っても、私のしたことは許されるものではない。頼む、ツクヨミ。私を殺してくれ。私は地獄に落ちるべき……いや。魂すらも消滅すべき者だ。私と同じく『月』を司る君なら、私を食い殺すことも出来るだろう?」
「はぁっ⁉ ちょっと! 黙って聞いてればあんた何言ってるワケ⁉ さんざん好き勝手やらかしといて、いきなり『悔い改めました、死んで楽になります』とか、都合良すぎじゃない⁉ 生きて苦しんで身も心もボロ雑巾のようになるまで社会奉仕活動しなさいよ!」
突然口調が変わったツクヨミに、ザラキエルは驚きを隠すこともなく尋ねる。
「えっ⁉ しゃ、社会奉仕……とは?」
「路面のガム剥がし、公衆便所の掃除、過酷すぎる真冬の岸壁補修工事、公営養豚場の汚物タンクの内部清掃その他色々! 世の中の人がやりたがらない汚れ仕事の類を毎日せっせと片づけて減刑を乞うのが我が国ネーディルランドの刑務所システムよ!」
「……君は、ツクヨミか? それとも、器のほう……?」
「両方よ! アタシ、生憎だけどアンタみたいの好みじゃないの! 食い殺してなんかやるもんですか! 楽に死なせてやるつもりなんて毛頭ないわ! せいぜい生きて苦しみなさい! ハイ、取り調べ終了! ちょっとアレちん! モップ持ってきて! まずはこいつに便所掃除させるわよ!」
取り調べに使っているのは特務部隊オフィスの向かいの空き部屋。特務部隊の面々は廊下に陣取り、興味津々で様子を窺っていたのだが――。
「マジかよ。副隊長、天使に便所掃除させるって……」
「副隊長がすごいのか? ツクヨミがすごいのか? どっちだ……?」
「天使も、塩素ガスで中毒起こすかもしれないよな? マスクと手袋をつけさせたほうがいいんじゃ……」
「ハンク、お前、この状況でそこか? そこを気にするのか、おい……」
「いや、キール。トイレ用洗剤を甘く見ないほうがいいぞ。けっこう目にしみるし、ゴーグルもあったほうがいいくらいだ」
「そんなに真っ直ぐな目で語ることか……?」
年長者コンビのやり取りに、空気はますます微妙になっていく。もはや後輩たちはどこから何を突っ込めば良いものか、皆目見当がつかなかった。
ザラキエルの監視にはロドニーとトニーが当たることになった。
翼を失ってすっかり弱ったザラキエルは、その他大勢の神々曰く、『人間と大差ない状態』にまで神格が下がっているらしい。これまでろくに活躍していない静電気の精霊サマナスにまで笑われているのだから、今のザラキエルは本当に弱いのだろう。
モップを持って便所に向かった三人と、その隙に緊急会議を開く特務部隊の面々。
オフィスの奥、ガラス張りのミーティングルームに集まり、隊員たちに憑く神々も全員姿を現した。フォルトゥーナによって全員の運命が仮接続されているらしく、神を宿さないアレックスとポールにも、神々の姿は目視できている。
まず質問したのはキールだった。
「なあサイト、お前、この間普通に地球に行ったよな? あのとき、タケミカヅチはどうしてたんだ? ザラキエルのように、世界を行き来する際に何らかのダメージを負うのか?」
ベイカーと全く同じ顔のタケミカヅチ、よく似た顔のミカハヤヒ、ヒハヤヒもそこにいるのだが、三柱の神はこの話し合いに参加する意思がないらしい。窓際に置かれた予備椅子のところに集まり、こちらに背を向けている。
ベイカーは面倒くさそうに三柱を一瞥し、それから質問に答える。
「『器』に入った状態でなら、どの神も地球への出入りは自由だ」
「なに? 制限があるんじゃないのか? 島流しみたいなものなんだろう?」
「概念としては近いが、決定的に異なる点がある。『異界送り』とは、我々が行う島流しのように『刑罰』や『見せしめ』として実行されているわけではない。異界送りには二種類ある。一つは玄武のように、時代の変化によって不要になった神的存在の終の棲家として。もう一つはそこの三柱のように、戦争で大怪我を負ったり、人々の信仰を失ったりした神々の保養地。いずれの場合も咎を受けたわけではないので、その気になればあちらに戻れる。特にタケミカヅチは大和の国で、現在進行形で崇拝されている神だ。あちらにはタケミカヅチを主神として祀った神殿もあるし、信者数も軽く百万を超す。父親や兄弟、大和の神族らも、皆、タケミカヅチの帰りを待ち望んでいる。帰ろうと思えばいつでも帰れるのに、なんだかんだ理由をつけて帰ろうとしないだけだ。そうだよな、タケぽん!」
緊張感のまったく感じられないあだ名で呼ばれたタケミカヅチは、下唇を尖らせた顔でチラリと振り向き、すぐにまたそっぽを向いてしまった。どうやら、反論すべき点は何一つ存在しないらしい。
「自由に出入りできるのは、『器』のある神だけか? ユヴェントゥスは?」
自分の傍らにいる女神に尋ねると、彼女は悲しそうに首を横に振る。
「私は自分の『器』を作っていませんから……」
「俺に憑いているだけじゃあ、駄目なのか?」
「はい。貴方と私は、どんなに相性が良くても赤の他人。『神と器』の関係ではないのです。貴方に憑いて、そのままあちらへ戻ることは出来ません」
「無理に行こうとすれば?」
「わかりません。ですが、おそらくはザラキエルのように致命的な怪我を負うでしょう。ザラキエルは運よく救われましたが……」
「都合よく、マルコのような奴に遭遇できるとは限らないか……」
「はい。あの青年がいなければ、ザラキエルもあのまま闇堕ちになっていたでしょうし……」
「みんな、そういうものなのか?」
この質問は、室内のほかの神々を見ながら発せられたものである。誰もが無言で頷く中、ヤム・カァシュだけはノリノリで答えた。
「おらは特例さ認められてるからよ! 戻ろうと思えば、いつでも自由に戻れますからに!」
「特例?」
「守護対象は旧品種のトウモロコシだけんども、新品種のトウモロコシ育ててる人間たつも、まだおらのこと信仰してるからよ? 人間たつに神の事情なんかわっかんねえから。おら、守護対象がなくなったのに、信仰の力だけは無駄に溢れてんだ。使い道ねえんだ」
「体力の有り余ったニートか」
「んだす! 有り余りすぎて持て余してっから、主さまに、他のカミサマさ大変な時は助けに行けって言われてんだ」
「大変な時ってなんだ?」
「いんやぁ、よく分かんねえけども、とにかく『助けろ』って。おら、信者が少なすぎて力の出せないカミサマに、気合注入するくれぇならできっからよ!」
「おいサイト! この神地味にすごいこと言ってる気がするんだが、俺の気のせいか⁉」
キールの気のせいではない。ヤム・カァシュの発言には、誰もが頭を抱えている。
特にグレナシンとツクヨミは、二人そろって机に突っ伏すほどの大打撃を受けていた。
「そんなことが出来るなら、もっと早く教えてほしかったわね……」
「彼のエネルギーを秩序の女神であるパークス君に分けてもらえていたら、この一週間のマスコミの熱狂ぶりも少しは……大誤算だ。彼は、歌って踊る以外の能力も持っていたのか!」
「ちょっとカミサマたち⁉ アンタたち、こっちの世界に送られるときに創造主からなんて言われてきたのよ! ただ『傷を癒せ』とか『ゆっくり過ごすといい』だった神、挙手!」
ベイカーに憑いている五柱の女神、ニケ、フォルトゥーナ、パークス、コンコルディア、リベルタスが手を挙げた。マルコの膝の上では玄武が手を挙げ、会議机の上に置かれた水槽の中ではサラが首を傾げている。
「他の神! 端から順に!」
レインに憑いているコニラヤ曰く。
「だれもうらむな。あらたないのちをつくり、ともにいきよ」
同じくレインに憑いているルキナ曰く。
「悲しむな。この世界には、其方の祝福を必要とする新たな命がある」
ハンクに憑いたボナ・デアは、恥ずかしそうに言う。
「人は其方に恵みと癒しを求めるばかりだが、いつか其方の前に、それを与える者が現れるだろう。その者と共に歩め……と」
キールに憑いたユヴェントゥスも、ボナ・デア同様に頬を赤らめて言った。
「青年たちを守るばかりではなく、これからは其方も守られ、大切にされよ……って……」
他の神々も、隊員たちも、思わずハンクとキールを凝視してしまう。
この二人、実は超絶ハイレベルな役割を課されていないか?
そんな視線を感じて、二人は自信満々に胸を張った。
「ボナ・デアのためなら、何でも捧げられる!」
「ユヴェントゥスは俺が守る!」
この二人は筋肉と男性器に付属したごくわずかな脳ミソが大量の男性ホルモンを分泌している人種なので、こういう問題に関して『よく考える』というコマンドが存在しない。確かにそこに男と女がいて、互いに惹かれ合っている。彼女のパパから交際許可も下りている。何か問題があるかと言われれば、何もない。そう、人間の恋愛に照らし合わせれば何の問題もなく、結婚でも出産でも本人たちの好きなようにしてくれ、と言うべき状況なのだが――。
「うっそ~っ! 二人とも、人間との恋愛OKなのぉ~っ⁉ ずるい~っ! じゃあ私、トニー君と付き合う~っ!」
カリストの発言に、パークスとコンコルディアが反応する。
「この小娘! 舐めた口利いてんじゃないわよ!」
「わたくし、マジ同担拒否なんですけど? ってゆーかババアは引っ込んでてくれませんこと?」
「あら~、ババアとは誰のことかしらコンコルディア。貴女だって見た目年齢が五歳くらい若いだけで、実年齢は……」
「パークス? それ以上言ったらぶっ殺しますわよ」
「できるものならやってごらんなさいよ。婚姻の女神如きが、秩序の女神に勝てるとお思い?」
「おほほほほ。神格なんて些細な問題ですわ。そのお顔にクレンジングオイルさえぶっかけて差し上げれば、容易に社会的死がもたらされますもの」
「あっらぁ~? でしたらその盛り過ぎたつけまつげ、引っぺがしてさしあげましょうかぁ~? シンプルイズベストって言いますものねぇ~?」
二柱の女神の睨み合いをよそに、トニーを狙う四柱目の女神、リベルタスは余裕の笑みで言う。
「私、創造主様から『これからは其方の自由に生きよ』って言われてるもん♪ これって事実上のシード権確保だよね? ボナちゃんもユヴェちゃんも、主さまから『恋愛解禁宣言』もらって彼氏ゲットしたわけだし?」
「はいはーい! 私も創造主様から、『愛でられるばかりではなく、これからは誰かを愛することを覚えなさい』って言われてるぅ~♪」
「だから二人でトニー君シェアするんだもんね~、カリストォ~♪」
「ラブも自由にシェアする時代だよねぇ~、リベちゃ~ん♪」
豪快に方向性を誤っているが、ハイテンションな女神たちに意見できるような豪胆な男はこの場に一人もいない。誰か一人を選んでも、全員同時に相手にしても、トニーが精根尽き果てて燃え殻のようになる未来は確実であると思われた。
「惜しい奴を亡くしたな……」
「喪主は喜んで引き受けさせていただきます」
「隊長⁉ マルコさん⁉ トニーまだ生きてますよ⁉」
珍しくチョコがツッコミ役に回ったが、トニー一人がモテまくる状況が面白くないのはチョコも同じだ。いつかその日が来たら、あの世で悪さが出来ないように超合金の貞操帯をつけて埋葬してやろうという話で落ち着いた。
何はともあれ、これで判明した。神々は創造主から、それぞれ異なった言葉を受け取っている。『不要になった神の終の棲家、または傷付いた神の保養地』という前提はベイカーが言ったとおりだが、異界送りにされる際に受けた言葉によって、その後の過ごし方が大きく変化してしまうようだ。
「ミカハヤヒさんは、なんと言われたのでしょう?」
マルコに声をかけられ、ミカハヤヒはビクッと体を強張らせた。
「え、えぇ~っと、その、普通だよ? 普通に、ね……うん……」
ちらちらとタケミカヅチの顔色を窺っている。弟タケミカヅチと違って、この神は正直で良心的だ。嘘がつけない性格であることは、一緒に戦ったマルコにはよく分かる。
「普通に、なんと言われてこちらに来たのでしょう? 正確にお教え願えますか?」
「それは……」
今度はベイカーにすがるような視線を向けている。だが、ベイカーはあえて突き放す。
「たまには神らしく、堂々としたらどうだ?」
「う……あの、実は……僕らは……」
ミカハヤヒが答えようとした瞬間、タケミカヅチは唐突に立ち上がった。そしてミカとヒハヤの手を取り、そしてそのまま消えてしまう。
「あっ! また……!」
昨日から二度も逃げられている。思わず同じ顔のベイカーを見るが、ベイカーはため息交じりにこう答えた。
「俺にはタケミカヅチを追うことはできない。あれはただ姿を消しただけではなく、別の空間に逃げ込んでいるんだ」
「別の空間?」
「お前もサラや玄武の心の世界に入っただろう? アレだ。タケミカヅチは自分が吸収した他の神々の世界にも自由に出入りできる。俺が追いかけていけるのはタケミカヅチ本人の世界のみ。麒麟や燭陰の世界に逃げ込まれたら追跡不能だ」
「……以前から気になっていたのですが、タケミカヅチさんは、本当に軍神ですか? なにか、他の神々とは能力が違いすぎている気がするのですが……?」
マルコの質問に、ベイカーは軽く視線を逸らす。
答えるまでもなく、誰もが察した。
やはり、何か別の能力があるらしい。
ベイカーは皆の視線を受け、少し考えるような顔を見せた後、何かを振り払うように頭を振った。
「隠しておいても仕方がないな。全部話そう。タケミカヅチは、偶発的に生まれたイレギュラーな存在なんだ。あの三柱は、本当はヒノカグツチという一柱の神として誕生するはずだった。十六の能力を一つの体に宿した、最強の武神として。しかし失敗して、母の胎内で、能力ごとに別々の神として体が構築されてしまった。しかし、どうもうまく分かれ切らなかったようで、まあ、なんと言うか……シャム双生児のような、体のつながった状態で生まれてしまったらしいんだ。当然そのままでは生きてはいけないから、体が繋がった赤ん坊を、父親が必死で切り分けたそうだが……想像できるか? 十六人分がひとつながりになった肉団子のような赤ん坊を、父親が半狂乱で切り分ける様なんて……」
考えるだけで恐ろしい光景である。実際にその現場を知っているらしいツクヨミは、青い顔で口元を押さえている。
「出産時の苦痛で母親が堕ちた。父親に刃を突き立てられたヒノカグツチも、その痛みと絶望で堕ちた。妻子が闇堕ちになるのを見た父親も、心が闇に呑まれて闇堕ちになりかけた。それで、もうどうにもならないと判断して、創造主が介入した。オオカミナオシを派遣して、彼らの心に生じたすべての闇を食わせて……まあ、大体わかるだろう? 史上最強の武神の『出来損ない』と、その両親の闇だ。なにが生まれたと思う?」
全員、自分たちが戦ったあの敵の姿を思い出していた。
マガツヒの神である。
そこから先の説明はツクヨミが引き継いだ。
「正気を取り戻した父親によって、マガツヒは倒された。それ以来、オオカミナオシはある一定以上の闇を食らうとマガツヒの神に変ずるようになってしまった。これは世界にはじめて生じた致命的な不具合だった。だからこそ、創造主は出来損ないのヒノカグツチを十六柱の神として創り直された。対マガツヒ、対闇堕ちの特殊能力者集団としてね。だから彼らは特別なんだ。はじめから闇堕ちした神と戦うためだけに創られている。人間の守護は、暇なときに戯れに行っているようなものだよ」
「……戯れということは、つまり、信仰の力は……」
「あまり必要としていない。オオカミナオシと同じだね。彼らは創造主から直に力を受け取っている」
「ですが、ミカハヤヒさんは実際に、かなり力を制限された状態のようですが……」
「それはそうだろうね。彼らは刀剣と同じだ。鞘に納まった状態では真剣と模造刀の区別はつかない。通常時に限っては、普通の神と同等の能力しか使用できないんだよ」
「ですが、隔絶された世界とダウンタウンでは、マガツヒや闇堕ちと、実際に対峙していましたよね?」
「そう、目の前にいた。けれど、あの場には彼らを鞘から引き抜ける人物がいなかった」
「……それは、どなたですか?」
「英雄さ。伝説の剣を引き抜けるのはいつの時代、どこの国でも英雄だけだよ。たとえ異世界に渡っても、それだけは絶対に変わらない。だけど残念ながら、今はこの国のどこにも、彼らにふさわしい『英雄』はいないようだ」
「タケミカヅチさんの器であるベイカー隊長にも、ミカハヤヒさんの能力は使えないのですか? 全く同系の能力ですよね?」
問われたベイカーは苦笑した。
「ああ、すまないな。いったい何が『英雄』と認められる条件なのか、ミカハヤヒ本人にも分からないというのだ。どこを目指せばいいのかも分からんのでは、目標の立てようも努力のしようもない。それに……」
「なんでしょう?」
「それこそが、ミカとヒハヤに与えられた創造主の言葉だ。『英雄を探せ』と言われて、こちらの世界に送られたらしい」
「そう……ですか。だから、タケミカヅチさんはお二人を連れて……」
マルコの目をじっと見つめて、玄武が心配そうな顔をしている。その他の面々も、難しい顔で視線を交錯し合っていた。人も神も、せっかくそこに武器があるのに使えないこの現状の打開策が見当たらなかった。
使いたくても使えない力。それに一番歯がゆさを感じているのは、ミカハヤヒとヒハヤヒだろう。自分が情けなく思えているだろうし、つらい思いもしているはずだ。
何も知らなかったとはいえ、自分はひどい尋ね方をしてしまったかもしれない。
反省するマルコに、意外なところから励ましが入る。
「大丈夫。ミカとヒハヤは気にしていないよ」
妙に嬉しそうに、ニコニコしながらツクヨミは言う。
「あの子たちを気にかけてくれてありがとう。パパとしてお礼を言うよ」
「……え? パパ?」
「そうだよ。私はあの子たちの父親の『右目』だからね。ツクヨミという存在は、ケルベロスの分身と同じようなものだよ。本体の『イザナギ』さえ無事なら、何度でも作り直せる」
「……えっ……?」
マルコのみならず、ベイカーとグレナシン以外、誰もがフリーズした。
あの『息子たち』は、父親の分身がオカマ言葉を話す様を見せつけられているのか。
タケミカヅチらの妙に反抗的な態度に合点のいった一同は、何とも生ぬるい溜息を吐いた。
「え? なに? みんな、どうしたのかな?」
父親本人と分身との間に、どの程度違いがあるのだろうか。中身も見た目もこのままだったら、そりゃあ何千年でも反抗期が続くだろうよと思った一同である。
そのあといくつかの確認事項を手短に話し合い、彼らは解散した。
ひとまず、神の話はここまでだ。壮大すぎる神々の戦いに尽力しても、謝礼は一切もらえない。彼らは国家公務員だ。人事課の給与査定をクリアするには、割り当てられた仕事は間違いなくこなしてゆかねばならない。
それぞれの任務指示書を確認しつつ、装備を整え、彼らはオフィスをあとにした。




